ツリーガーディアン 3

 赤谷は「ふふふ」と笑みを深める。 

 志波姫が味方であることのなんと心強いことか、と。


(厳密には敵であったことは一度もないんだがな)


 志波姫は攻撃をかいくぐり、赤谷のそばにシュタッと着地した。


「ほかに人がいるなんて聞いてなんだけど」

「言い忘れてた。普通に悪い」

「本当よ。私はこの子を連れていったん離れるわ。あとあの樹の怪物、私の力じゃその諸悪の根源とやらを離すのは難しいかもしれないわ。厳密にどんなものかもわかっていないし」

「まぁ、それはそうか……。わかった、俺がキモイクルミを引っこ抜く役割はやろう」

「そのほうがいいでしょうね。ん、ちょうどいいところに」


 志波姫の視線の先、雨のなかを駆けてくる林道琴音の姿があった。


「ひめりん、速すぎるよ! ──ってなにあれえええ!?」

「林道さん、いいところに来たわね。あなたは足手まといだから、この子を連れて避難してくれるかしら」

「せっかく参上したのにいきなり戦力外通告っ!?」

「なんて無慈悲なんだ、志波姫。こりゃ友達できないわな」

「そうだよね、赤谷っ! 怪物と戦ってる友達のもとにせっかく参上したのに、こんな扱い──」

「林道、お前は弱いんだからあっち行ってろよな」

「いっしゅんで裏切られた!?」


 林道は涙をにじませ潤んだ瞳でにらみつける。

 と、そこへ再び地面が割れ、赤黒い根がつきあげる。


 赤谷は林道をがっと掴んだ抱えると、華麗なステップで攻撃をやりすごした。

 

(はわわ、赤谷が密着してる! 雨のせいでびしょ濡れなのに……!?)


「林道、悪いが、ツリーガーディアンはどんどん厄介になってる。適材適所だ。この女の子を頼む」

「う、うん、わかってぃあ……」

「ん? どうした、なんだか様子が変だか」

「わかったって言ったのっ! ほら、任せて、その子は必ず安全なところへ連れていくから!」


 志波姫は林道に女の子をわたす。

 林道はしっかりと抱えて、赤谷と志波姫、ふたりを交互に見た。


(私もいっしょに戦えたらな……うんん、今はそんなこと考えてる場合じゃないよね)


「がんばって、ふたりとも」

「おう」

「ええ」


 簡潔な返事を受け取り、林道は女の子を連れてささーッと戦闘領域から離脱する。林道とて日々訓練を積んでいる探索者見習いだ。その背中はあっという間に雨の向こうへきえてしまった。


「ところで志波姫、ひとつ気が付いたんだ」


 赤谷はツリーガーディアンの胸元を見ながらいう。志波姫も同じ場所へ視線をやっている。そこは先ほど志波姫が攻撃をしかけ、左手に握りこまれているであろう『血に枯れた種子アダムズシード』がある場所だ。


 いまや分厚そうな幹に覆われている。斬りこんだ傷口から再生・増殖し、ある種弱点ともいえるそのパーツを補強したようである。


「まずいな。攻撃を加えるほどこいつ……デカくなる」

「大きくなっているだけではなさそうね。どちらかというと適応進化かしら。わたしや赤谷君の攻撃に耐えられるようにより頑強に、眼前の敵を倒せるようにより強くなっていってる気がする」


 志波姫と赤谷はツリーガーディアンが再生をしている間に、顔を近づけて作戦会議をはじめた。無暗に攻撃を加えるといつか詰むんじゃね、という最悪の想定のもと、よりスマートに攻める必要があるという共通認識をもっていた。


 そんな時、雨を破るほどの声量で高笑いが響きわたった。

 志波姫と赤谷は「あっ」と声を揃え、天を舞うものを見上げる。


「クハハハっ! クッハハハ!!」


 風が収束していき、大気のちからが凝縮されていく。

 その様はさながら漆黒の翼という指揮のもと、騒音に過ぎなかった雨と風が、オーケストラを結成し、一体となって音楽を奏でているかのようだった。

 ついに降りしきる雨の層を破り、辺境の森に嵐が降臨した。

 曇天の下、黒き翼をはためかせその者は叫ぶ。


「光栄に思え、我が力を受けて消滅させてやる──「『十 漆黒のツバサダークネスウィンド 十』━━40%解放」


 大地を穿つ烈風が響きわたった。

 収束した風が漆黒の四翼に導かれ放射された。

 大気の圧力のちがうのか、光の屈折率を変化させ、視認可能になっているそれは、天から大地へ落とされた巨大な槍のようであり、ツリーガーディアンの胴体にものの見事に命中し、巨大な風穴を穿ちあけた。


「うあぁあああ! ハヤテぇぇぇぇええ!」


 赤谷は叫び、頭をかかえた。


「討伐完了」


 鳳凰院は不敵な笑みを浮かべ、濡れた髪をかきあげる。腹立たしいほど整った顔立ちは「どうだ、オレ様に助けられただろう?」とでも言いたげに赤谷と志波姫へ落とされていた。


 だが、すぐに顔色が変わった。


 ツリーガーディアンの身体に変化があったのだ。

 傷口から根が大地に降り、大きくなっていく。

 赤黒い禍々しいそれは、急激に成長しいき、周囲を枯れはてさせる。

 かろうじて人型のそれは、やがて身長を10m近くまで増加させた。その間、森を木の根で破壊しながら、赤谷や志波姫を近づけさせず、空飛ぶ鳳凰院へすら攻撃をはじめだした。


「オレ様を落とす気か!」

「お前より地上のほうが被害でけえって。余計なことしやがって!」


 赤谷はツリーガーディアンから距離をとりながら、困り果てる。


(ハヤテ君、大きくなりすぎだって! 根の数も倍々セールで増えてるし!)


「あらゆる生物の成長には酸素が不可欠だ。それは地を振るわせる大樹たいじゅでも例外ではあるまい」

「この声は……!」

 

 びしょびしょの白衣と、ぺたーんとした前髪で締まらない登場を果たした男──薬膳卓は笑みを深め、その手をツリーガーディアンへ伸ばした。


「枯れ果てろ──『無酸素領域オキシレス』」

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