ツリーガーディアン 2

 空を厚い雲がおおい、雨がザーザーと降る。

 木々の葉をしずくがうち、パチパチと音が鳴り、それらが折り重なって合唱をかなでる。

 ツリーガーディアンはいっせいに赤谷へ差し向けた根を断たれ、怯んでいるようだった。赤谷は雨音が遮る声を聞こうと、志波姫のそばによる。


「志波姫、よく来て━━━━」


 そこで彼は気づく。びしょ濡れのせいで彼女の服がピタッと肌に張り付いてることに。

 身長の関係上、どうしたってうえから見下ろす形になるので、それゆえになんだかいけないものを見てる気分であった。


 緊急事態なのだ。赤谷は荒ぶる思春期性動悸をおさえつける。いまはそんなことを考えている場合ではないのだ!


「あなたっていつも厄介事の渦中にいるのね。まるで行く先々で殺人事件に遭遇する名探偵のようだわ」

「だれが死神だ。俺がトラブルを引き起こしてるわけじゃない。トラブルのほうが近寄ってくるんだよ」

「因果関係の前後に意味はないんじゃないかしら。トラブルが起きてるところにあなたがいこうが、あなたがトラブルを起こしていようが、どのみちあなたがいるところに面倒ごとがある事実は変わらないわ。つまりあなたが消えれば必然、世界が平和になるのよ」

「どうやっても俺を切り捨てる方向へいっちゃうんだな。俺の屍のうえに成り立つ平和なんていらない。呪われたくなかったら俺を助けろ」

「ナマズというよりもはや特級呪霊の類ね」


 志波姫はため息をつき、呆れたように首を横にふる。美しい切っ先を指でいじりながら口を開いた。


「安心しなさい。私はあなたみたいな人間でも、かろうじて生かそうという善意を向けることができるわ。ギリギリ同じ人類という枠組みにおいて、助けたいという感情が働かないこともないもの」

「ものすごい葛藤の末、俺を助けるという結論にたどり着いてくれてうれしいよ。涙がでそうだ」

「そう? 喜んでもらえて私もうれしいわ」


 志波姫はふふんっと自慢げに鼻を鳴らし、赤谷をチラッと見た。

 その怜悧な視線は「なんだこいつ……」という目をしてる男子から外され、ツリーガーディアンへと注がれる。


 切断された木の根たちが、切断面から分岐して成長し、変異と再生を起こしていた。

 志波姫はじーっと観察しながら赤谷にたずねる。


「ところで赤谷君、あれはなんなのかしら」

「説明すると長くなる。あとで話す。とりあえずは怪物だ」

「そうね。たしかにほとんど怪物のようね」

「俺を見ながら言うな。あっちだ、あっち。あれは怪物だけど、内側に子どもがいる。俺がカレー作りを手伝ってたハヤテ君いただろ。あの子だ。まだ生きてるかもしれない。なんとか助け出したい」

「算段はあるのかしら」

「左腕だ。大事そうに胸のうえに乗せてあるだろ。敬虔な信者が、首からさげてるロザリオを大事に握って祈りをささげてるみたいに。あの手が諸悪の根源を握りこんでる。それをハヤテ君からひきはがせればワンチャンって感────」


 地面に違和感が走る。

 赤谷と志波姫はその場を飛びのいた。

 

 土と木の根がからまる大地を破って、意思をもった禍々しい赤黒い根がつきあがった。

 無数の根の集合体であるそれは、攻撃が外れたとわかるやいなや、赤谷と志波姫を追撃するために、二手に分裂した。


「志波姫、避けろ!」


 赤谷は叫ぶ。


 刃を振るごとに雨のふる薄暗い森に、銀色の斬撃が走る。

 禍々しい根は、雨のしずくとなんら変わりなくたやすく斬り落とされていく。

 曇天とは裏腹の曇りのない太刀筋だ。ツリーガーディアンは志波姫を捕まえられない。


(まあ、志波姫だし心配はいらないか)


 赤谷は自分のほうを追いかけてきた樹の根の猛攻を、スピードで振り切ろうとする。

 木の根はまるで蛇のように追従するが、巧みなステップをもつ赤谷を捕まえることはできない。逃げながらも圧縮球塊を引力で回収し、撃てる弾は手元に用意しておいた。

 

 圧縮球塊を回収しきると、自身のまわりに浮かせ、タイミングを見計らって放った。

 ツリーガーディアンの頭部に見事に命中した。先ほどと同じように体勢を崩させる目的だったが、巨躯は踏ん張った。ダメージは顔面を覆う兜のようにある硬そうな皮を割っただけにとどまった。


(あれ? さっきあんなのなかったけど……もしかして最初の攻撃にたいして進化したのか?)


 赤谷は心中に嫌な予感をいだく。 

 

(こいつただ再生してるだけじゃない? さっきから損傷するたびにデカくなってるというか……)


 赤谷が分析してる最中に、志波姫が鋭く踏みこんだ。

 雨水のヴェールを突き破って、樹の根の防衛網をかいくぐり、ツリーガーディアンに急接近、刃がその幹に斬りこまれた。左腕の手首を深く斬りつけ、切断する。だが、握りこんだ拳は樹の根でかためられている。ぽろっと離れてくれない。


 そのため志波姫は続く3連撃でツリーガーディアンの胸元を四角くくりぬくために独創的な斬りこみを試みた。


 連続攻撃はわずかな時間のうちに行われ、それにツリーガーディアンは対応できない。

 しかし、それでも縫い付けられた左拳が離れることはない。四辺をなぞるように斬撃をいれたが、どうやら手のひら部分でも完全に癒着してしまっているらしい。


 志波姫は構わず四角いブロックを引っこ抜こうと手でガシッとつかんだ。


(すげえ、どこまでも行くじゃん!?)


 赤谷は「うおおお! 頑張れ!」とどこまでも頼りになる志波姫を応援する。

 ただ接近時間がやや長すぎた。ツリーガーディアンは取りついている志波姫を根の刺突で穿とうと右腕と根で必死に暴れだした。


 志波姫は奪取をあきらめて、ツリーガーディアンの股下をぬけ、近くで倒れていた女の子を抱きかかえると、跳躍し怪物から距離をとった。


(流石は志波姫。視野も広いと。これが差か?)

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