ツリーガーディアン 1
木の根を見た赤谷が最初に抱いたのは「スキルツリーが生えてる!?」という驚愕だった。
ハヤテ少年が『
すぐのちそれが赤谷が芽生えさせた樹とは、異なる性質をもっていることを考えるようになった。
それが禍々しく急激に成長し、ハヤテ少年の肉体を呑みこんでいったからだ。傷口からあふれだし成長するさまはスキルツリーと似ているが、赤谷のそれは腕のなかという窮屈な空間におしこめられていた樹が自由に羽を伸ばそうとして幹を展開するものであって、宿主を呑みこもうという挙動を見せたことはありはしなかった。
(でも、赤く血に濡れた樹だ。見た目はけっこう似てるけど……)
ハヤテ少年の肉体は樹に完全に呑みこまれ、おもむろにたちあがる。
それはまさしく樹の妖精や、あるいは怪物という形容がふさわしい様相だった。
全身を赤く染め、顔も腕もねじまがった木の根となったそれは、けれど人型を形成し、四肢と頭の位置をハッキリさせている。上背は赤谷よりずっとおおきい。背中からはもっとも大きな幹が生えており、その樹は天へ伸びていて、葉をつけず、寂しく恐ろしい黒く鋭い枝先たちを曇天につきつけていた。
「素晴らしい。スマイルも喜ぶ」
雨男は驚いた風はなく、満足げにうなづいている。
(この異常な現象をあらかじめ推測していたのか?)
「なにをしたんだ! これは種のせいなのか!」
「さてどうだろう。猫ならなんでも知ってるんじゃないのかね」
「猫……」
「おしゃべりしていていいのか」
雨男はレインコートのフードをかぶりながら顎でくいっとやった。赤谷はハッとして変異したハヤテ少年へ視線をむける。樹の大拳がふりおろされていた。
赤谷は腰をいれ受け止める。
ズドン! と地面に足が食い込み、割れてヒビが広がった。
赤谷は右腕をすでに自壊で損傷しているので、左手一本で受け止めていた。
(筋力はたいしたことない、か。腕一本で対応可能だ)
赤谷は受け止めながら、雨男をにらみつける。
レインコートの背中がゆったり歩いて雨ふる森のなかに消えていくところだった。
「クソ野郎が!」
赤谷は意識を雨男から外し、樹の拳をおしかえし『筋力の投射実験』で斥力を発生させ、空気を押しだし、樹の怪物をふっとばした。地面を踏みつけ『
(一応これで動きを封じたが……なにが起こってるのかさっぱりわからない。これはなんなんだ。どうしてハヤテ君が怪物に。これも『
「にゃーん(訳:ツリーガーディアンだにゃん……神樹が復活していないのに目にすることができるなんて……)」
ツリーキャットが近くの樹のうえから見下ろしてきていた。
「ツリーキャット! よかった、出てきてくれたか。これどうすりゃいいんだ? 雨男はいったいなにをしたんだ? ハヤテ君は生きてるのか?」
「にゃにゃーん(訳:雨男がなにをしたのかはわからないにゃ。でも、まず前提として、このハヤテっていう子供にスキルツリーを芽生えさせる才能がないのは間違いないにゃん。もし才能があるなら種に操られ、力に溺れることはないにゃ)」
「それじゃあ、この樹の怪物化現象はキモイクルミの影響ではない?」
「にゃーん、にゃん(訳:それは違うにゃ、この樹から感じる力……間違いなくスキルツリーと起源を同じくするもの。そして、いまこうして目にして思い出したけど、あれを私は知っているにゃん。ツリーガーディアン。神樹を守る存在……)」
「ツリーガーディアン?」
樹の怪物──ツリーガーディアンは頭部にあたる部位を、裂けさえ開き、威圧的な咆哮をあげた。幹がうなり、根が大地のしたを伸びていくのが、地面がひび割れていく様からわかる。
「こいつなんか成長してないか」
「にゃーん(訳:当然だにゃ。樹だから)」
「樹だから。そういう問題か」
大地の拘束から力づくで脱出した時には、ひとまり身体のサイズが大きくなっていた。木の根が触手のようにうごめき、周囲の木々を突き刺して、呑みこんでいく。赤い木の根に犯された木々はすぐに緑を失って枯れていった。
(力を吸い上げているのか?)
「こいつもしかして大地からエネルギーを吸い上げるみたいな能力もってたり……」
「にゃん(訳:樹だから)」
「便利な言葉だな!」
「にゃん、にゃにゃん(訳:ツリーガーディアン化の核にあるのは間違いなく『
「ハヤテ君がキモイクルミをもっていたのは……左手だ」
赤谷はハヤテ少年が大事に握りしめていた腕を思いだす。
ツリーガーディアンを見やれば、左手は大事そうに閉じられ胸の前で木の根に包まれている。
ツリーガーディアンは右腕をふりあげる。
赤谷はサッと近づき、種を奪いにかかるが、押し寄せる樹の根の数々が、あらゆる包囲からせまってきて、迂闊に踏み込むことができなかった。
「おとなしくしろ」
赤谷は浮かせていた圧縮球塊をまとめて撃ちだした。
『筋力の投射実験』は回転力はさがったが、スキルパワーがあがっているので、細かく撃つより、大きな一撃として運用するほうがよいと赤谷は考えるようになっていた。
鉄球ほどのサイズの飛翔体が6つまとめて高速でぶつかる衝撃力はすさまじく、右腕は砲弾で撃ちぬかれ風穴が空き、無数に生える樹の根も千切れ、ツリーガーディアンの巨大な身体はふわっと浮いて後ろへ派手に倒れた。
赤谷は攻撃したあと「やりすぎたか?」と後悔したが、すぐに杞憂だと思い知る。
ツリーガーディアンはのそっと上体を起こし、風穴が空いて千切れかかっていた腕を、樹の根で埋めると、まるで何事もなかったかのように赤谷へ向けてきた。
(再生……)
「樹だから、か」
木の根が地面を縫ってせまってくる。海面を飛び跳ねるイルカの群れのように、勢いよく激しく。
根の数は先ほどより増え、太く、破壊力を増しているように思えた。
(どーすんだよ、これ)
根の群れが赤谷を呑みこもうとし……一掃された。
側方から放たれた鋭利な一撃で。
斬撃波がぬけていったあと大地にはバラバラの根の束と、深く鋭く刻まれた直線の傷跡が残っていた。
「別にピンチじゃなかったけどな」
「強がるのね。どうしたらいいのかわからない、って顔していたけれど」
赤谷のすぐ隣にシュタッと着地した志波姫は、抜き身の刀を斬りはらった。
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