赤谷誠 VS 雨男 3

 雨男は膝のほこりを払い、重苦しくたちあがる。

 口端から流れる血を手でぬぐい、赤く濡れた手元をチラッと確認する。


「マジェスティック。君はいろいろできるようだね、赤谷誠くん」


(攻撃のとき反応されてた。ガードされて直撃しなかったんだ。だとしてもダメージが通ってなさすぎるが。『浮遊』は体重が極端に軽くなるから、続く2撃は攻撃力がさがるとしても、最初の一撃は痛かったはずなのに)


 雨男は肩と太ももへ手をかざす。赤谷の『輝かしき粘水槍スティッキーハイドロジャベリン』の被弾した個所だ。雨男の動きを拘束していたネバネバの水が、生き物のように意志を持って動きはじめ、先ほど殴られた箇所へあてられる。


 赤谷は目を細める。


(俺の『放水』で生成した水が……。『約定済みの烙印スティグマ・オブ・コントラクト』による遅延火傷を、水に放熱させることで中和するつもりか?)


 雨男が手をもちあげる。ちいさな水の球体が出現し、それはどんどん大きくなっていく。どこからともなく水滴が集まってきているらしい。


(さっき霧散させた水か……散らばっても集合をかけることができるのか)


 赤谷はわざわざ雨男の反転攻勢を待つつもりはなかった。


「赤谷誠くん、その腕、ずいぶん痛そうだが。無理をしてるんじゃ──」

「うるせえよ」


 瞳をギンっと開き、荒く震える息をはきだす。

 裂け血みどろになった腕をもちあげ、雨男へむけた。

 再び『固い暴風リキッドウィンドバースト』を放ち、動きを止めて、近接に持ち込もうとする。


 雨男はえぐれた地面の破壊痕からすでに姿を消していた。身をかがめ、土を弾くように蹴って移動し、赤谷の攻撃範囲から逃れ、一気に近づいてくる。


 赤谷はまさか雨男が自分から近づいてくるとは思っておらず、ビクッとする。赤谷から攻撃した直後というのもあった。だから、槍ように突きだされた前蹴りへの反応が遅れた。厚く固い革靴の底が、赤谷の顔面を正面から潰す。──というビジョンが彼の脳内をよぎった。


 『第六感』が発動した。本来なら受けていた攻撃。赤谷はすこし先の未来をカンニングして、髪の毛一本分の猶予で回避することに成功した。


 まあ当たるだろう。

 そう推測して自信をもって攻撃をしかけた側は、まさか回避されるとは思わない。そのやりとり一回は、逆に雨男側を困惑させることができた。


(ちゃんと見ているのか。すごい集中力だ)

(この野郎、開き直って接近戦かよ)


 内心で赤谷への評価と脅威を上方修正する雨男。

 顔を歪め、約束を破ってきたことに憤る赤谷。


 もっとも戦いに約束などない。

 赤谷が勝手に雨男のことを遠距離主体だと思っていただけだ。


(くそ、『筋力の投射実験』はパワーがあがった分、これまでの『筋力で飛ばす』より回転率がさがってる。続けて撃つには練度が足りない。『固い暴風リキッドウィンドバースト』でふっとばして、一旦落ち着いて思考力をとりもどしたいが、それはできない)


 赤谷は戦況がいきなり変化し、想定外の行動をとられたことにビビりながら、それまで培ってきた近接戦闘能力で応戦するしかないと判断する。

 

 『筋力の投射実験』は大幅なスキルパワーの上昇をもたらしたが、一方で連射性能が大幅にさがるという欠点もかかえてしまった。一度発動すれば、2秒前後はクールタイムがあがらない。これは望んだ変化ではなかった。ゆえに赤谷は戦い方を変える必要があった。


 赤谷は足元を踏みこむ。発動するのは頼れる相棒『領域接着術グラウンドアドベーション』だ。


 同時に雨男の足元を払いにいく。スキル『足払い』『転倒』『近接攻撃』がのっている下段攻撃だ。とっさに出す攻撃としては最高のものである。

 しかし、雨男の目線からすれば、それはすこし避けやすい攻撃だった。


 なぜなら彼は『領域接着術グラウンドアドベーション』を警戒していたため、足元に意識の半分ほどをつかって警戒していたからだ。



 咄嗟の近接戦闘では、赤谷はそこまで想像がおよばなかった。

 ゆえに雨男はひょいっと足をもちあげて赤谷のスキルもりもり足払いを回避。



 靴底が赤谷のすねを上から踏みつける。

 体勢が崩れる赤谷。雨男はそのまますねの上に乗り、『領域接着術グラウンドアドベーション』から逃げながら、赤谷の顔面を踏みつけた。

 

(君は地面に沈まないんだろう。いい足場だね)


 雨男は笑いながら、赤谷を踏み台にして蹴り飛ばし、後方へ大きくの跳躍した。

 バク宙しながさがって距離をとり、変質する地面から逃げていく。


 雨男は地面に意識を落としながら、そこがまだ『領域接着術グラウンドアドベーション』の効果範囲内であることをたしかめると、もっと離れて、安全圏まで逃げていく。

 そのころには逃げながら収集しつづけていた水の再集合が終わっていた。


(格闘能力もある……スキル頼りっきりだったチェインとは格が違うとでもいうのか)


 赤谷は顔を踏まれことに苛立ちながら、天気が悪くなっていることに焦燥をいだいた。

 夜が迫ってきているせいもあるだろうが、それにしたって空がどんよりしている。

 雨の香りもした。湿った空気の匂いだ。

 分厚いくらい雲が席巻し、すぐにでも雨が降ってきそうだった。


 赤谷は十分な間合いを確保して、しゃがんだ姿勢からゆっくり立ちあがる。

 彼は顔面をふみつけられている間、地面に手をそえ、地面の土を高強度に圧縮し、圧縮球塊をつくりだしていた。それらに『浮遊』を付与し、自身のまわりにうかせる。

 臨時の『防衛系統・衛星立方体ガーディアンシステム・サテライトキューブ』として、防御力を確保する。

 雨男は苦笑いして顔を横にふる。


「また変な技をつかってるね。うんざりする。正直、もう君とは戦いたくない」


 雨男は血を吐き捨て、殴られた箇所をおさえた。

 自己診断の結果、骨が何本か折れているようだった。痛みも不快感もひどい。


(ダメージをもらいすぎだ。赤谷誠、想像を大きく超えている。チェインと扉間、人造人間を倒しただけある。ここから先は私にもリスクがある。雨があれば、仕留められる、だろうが……向こうの応援がそろそろきそうだ。ここまでか。まあいい。今回の仕事の目標は彼ではない。可能ならツリーを回収したかったが……500mlしか水をもってきてない私も悪い。川があるんだからそっちで戦えばよかった。舐めてかかった私の落ち度だね。今更嘆いても仕方がない)


 雨男はダメージを悟られないように笑顔を浮かべ、手をひょいっと動かした。

 水が高速で射出され、赤谷へ向かっていく。


(大丈夫だ、避けれる。ガードするための盾もある)


 赤谷は攻撃に備えた。

 だが、水の弾は赤谷の直前でそれて、後方へ向かっていった。狙いは別にあるようだ。

 ぐしゃり。べきべき。肉が破れ、骨が砕けた、


「は?」


 赤谷は背後へふりむく。

 そこでは木の影に隠れていたのだろうハヤテ少年が目を丸くして、穴の空いた自身の身体を手でおさえていた。穴からは向こう側が見えている。


「ぁ、ぁ、おにい、さん」


 ハヤテ少年は崩れ落ちた。血だまりが広がっていく。

 

「おまっ……なにがしてえんだよ!?」


 赤谷は雨男をにらみつけ怒りに叫んだ。

 雨がぽつりぽつりと降りはじめた。


「赤谷誠、君のせいで私は疲れてしまった。だから残りの仕事は、才能あふれる若者たちに任せよう」


 メキメキと音が鳴った。

 赤谷は再びハヤテ少年をみやる。

 少年の身体は痙攣していた。そして、傷口から赤い木の根がのぞいていた。

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