赤谷誠 VS 雨男 1

 拳が激しくそいつを叩き、衝撃とともに吹き飛ばす。

 パワーを教義とする赤谷誠の攻撃力は、彼が想像したとおりに敵へ刺さった。

 男は緑と木の根のはる地面に2本の直線痕をつくり、威力を殺して体が遠くへ飛ばされる勢いを相殺し、ふみとどまる。はらりと前髪が揺れて、崩れ、分け目から瞳の光が射貫く。いましがた攻撃してきた彼へ、じっとりとした温度の目線が向けられた。


 赤谷はすばやく攻撃の命中箇所を確認した。攻撃の命中した個所は、その男の腹部から鳩尾あたりかと思っていたが、実際は肘をねじこまれて、打撃点はずらされていた。


 加えて、彼のお腹のあたりには奇妙な現象が見受けられていた。

 水である。例えばそれは顕微鏡でのぞいた微生物がうにょうにょと増殖をし、うごめいているかのように、男の腹部──およそ打撃が命中したと思われる箇所に膜をはるようにしているのだ。重力にしたがい地面に落ちて悲惨するだけのしぶきたる運命を捨て、意志をもつ生物のような挙動をみせている。

 

 スキルの影響だ。赤谷は思った。


(俺の拳でペットボトルを叩かせて破裂させたのか。まあいい。能力のほうは想像通りだ。あいつは水に干渉して操作するタイプのスキルをもって、それを戦術に採用してるタイプだ)


 赤谷も似たようなスキルをつかって、自分のまわりで物を浮かせて操作することに馴染みがあったため直観的にそう確信していた。

 

 ペットボトル1本分のうごめく水は、男の腹部に滞留したのち、宙を泳いで彼の手元にやってくる。ハムスターを乗せているかのような手つきで、すこし浮いて絶え間なく形状を変化させる水を、綺麗な球形にまとめて見せた。夕闇のなか橙色の残照を受けて赤く燃えている。


「赤谷誠、私は雨男と呼ばれてる」

「……それがどうした」

「呼ばれるのには理由がある。私は雨を降らせることができる。100発100中の精度でね。あと2分で雨が降る。そこがタイムリミットだ。2分後に君は死んでしまうだろう」


 雨男は静かな声で淡々と言葉をならべていく。コンビニのアルバイトが無感情で、商品の品出しをするように、そこに感情による事実の歪曲はないように。

 

 赤谷は自然と首回りと額に冷汗が湧いていることに気が付いていた。

 真の強者どうしはひと目あわせれば、互いの力量がわかるという。

 赤谷はそんなもの真っ赤な嘘だと考えている。見ただけで力量がわかるものか。

 

 でも、実際に触ってみるとこれが意外とわかる。

 腕相撲で相手と手を握り合った時に感じる、自信が失われていく感じだ。

 それがいまの赤谷にはあった。


(なにを恐れるか。もとからあいてのほうが格上なのは理性では理解してたはずだろ。恐がるな。動きが鈍るぞ、俺)


「いやなに、実際のところ、君は2分くらいはなんだかんだ耐えそうだ。私は求道者ではない。私を倒しうる相手と戦いたくなんかない。でも、戦闘の勝利がもたらす達成感をたまに味わいたくなる。君はそれにちょうどよさそうだ」

「後悔させてやる」

「若いというのは素晴らしいね。あぁそうだ、忘れるなよ、そっちのハヤテ君をちゃんと守ってあげるんだぞ」


 雨男は手をピッと動かした。

 燃える残照を受けていた500mlのミネラルウォーターが目にもとまらぬ速度で射出された。

 空を裂き、矢のように木々を抜け、赤谷を穿つ。予定ではそうだが、赤谷がじっとしてるわけもない。


 顔を横にふって避ける。

 赤谷は『筋力の投射実験』を発動し、引力で雨男を掴もうとした。


 見えざる物理学が、レインコートを外側から掌握しようとしたとき、雨男はひょいっと軽快なステップ回避をひとつまみ、スキルの影響範囲から逃れてみせた。


(すかした)


 雨男は愉快げに手を伸ばす。赤谷はその意味を瞬時に理解し、頭をぐわんっとさげた。赤谷の後頭部を撃ちぬこうとしていた水の塊が、回避のまにあわなかった黒髪を切って、雨男のもとへもどっていく。

 

(撃って戻す。撃って戻す。つまりそういうことだろ)


 赤谷にとって想像力の及ばない攻撃ではない。


「避けるのか、マジェスティックだ」


 赤谷は攻撃手段を考える。


(引力で直接掴むのは、もう種がバレてる。前からそうだったが、俺が干渉しようとするとき、どうしたってそれにたいして手を伸ばしてしまう。その挙動とスキル発動のラグなどから、感覚的に伝わってしまってる。ある程度は小細工できるが狙わないほうがいいか)


 戦術の大幅工事と武器が手元にないこと。いままでとりあえず行っていた行動を行えないこと、この戦闘の着地点、それぞれを考え『輝かしき粘水槍スティッキーハイドロジャベリン』をまずは使うことにした。


 『放水』+『くっつく』+『圧縮』+『筋力増強』+『筋力の投射実験』


(さてどうなる)

「水を生み出せるのか」


 左手でチャージする。攻撃まではあと3秒はかかる。

 赤谷が撃つよりはやく、水の弾がもどってきた。さっきよりも速かった。

 慌てて回避。だが、水の軌道が変化し、赤谷の顔面を貫こうとしてくる

 

(軌道変化、やっぱりできるよな)


 『瞬発力』をつかい回避速度をアップ、顔面をそらしながら左腕でガードする。

 痛みの覚悟から刹那のあと、左腕が裂け、小指が爪が割れ、血潮と熱い痛みが赤谷を襲った。赤谷は顔をしかめる。動揺はしない。痛みには強い男だ。伊達に毎日腕を手首から肩まで裂いてはいない。


 顔横を抜けていった水の弾は、くるりんっと宙で回転し、再び赤谷に襲ってきた。

 赤谷は『瞬発力』で回避しながら、2発目も被弾しながら、攻撃をそらす。だが、一撃目ほどの痛さはなかった。


(俺の鉄球操作に似てる。最大の火力は手元から撃ちだした第一射目だけ。その後の軌道変化は、相手にとって回避しづらい攻撃にはなるが、手元から撃ってないので攻撃能力が低下する。こいつも同じタイプだ。そして近づいてこない。平気な顔してるが、俺の攻撃力を恐れてるのか?)


 ひとつずつ整理しつ、赤谷は血にまみれながら、算段をたてていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る