筋力の投射実験
背の高い男だ。蒼白の顔色をしている。
暗い色のレインコートを着込んでいるのはなぜだろうか。
丸メガネからこちらを射貫くまなざしは、好奇心に満ちているようだ。
「いいや、人違いだ。俺は赤谷誠じゃない」
「意味のない嘘はよしたまへよ。本当に意味がない」
「なんで俺のこと知ってるんだよ」
「興味のある相手について知見を深めたいと思うのは当然のことだろう。学生ならわかるはずだ。意中の相手のことならなんでも知りたくなる。たとえどんな些細な情報でも、それを知ったことで、理解度が深まり、それを親密になったと錯覚できるからだ。あぁ、勘違いはしないでくれ、別に私は君と恋愛したいわけではない」
「それはよかった。流石に困る」
おしゃべりなやつだ。
だが、好都合だ。
この男がぺらぺら口を動かしている間に、思考のリソースは周囲の状況を整理することに使える。
森の里キャンプ場までは距離がある。
大きな物音をたてれれば異変を知らせることができるだろう。
俺は森の里キャンプ場に武装のたぐいを一切持ってきてない。『重たい球』も鋼材も。俺はボランティアしにきたんだ。崩壊論者と戦いにきたわけじゃない。
本来の戦力からすれば、70%赤谷といったところか。キャンプ場には志波姫に鳳凰院、薬膳先輩に雛鳥先輩もいる。いかに恐ろしい相手でも、どうにかなりそうな空気はある。
「どうして、ハヤテ君に種を渡した」
「さてどうしてだろうか。逆に聞きたいのだが、どうして君は種のことを知っているんだい」
「最近は悪いことするやつら、みーんな持ってるからな。これを持ってると悪いことしたくなるみたいだから、世のため、人のため、没収してるだけさ」
「本当にそうだろうか。実は君、身体のなかで
心臓が跳ねあがった。心中を言い当たられた気分だ。
俺とツリーキャットだけが知っている秘密を、どうしてこいつが推測できる。
「なんだよ、それ。意味わかんねえな」
「動揺してるように見えるがね」
「あんたが『
「はて、どうしてその質問が出てくるのだろうか」
男は顎を撫で、視線をぐわんっと天と地へ一周させる。
「赤谷君は我々に興味をもっていて、なにかしらの情報を掴んでいるのだろうか。ダンジョン財団か? それとも自力での調査か? まあいい。あとでゆっくり聞けばいい。あぁ、そうそう、先ほどの質問の答えだが……私は
言って彼はニコッと笑みを浮かべ、レインコートをひるがえし、懐からペットボトルを取りだした。ミネラルウォーターが入っている500mlのやつだ。キャップをくるくるまわそうとする。
俺の勘が鋭く働く。情報を繋ぎ合わせ、それの正体をはじきだす。
おそらくはスキルに関係しているのだろう。やつが着ているのはレインコート。つまり防水性能の高い服装だ。あのペットボトルの水……能力で操って、攻撃でもしかけてくるのかもしれない。仮にそうだとしたら、あのキャップは開けさせないほうがいいに決まってる。
謎の男との間合いは8m程度。
俺は手のひらを向け、スキルを発動した。
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『筋力の投射実験』
アクティブスキル
斥力と引力を生みだす
だいたいなんでも筋力で飛ばせる
【コスト】MP300
相反する2つの力だからといって
相性が悪いとは限らないだろう
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『筋力の投射実験』。これは『筋力で飛ばす』と『筋力で引きよせる』を合成し、そこに『筋力でとどめる』と『曲げる』をさらに合成した、物体を位置をコントロールするスキルの複合体だ。合成を繰り返した結果、性質がかなり変わった部分もあるが、それ以上に強力になっている面がある。
以前までは、マグカップ程度のサイズものしか、飛ばしたり、引き寄せたりすることはできなかったが、しかし、【コスト】300になり、そもそものスキルパワーが上昇したことにより、より大きなものに干渉できるようになった。
例えば人間とか。
「ッ、な、これは──」
よし、命中した。
一度、捕まえれば逃がさない。
謎の男の身体は、強い引力により、俺というブラックホールに吸い込まれる。
筋力補正が十分にかかり、引きよせられ、最後に待っているのはこの赤谷誠だ。
『筋力増強』+『膂力増強』+『瞬発力』+『拳撃』+『近接攻撃』
引き寄せて、最大の近接ダメージが届く距離に強制連行するシステムだ。
喰らうがいい、我が新奥義、お前が人間の犠牲者第一号だ──『
「ハヤテ君、伏せてろ!」
叫び、闇ハヤテ君が頭をおさえて地面のうえで丸くなる。
直後、引力で向かってきた謎の男の、その鳩尾を狙い定めて拳で打ちぬいた。
拳は深く突き刺さり、謎の男へ甚大なダメージを与え、次の瞬間、衝撃波が森を駆けぬけ、木の葉がぶわっと舞い、木々が揺れ、爆発のような衝突音を響かせた。
謎の男の身体は俺が拳を打ちだした方角へふっとんでいった。手ごたえあり。
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