闇ハヤテを説得せよ

 闇ハヤテ君はみるからに取り乱しており、表情は切羽詰まっていた。


「お兄さん、僕は、僕は、根暗で、人に話しかける勇気もないけど、でも、僕はすごいんです。みんな僕のことをバカにするけど、それでも僕が一番すごいんだ、僕は特別なんだ」


 暴力的な香りを漂わせて、ゆっくり近づこうとしてくる。力で解決しようとしているな。


「ハヤテ君は祝福者なのか」

「どうして……わかるんですか」


 息を呑み、核心を突かれた顔をするハヤテ君。


「俺も特別なんだよ。人類全体から見れば稀少な才能をもっているんだ」


 闇ハヤテの瞳には動揺があった。俺に恐れをもったのだろうか。同じ祝福者なら、力では解決することができないかもしれない、そういう危機感を抱いたのだろうか。


「その女の子はなんで寝ているんだ。ハヤテ君がやったのか」

「……ちがうんです、僕は、本当はこんなことするつもりはなかったんです」

「犯罪者の口上だ」

「本当に、本当に、ちがうんですよ……僕は、井山を、すこし、間違えただけで、なにかをしたわけじゃないんです……」

「寝てるけどな」

「でも、まだ、なにもしてないんですよ……」


 闇ハヤテは「なにもしてない」の一点張りだ。


「わかった。信じるぞ。じゃあ、どうして寝てるのか教えてくれるか」

「教えたら見逃してくれますか? 先生にも、ほかのみんなにも、言わないでください」

「俺は信じた。ならハヤテ君も信じてくれよ。それが道理だろう?」

「わかりました、お兄さんなら、信頼、できるかも……でも、絶対、絶対に言わないでください」

「大丈夫、安心しろ」

「…………僕には、実は特別なちからがあって、僕の瞳を見たひとを眠らせることができるんです……」


 スキルか。見ただけで催眠を誘発ってところかな。


「でも、僕、そのちからをコントロールできなくて、メガネをつけてれば、多少は威力が抑えることができるんですけど……」

「その能力で、えーっと、井山さんっていうその子は眠っちゃったってことかな」

「はい……」


 俺は『スキルトーカー』を発動し、闇ハヤテの能力を確かめておくことにした。


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『眠気の眼差し』

パッシブスキル

視線をあわせた者を眠らせる


眠たそうな目をしてる人っているよね

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 パッシブスキルだ。

 常時発動型で効果を発動しちゃう、と。

 なるほど、ほとんど無差別攻撃に近いな。


 強力ではあるが、それよりも不便さや、日常生活への支障のほうが大きい。これはいらないな。

 俺はすぐに『スキルトーカー』の記録からスキルを削除した。

 このスキルを持っていては、俺が闇ハヤテ君を見ただけで眠らせてしまうだろうから。


「メガネをつけてば威力を抑えることができるって話じゃなかったかな」

「そうなんですけど……でも、いまはすごく力が強くなってて……瞳を見てないのに、井山さんのことを見てただけで、眠らせてしまって……」

「もしかしてだけど、黒い、これくらいのサイズのクルミを持っていたりするか」


 闇ハヤテはそっとポケットに手をいれると、乾いた赤黒いクルミをとりだした。

 わずかに胎動するそれが尋常の物質でないことは、誰の目にも明らかだ。

 やはりあったか。『血に枯れた種子アダムズシード』。


「これをもらってから、なんだか、なんでもできるような気がするんです……僕だって、ハヤテ君みたいに、運動神経はいいし、喋ろうと思えば、きっと面白いこともいえるし、女子たちと仲良くすることだって、できるんだ、僕は特別な存在なんだから」


 闇ハヤテ君は、キモイクルミを見開いた瞳で凝視し、取り憑かれたようにぼそぼそとつぶやいた。そのうわごとのような自身への語りは、まるで暗示のようで、まわりの世界が見えていないような、鬼気迫るものを感じた。


 俺は静かに彼の両肩に手をそえた。

 闇ハヤテ君はハッとして、ゆっくりと俺を見る。

 その眼差しは弱弱しいが、しかし、狂気と魔力を帯びていた。

 力を感じる。スキルが俺に作用してるみたいだ。


「お兄さんは、どうして、眠らないの?」

「言っただろ、俺もハヤテ君と同じ特別な人間なんだよ。そして、ハヤテ君よりそうした力に詳しい。それは俺には効かないよ」


 おそらく神秘ステータスの補正を受けるスキル、次点で知力ステータスの補正ってところだろうが、あいにくと俺はどちらに対しても十分な防御力をもってる。能力の使い方もままならない小学生相手なら、たとえキモイクルミで強化されていようと効かされることはない。


「効かない、こんなこと、初めてです……」


 闇ハヤテ君は瞳に光をとりもどし見つめてくる。


「わかるよ、その黒いクルミは力をくれるもんね。でも、それに操られてはいけないよ。その力に呑みこまれたら人を傷つけてしまう。わかるよね」


 俺は可能なかぎりゆっくり優しい声で語りかける。

 普段ならぶん殴って終わらせているが、こんなそういう気になれなかった。

 相手が小学生だからか。あるいは闇ハヤテ君に自分を重ねているせいだろうか。


「そのクルミを捨ててくれるかな」

「…………本当は、井山さんに、いろいろしようと思ってたんです。もうどうせ、僕のちからはメガネで抑えられるものではないし、なにより抑える必要もないって、この力があれば、僕は、だれよりも特別になれる、けど」


 充血した瞳でクルミを見つめる闇ハヤテ君は、荒い呼吸をくりかえし、手のひらをひっくりかえそうとする。キモイクルミを落とすんだ。それでいい。


「さっき、ハヤテ君たちに、『ごはんがおいしい』って、言われたから、僕だって、これに頼らなくたって……!」

「────いけないよ、ハヤテくん」


 第三者の声がした。低い男の声だ。バッと視線を向ける。

 背中からぐさりと分厚い刃で刺されたような、気配なく突然とあらわれた。

 そいつは夕闇を背負いたっていた。


 背の高い男だ。

 青白い肌と、高い鼻をしてる。


「その男はね、君からたいせつな種を奪おうとしているんだ。その力が欲しいんだ。だから絶対に渡してはいけないよ」

「っ」


 闇ハヤテ君はバッと手をひっこめて、大事そうにキモイクルミを握りしめた。あとちょっとだったのに。


「あんた……」


 ただならぬ気配。タイミング。森の里キャンプ場の肝試しコースからも外れたこの場所に、偶然と人が居合わせるはずもない。心臓がバクバクとうるさく鳴りだす。推測はしていたが、嫌なことほどよくあたる。

 

「んん~? 待てよ、その顔どこかで見たな。はて、どこだったか」

「俺はあんたの顔なんか見たことないが」

「あぁそうか、お前が赤谷誠だな? おぉ、マジェスティック! これは……これは素晴らしい展開だ」

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