どうして種は撒かれたのか

 『蒼い笑顔ペイルドスマイル』、以前、聞いた名前だ。

 ツリーキャットがチェインの商売記録を調査して発覚したというキモイクルミこと『血に枯れた種子アダムズシード』を買い取った者である。この『蒼い笑顔ペイルドスマイル』は『血に枯れた種子アダムズシード』の代わりに、チェインへ資金援助や人造人間の手配など、その犯罪活動を支援していたと考えられている。

 

 俺からしてはチェインに力を与えた存在なので、それなりに迷惑なやつだが、ツリーキャットからすればいつも探している『血に枯れた種子アダムズシード』を持ち逃げした相手であるので、より迷惑に思っていることだろう。


「しかし、なんでそんなやつがこんな辺鄙なキャンプ場に来てるんだよ。まさか夏休みのバカンスに来てるわけじゃないよな?」


 闇の世界の大物なら、南国の海でプライベートフェリーにでも揺られて、麻薬でも吸ってそうなものだが。森の里キャンプ場にはこないだろう。


「にゃーん(訳:厳密にいえば、『蒼い笑顔ペイルドスマイル』が来てるわけじゃないかもしれないにゃ。私が感じているのはいつもの『種憑かれの者シードホルダー』が近くにいるという気配だにゃ)」

「シードホルダー……ついに現れやがったか。てか、またキモイクルミばら撒かれてるのかよ。こっちとしては有難いんやら、迷惑なんやら」

「にゃにゃーん、にゃん(訳:やつの目的は不明だにゃ。『血に枯れた種子アダムズシード』を高額で買い取っているあたり、秘められている力に気が付いているようだから、理由もなくばら撒くなんてことはありえないと思うにゃん。厳重に保管して、しっかり箱のなかにしまっておくべきものだろうし。だから、気を付けるにゃ。相手は確かに『種憑かれの者シードホルダー』ではあるけれど、そこにはきっと崩壊論者『蒼い笑顔ペイルドスマイル』の思惑があるにゃん)」

「久しぶりのキモイクルミチャンスだが、なんだか素直に喜べないな」


 『蒼い笑顔ペイルドスマイル』の懸賞金は1億4,000だとかって話だった。人間ひとりの首にそれだけの大金がかかるって、いったいどれだけ危険なやつで、どれだけ悪いことをしてきたというのだろうか。チェインでさえ、学校にダンジョンホールを起こしたり、侵入して生徒を殺害しようとしたり、やりたい放題の無法者だったけど……『蒼い笑顔ペイルドスマイル』はそれよりもっと悪い奴ってことなのか?


 キモイクルミへの関心よりも、『蒼い笑顔ペイルドスマイル』とかいうスーパー悪党への恐怖のほうが大きくなってきた。関わりたくねえ。


「でも、せっかくカモがネギをしょって現れたんだ。回収するほかないか。ツリーキャットとの約束だもんな」


 俺はスキルツリーによって、かつてでは考えられないほどの評価をまわりからもらえている。本来ならとっくに英雄高校をやめて、借金をかえすことすらできず、あの家で腐っていただろう俺の運命は、ツリーキャットが運んできたこの右腕に宿る樹に変えられたんだ。


「にゃーん(訳:赤谷君は義理堅いにゃん。そういうところが大好きにゃん)」

「そうか。ならモフらせてくれ」

「にゃ、にゃ~!」


 ツリーキャットをもふもふして、十分に吸ったあと、俺は導きに従ってシードホルダーのもとへ向かうことにしようとし────トントン、扉がノックされた。


「にゃー!」


 ツリーキャットは弾かれるように機敏な動きで窓から外へ飛びだした。

 扉が開かれ、志波姫と林道がはいってくる。

 

「赤谷! やっぱりここにいたんだね。肝試しの準備するから手伝って!」

「いまにゃーって鳴き声が聞こえたような……」


 志波姫は訝しむ表情で部屋をきょろきょろ見渡す。猫好きなんだもんな。


「あーえーっと、俺はその、ちょっと用事があるというかなんというか」

「カレーを作った仕事量を過大評価しすぎよ。御託は良いから手伝いなさい」


 志波姫と林道に連行され、俺は肝試しの準備にとりかかった。

 森の里キャンプ場より、怪しげな森のなかへ入り、折り返し地点の紙をとって戻ることで、目標は達成となる。スタンダードなレギュレーションの肝試しである。ただし、紙をとってこないともう一回行かされるらしい。小学生たちはこの脅し文句で、必死になって紙を手に入れもどろうとするだろう。


「まあ、こんなところだろ」

「これで問題はなさそうね」

「ねえねえ、1回ルートを往復してみない? 実際にもどってこれるのか試そうよ!」


 なんやかんや準備をして、森の里キャンプ場に戻ってくる。

 ツリーキャットはどういうわけか林道と志波姫から姿を隠している。

 のでこのふたりを振り切らないと、あるいはほかの人間から離れないと姿を現してはくれない。


「ちょっとトイレいってくるわ」


 志波姫たちと離れて、俺は森のなかへやってきた。


「にゃー(訳:ようやくひとりになってくれたにゃ)」

「どうして隠れてるんだよ」

「にゃーん(訳:私の思念がうっかりほかのひとに聞こえたら喋れるスーパーキャットであることがバレてしまうにゃん。私はスキルツリーの神秘的な猫だから、正体をバレたくないんだにゃーん)」

「これ思念で話してたのか。ハイテクだな」

「にゃあ(訳:それじゃあ、シードホルダーのところへ案内するにゃん。すこし移動しちゃっているから追い付くにゃん)」

 

 夕暮れ時のキャンプ場は、背の高い山によって陽がさえぎられ、時間のわりに暗くなるのがはやかった。雲の影の向こう橙色の天によって、世界が燃えているような不吉な予感を感じる夕闇のなか獣道をゆき、ツリーキャットがたちどまり、俺も足を止めた。


 草陰から少年と少女の姿がうかがえる。

 これは肝試しのルート……? そうか、もう始まってるんだな。しかし、折り返し地点ならもう通りすぎたように思えたが。ここはルートからかなり外れている。


「なにしているんだ、少年」


 闇ハヤテ君はビクッとしてこちらへふりかえる。

 足元に倒れている少女はぐったりして動かない。気絶しているのか。


「なんで、ここに、ぉ兄さんが……」


 分厚いメガネの奥にある瞳は動揺に揺れ、手先は震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る