カレー作り 後編

 俺は食材を切り終わったあと、志波姫と林道に持ち場を任せて、くだんのモテない根暗小学生のもとに足を運んでいた。

 ボサボサのくせっ毛に、牛乳瓶みたいな厚底のメガネ。細身というかがりがりで、表情には自信がない。見ればわかる。これはTier0の陰キャです。凄まじい逸材だ。


「どうしよ、また失敗する。バカにされて、いじめられる……」

「バカにされるのは嫌か、少年」

「あ、えっと……」


 陰キャ界のホープは、たじたじした表情で見上げてくる。

 俺は知っている。小学生は、いきなり高校生に話しかけられて正確な返答ができるほど成熟していないと。特にこのホープのような人間は特に。

 

「俺は君を助けにきた。はやまるな少年、飯盒炊爨にはコツがあるんだ」

「は、は、ぃ……」


 俺がやや強引に少年をサポートしていると、やがて薬膳先輩も「頑張っているな、少年よ」と演技がかった声で言いながら練り寄ってきた。変な高校生ふたりに絡まれてる構図になってるのでどっかいってほしいのだが。


「なんで薬膳先輩までくるんですか。流石の小学生でもマッドサイエンティスト参戦は恐がられますって。擁護できないです」

「この子のサポートをしたいと思っちゃいけないのか、我らはみな同志だろう」


 どうやら俺と同じ気持ちだったようだ。


「お前の名前ハヤテっていうのか」


 作業しているうちに自然と名前を聞きだせた。このホープの名はハヤテ君らしい。


「しかし、ハヤテか。ほかにもそんな名前のイケメンいなかったっけ」

「おい、赤谷、間接的にこの子がイケメンじゃないというのはよせ」

「薬膳先輩、わざわざ言及して強調しなくていいんですよ」

「だ、大丈夫です、僕、わかっているので……ハヤテ君は、僕と同じ名前の子で……その、僕とはちがう感じだから……」


 ホープはすぐ近くで女子とおしゃべりしながら野菜を切っているイケメン少年を見やる。雛鳥先輩がサポートしてるグループで、空気が明るく非常に充実してる感じがする。

 

 どうやらハヤテ君はふたりいたらしい。

 闇ハヤテと光ハヤテだ。

 スタンプラリーの時、俺の班の女の子が色恋沙汰していたのは、光ハヤテだったのだ。たしかにあっちはモテモテ陽キャイケメン男子の波動を纏っている。


 俺にはわかる。

 ただの偶然だとしても、自分と比べてしまっているのだろう。

 ダメダメな自分と、イケイケなやつ。

 

「だがな少年、他人と比べる必要なんかないんだ。自分に正直に生きていればまったくそれでいいんだ。まだわからないかもしれないがな」

「は、はぃ……」

「よし、これでお米は素晴らしく炊きあがるだろう。俺を信じろ」


 俺は飯盒炊爨のフタを最後にぽんっとたたいて、薬膳先輩とともにホープの班をあとにした。


「あとはカレールウをぶちこんで、と。ちょいと混ぜて完成だ。林道、混ぜるか?」

「え? いいの? やるやる!」


 ついにカレーが完成した。

 白く決め細やかに炊けたごはんに輝くカレーをかけていく。


━━━━━━━━━━━━━━━━

『普通のカレーライス』

 基本に忠実につくられた一品

【付与効果】

 『精神力上昇』

【上昇値】

 体力 0 魔力 0 

 防御 0 筋力 0 

 技量 0 知力 0

 抵抗 0 敏捷 0 

 神秘 0 精神 0

━━━━━━━━━━━━━━━━


「すごーい! これ祝福飯だ! バフがついてるよ、バフ!」

「アイアンボール、お前、料理の腕まで一流というわけか、クハハ!」

「俺の赤谷ならこれくらいは作れて当然といったところか。うみゃあいッ!」

「赤谷後輩、流石だねえ! 今度からごはんつくってもらおうかなぁ」

「ひ、ヒナ先輩、赤谷とペペロンチーノするにはちゃんと手順踏む必要がありまして──!」


 みんな喜んでくれているようでなによりだ。

 向こうのテーブルを見やる。ハヤテ君のほうの米も光り輝いているようだ。

 歓声があがっているのを顧みるに、おまじないは作用したようである。


「赤谷君、あなたって本当に料理できたのね」

「そうだぞ。意外だったか」

「ええ、とっても意外だわ」

「おいしいか」

「そうね。悔しいけれど、すごく美味しいわ」

「それはよかった」


 志波姫はもぐもぐカレーを食べながら穏やかな顔をしていた。

 

 夕暮れ時、カレーの後片付けはやってもらえることになったので、俺だけ一足先に管理人小屋の会議室──ボランティア部隊の待機場所──に戻ってきた。

 だんだん暗くなってきた窓の外、黒い影がひょいっとあらわれた。

 見やれば、尻尾をピンっとたてた美麗な黒猫が、肉球で窓をてしてし叩いている。


「ツリーキャット?」


 周囲を見渡し、誰もいないことを確認して窓を開ける。


「にゃー(訳:赤谷くん、久しぶりだにゃ。ひとり身に赤谷くんが夏を楽しんでいるようで、私もうれしいにゃあ!)」

「そんな楽しいもんじゃないぞ、強制連行されてるんだからな。気疲ればっかりだよ。ツリーキャット、すこし痩せたか? まえはもっとふっくらしてたような」

「にゃあ~!(訳:失礼な赤谷くんだにゃあ。私も夏仕様になって毛が軽くなっているだけにゃん。ってこんなことを話してる場合ではないにゃ!)」

「どうしたんだよ、久しぶりに帰ってきたと思ったら神妙な顔して」

「にゃー(訳:器と種憑かれの者は惹かれあうということだろうかにゃ……赤谷君、私はこれまで『血に枯れた種子アダムズシード』の行方を調査して、崩壊論者『蒼い笑顔』を追跡していたにゃ。来ているみたいなんだにゃ、ここに、蒼い笑顔が!)」

「それはまた……嫌な話だな」

 

 この猫が現れるといつも物騒なことになる。

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