カレー作り 前編

 しばらくすると、小学生たちが川からもどってきた。

 今度はカレー作りだ。キャンプの定番であるが、これにはあまりいい思い出はない。


「なんだか不機嫌な顔をしているわね、赤谷君」


 志波姫は鍋を洗いながらたずねてくる。


「俺は米を洗っていただけなのにどうして不機嫌だとおもうんだ」

「瞳が泥のように濁っていたもの」

「そうか、にじみ出てしまっていたか。いやなに、カレー作りって担当部署ごとの難易度に差があるよなって思ってるだけだよ」

「そうね。飯盒炊爨はむずかしいでしょうね」


 おお、わかってくれるか。

 飯盒炊爨。黒い鉄の変な容器に米と水をいれて火で米をふっくらさせる装置。

 こいつの扱いはどう考えても小学生のキャンプで運用するようなレベルではない。


「小学生ってのは本能の生き物だからな、みんな感じ取るんだ、これ難しそうって。冷静な班ほど、この難しい役目が雑魚にまわってくる」

「はぁ、今回のエピソードは雑魚だった赤谷君は飯盒炊爨で失敗して、炭をつくった罪人として学級裁判にかけられたといったところかしら」

「俺が語ろうとした過去を読み切るのやめてくんね?」


 なんて恐ろしい女なんだ、志波姫神華。

 可哀そうな男が可哀そうな過去に語る、被害者フェイズすらやらせてもらえないとは。


「ほらみろ、あそこにいるモテなさそうな男子を」


 俺は炊事場の反対側を見やる。

 ほっそりした丸メガネの根暗な男子が、班のなかでのけ者にされながら飯盒炊爨を仕込んでいるではないか。


「名も知らないやつだが、あいつには不思議と共感できる。やつがせめて飯盒炊爨で裁判にかけられないようにサポートする所存だ」

「それはいい心がけね。でも、そろそろ御託を並べるのはいいから手を動かしてくれるかしら。働かないナマズなんていつでも川に還せるのだから」

「はいはい、それじゃあナマズ汁いっぱいお米に染みこませておこうかなぁ」

「きも」


 なんだよそれ、ナマズナマズ言うからちょっとノッたらこれだよ! もはや犯罪だろ!


「ひめりん、なまずん、薪持ってきたよ~!」

「ひめりんはやめてくれるかしら」

「なまずんもやめろ」

「むぅ……ふたりともそんな真面目な顔で拒否しないでよ……!」


 薪に火をつけ、飯盒炊爨をセットしていく。

 よし、ひとまず米はこれでいい。


「しかし、おかしくないか。福島も鳳凰院も、先輩たちもどこへ消えたというんだ」

「仕方がないでしょう。赤谷君が『シェフ』と『手料理』という2つの料理系スキルをもっているって自慢げに自己申告してきたのだから」

「最初は林道にリークされたんだけどな。それで説明責任だとかいって追及されてつい言っちまった」

「えへへ、ごめんね、赤谷。でも、赤谷はすっごく料理が上手なんだよ! ペペロンチーノとかハンバーグとか、よく作ってくれるんだもん!」


 林道はピーラーをふりあげながら力説する。あぶねえよ。


「よく作ってくれる、ね」


 志波姫の目元に暗い影が落ちている気がした。そのまなざしは夏の暑さを忘れさせるほどに冷たい。


「な、なんだよ、志波姫」

「いいえ、別に。顔でも性格でも勝負できないオスの、最後の生存戦略が料理だったのだろうと推論を働かせていただけよ」

「誰が顔も性格も敗北したオスだ。言っておくが俺ってそんなブスじゃないからな。目が死んだ魚とか、ナマズとか言われたせいで、拡大解釈でナマズみたいな顔とか言われてるけど、いうほど顔面は崩れてないだろ」

「手を止めていないで野菜を切りなさい、自画自賛ナマズ君」

「林道、志波姫を連れて逃げてくれ、包丁をもったこの手がこいつを刺すまえに……!」

「はわわ、ひめりんあっち行ってよ!」

「嫌よ。私も手伝うわ」

「「へ?」」


 志波姫は林道からピーラーをひったくるように取ると、俺の隣に並びジャガイモの皮を剝きはじめた。刃を繰るように流麗な手つきだ。


「なんだ、労働する気あったのか」

「優れた人間は施すことはあっても、施されることはないのよ。わたしは赤谷君に施しを受けるつもりはないわ」

「そうかよ。手伝ってくれるなら歓迎だ」

「林道さん、あなたも突っ立っていないで手伝いなさい」

「はわわ、わ、わかったよ!」

 

 林道と志波姫の協力のもと、俺たちはボランティア部隊のカレー作りに従事した。

 なおほかの面々は、すぐあとに炊事場にやってきて、小学生たちに指導しながら、それぞれの班がカレーをつくるのを見守っていた。サボっていたわけじゃないようだ。


「ふふふ~」


 雛鳥先輩が俺たちのほうを見てニヤニヤした顔をしている。


「なんですか、雛鳥先輩」

「いやぁ、こうしてみるとなんだか夫婦みたいだねえって思っちゃってさ~!」


 言われた途端、なんだか体の芯から熱が湧いて、体温が2度ほどあがった気がした。


「なに言ってるんだか……」

「はわわ、ヒナ先輩それどっちのこと、じゃなくて何言ってるんですか!?」


 俺の声をかき消すほど大きな声で林道はわめき始めた。

 件の雛鳥先輩はけらけら笑いながら向こうにいってしまった。

 

 その後はなんだか微妙で静かな空気が漂っていた。

 小学生たちががやがやしてるなか、ここだけ静かなのである。

 沈黙を破ったのは意外にも志波姫だった。


「赤谷君」

「どうした」

「あなたってほかに何か料理をつくれるのかしら」

「ん-、ペペロンチーノとか、ハンバーグとか、みそ汁とか。いろいろ修練段階の料理はあるけど、人さまに出せるのは上記の3つとなっているな」

「そう。ふーん」

「……なんだよ」

「いえ、別に。ただ、どんな味なのかなと多少想像をめぐらせただけよ」


 志波姫の横顔をチラッとうかがいながら返した。俺はすこし喉に引っ掛かりを覚えながらも。


「……食べたいのなら今度作ってやらないことはない、けど」


 林道がビクッとしてこっちを見てくる。


「はわわ、赤谷、そんな簡単に料理をふるまっていいのかなぁ……? 赤谷シェフのブランディングとかあるとかないとか……?」

「ブランディングもなにもねえから大丈夫だ。林道、さてはお前、俺のことを自分だけのていのいい出張料理人にするつもりだな? 食いしん坊かよ」

「ひぎぇ、ひめりん、赤谷がデリカシーないよぉ……!」

「仕方のないことよ。食いしん坊がバレてしまったのなら、受け入れなさい」

「うぅ、ひめりんもデリカシーなかった……!」

「それじゃあ、赤谷君、今度食べさせてもらおうかしら」


 またお客さんが増えそうだ。

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