林道琴音は褒められたい
キャンプ場に戻ってきても、志波姫は林道と雛鳥先輩にいいように困らされていた。
「えへへ~、ひめりん! ひめりん!」
「……理由もなく名前を呼ばないでほしいのだけど」
楽しげに林道は志波姫を呼び、身体をくっつけていた。まるで犬だ。なにが楽しいのかわからないが、尻尾をぶんぶん振り回して、暴れまわっている。林道は今日でずいぶんと志波姫への攻略を進めたように思えた。
林道犬が手に負えなくなった志波姫は「着替えてきます」と口実を見つけたように、さっさと行ってしまった。そのあとを雛鳥先輩は面白がってついていった。
「結局、ことりんって呼んでくれなかったなぁ」
「志波姫にそう呼ばせるのは無理だろ」
「むぅ、そうかなぁ……あっ、それじゃあ赤谷は呼んでくれる?」
俺のほうにパスがくるのかよ。
「誰でもいいのか。貞操観念破綻してるんか、お前は」
「なんでそんなひどいこと言うの!? もういいよ、赤谷にはことりんって呼ばせてあげないもんっ!」
「そもそも呼ばねえわな」
俺が林道をのことをことりんって呼んでいることを想像する。ことりんってことは、林道琴音の下の名前のほうを愛称に改造しているってことだろ。つまりは「琴音」って呼ぶよりさらに次の親密な呼び方ということだ。俺は元来、男子が女子のことを下の名前で呼んでいたら「うわ、親密アピールかよ、きっしょ、下心丸出しじゃねえか」と辟易するタイプなので、愛称なんてものを使いだしたあかつきには「アピールすんな。くせえな」くらい口にだしていってしまうだろう。それを自分がする? ありえない。
「そもそも、なんで愛称なんてつけたがる。それは弱さの証だろ。愛称を考えてそれで呼ぶことで『あぁ、私たちは愛称で呼びあう関係なんだ。仲良しなんだ』っていう安心を得ようというあさましい営みだ。逆説的に言えば、それは仲が良いから愛称を使っているんじゃない。愛称を使っているから仲が良いことを担保できていると思いこみたいんだ。人間の弱さ、知性あるゆえの浅ましい発想だよ。本当に仲が良いのならそんなものに頼らない」
「うわ、発作が! また早口になってる……!」
林道は「まーた始まったよ」みたいな顔して面倒くさそうにした。
「ところで、赤谷、なまずんってどう思う?」
「ポキモンの話か」
「うんん、赤谷の真の名前!」
「俺の名前、赤谷誠なんだが、どこにからなまを持ってきた」
「ふっふっふ、知りたい~?」
「いやいい。どうせナマズだろう」
「うわあ、なんでわかったの!?」
わからないやつがいるのでしょうか。
「ところで赤谷、さっきから、その、言うべき言葉をいっていないんじゃないかな、って思うんだけど、どうかな……?」
林道は明後日の空へ視線をなげ、腰裏に腕をまわした。
このまま口笛でも吹きだしそうな雰囲気だ。
「なんだよ」
「いや、だから、どうかなって」
「?」
「ほら、だから! その……」
林道は身体をちいさく捻り、言葉を持っているようだ。
「あ」
俺は気づいた。
ふふふ、流石は俺だ。
経験値から最適な回答を導けるようになるとは。
これが成長というやつか。
林道はいま俺の言葉をまっている。
女子が言葉を待つとすれば、そう、必然、その答えは決まっている。
「林道、髪切った?」
「え?」
「やはりそうか、うん、気づいてたぞ。いいんじゃないか」
「切ったっちゃ切ったけど、そっちじゃないよ! ほら、この、水着!」
「そっちかよ、わかりづらいな」
「いやいや、この状況で水着以外いかないって! あーもう、女の子から言わせるなんて、なまずんは本当にモテない男の子だよ!」
なるほど、これが試練の時ということか。
俺は今朝確認したポイントミッションを思いだす。
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【本日のポイントミッション】
毎日コツコツ頑張ろう!
『褒める男』
褒める 0/1
【継続日数】99日目
【コツコツランク】ゴールド
【ポイント倍率】3.0倍
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『褒める男』とかいう謎の課題。
一応、本日はちょっと意識して、志波姫のことをほめてみたりもしたが、こいつの進行度はまだ進んでいない。見えざる条件を考えるに、もっと褒めろっていうことなんだと思う。
記念すべき、継続日数100日目がかかった大事なミッションだ。失敗したくない。
勇気を振り絞るとしたらいましかないわけか。
俺は深く息をはいて、覚悟を決めた。やるしかない。俺は褒めるぞ。褒めてみせる。
なるべく胸元を見ないようにしつつ、パッと林道の全体像を眺める。
いわゆるビキニというやつで、明るいオレンジ色の水着のうえからパーカーを羽織っている。改めてみるとなんちゅー恰好だ。けしからん。
「林道っぽい色合いだよな。その……よく似合ってると思う。うん、かわいいと思う、俺がこれまでの人生で出会ったなかで、これほど魅力的な林道はいなかったな。いまが一番輝いてるぞ。世界一だ!」
「え、ええ、そ、そうかなぁ~? あれ、こんな絶賛されるとは……えへへ、えへへ、そうかな? そうかな~? って、待って褒められすぎて、逆に恥ずかしくなってきた!?」
林道は緊張していた表情を崩し、笑顔を溢れさせ、頬を染め、パーカーの前を閉じ「ちょ、ちょっと褒めすぎだから……っ」と、身をちいさくしていた。まだだ。ここで手をゆるめてポイントミッションを失敗に終わらせるわけにはいかない! これが最後の褒めるチャンスかもしれないのだから!
「いいや、そんなことはない。お前は世界で一番可愛い。間違いない!」
「い、いやぁ、そ、そんな、なんで今日こんな褒めてくれるの!?」
「林道は優しくて、可愛くて、そのうえ水着姿まで完璧で究極だ!」
「うわああ、なんか変だよ、ほめ殺される、ころされる!」
顔から火が噴きそうなほど赤面した林道はついに耐えられなくなったのか、脱兎のごとく逃げだした。
「はぁ、10年分の誉め言葉をつかったな……なんだよこれ、俺のほうもダメージデカすぎるって……」
正直、いま死にたい気分だ。
褒めろと言われて褒めたのだから、まあ、その分、キモさは軽減されてると思えるが、それにしてもやりすぎたか?
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【本日のポイントミッション】
毎日コツコツ頑張ろう!
『褒める男』
褒める 1/1
【報酬】
4スキルポイント獲得!
【継続日数】100日目
【コツコツランク】プラチナ
【ポイント倍率】4.0倍
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岩陰でスキルツリーを生やし、見事この試練を乗り越えたことを確認する。
ありがとう、おかげで【コツコツランク】もあがって、プラチナム赤谷になれました。
今日で100日か。はぁ、けっこう頑張ってるじゃん、俺。
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