厨二病対消滅作戦

 うるさい心臓の律動と、顔を焼くような熱さから逃げるように、水面でバシャバシャと顔を洗った。ああ、冷たくて気持ちがいいぜ。


「はぁはぁ、川の水は最高だ、おかげで頭が冷えた」


 俺がギリッとにらみつけるのは福島だ。

 川辺で頬を染め、なんだか恥ずかしそうにしてる彼女は「い、いや、違くて! 弟子がまたえろい触手で暴走するかと思って……!」と弁解を紡いでいた。


 福島としてはイタズラするつもりはなかったようだ。

 悪いやつじゃないので許してやるのが道理というものか。


 川辺から離れ、河原で腰をおろす。

 びしょぬれのまま服が乾くのを待ちながら川を眺める。


「おのれ、雛鳥ウチカめ、まさか水着をもってきているなんて。だが、このマッドサイエンティスト薬膳卓は理性の男だ。男心をだまし、弱者男性をかどわかす邪悪なきゃつめに心を弄ばれる俺ではないのだ。俺は抗ってみせるぞ……!」


 薬膳先輩はぐぬぬっと悔しげな声をだしていたが、そのまなざしは確かに水のしたたる雛鳥先輩に熱く注がれていた。どう考えても抗えてはいない。


 川から視線を外して横をみやれば、鳳凰院と福島が河原の石を積んでなにやら楽しそうにしている。ちなみに福島もわびさび系女子だ。民主主義にのっとればこの空間におけるパワーバランスは巨星を迎え討つ2名の慎ましさによって保たれていると言えるだろう。


「見ろ、福島、アイアンボールが仲間になりたそうにこちらを見ているではないか。オレ様たちと交わりたいという意志を強く感じる」

「ん、弟子! こっちへ来るんだよ、石積みしようよ!」


 あんまり関わりたくない人種だが、ふと暗い興味が湧いた。


 思えば薬膳先輩と、福島&鳳凰院が絡むのを見たことがない。

 移動中のバンでの雰囲気から察するに知り合いではないのだろう。

 様子のおかしい者たちをぶつけあわせたらどうなるのか。

 あまりにも痛いこの3人をぶつけあわせることで、姿見のように互いの痛さをまじまじと感じさせ、あわよくば化け物たちを浄化することができるかもしれない。


 そんな興味が湧いてしまったのと、手持ち無沙汰でやることもなかったので、俺は薬膳先輩も誘って、奇妙でアナログな遊戯に付き合ってみることにした。


 気まぐれではじめた遊戯は、石を高くつむという非常にシンプルだが奥深いものだ。


 奥深さに気づいたのは、鳳凰院のほうから吹いてくる風に妨害されたり、黒靄を使って石の接地面を固定するこざかしい術を使うやつがあらわれたりしてからだった。これはただの石積みではなかったのだ。己の祝福と、それぞれの誇りをかけた戦いだったのだ。


 レギュレーションの存在しない戦いのなか「あぁそうかい、そっちがその気でくるなら俺にも考えがある」と俺は開き直り、『くっつく』と『形状に囚われない思想』により無双し、出場者たちを理解させることに成功した。


「くっ、流石は弟子だね、あらゆる状況に適応してくるとは……!」

「悔しいが、今回のところはお前の勝ちということにしておこう、アイアンボール。手札の数という意味においてはそっちが優っていた。第一回石積み王の称号はくれてやる……っ」

「スキルの応用力が俺には足りないと言いたいわけか、赤谷。たしかに科学とは既知でもって、未知のしるべを得る営みだ。ふはは、まさか学ばされるとはな」


 福島は目端に涙を浮かべながら、鳳凰院も悔しさに顔をゆがませながら、薬膳先輩は腹立つ顔で鷹揚に拍手をおくってくれた。終わったあと「何だったんだろこの時間」と絶対に後悔すると思っていたが、存外に達成感と満足感を得ていた。


 皆が真面目に挑んだからこそ面白くなったのか。あるいはこの様子のおかしいやつらと遊ぶのが思っているより、居心地よいと感じているのか……いや、それはないな。それはないというか、そうだったとしても、それは嫌だな。感情で嫌だ。


 例えば陰キャたちが教室のすみで生存圏をひねりだすように、陽キャが必然と集まって楽しげな空間を演出するように、同種の者は惹かれあうという。ただこの考え方には別の解釈もある。種に交われば赤くなるだ。陰キャが集まっているのではない。陰キャのまわりにいるから陰キャになってしまうのだ。陽キャもまた同様だ。


 様子のおかしい人たちのまわりにいては、俺まで様子がおかしくなってしまうだろう。


「クハハハ、マッドサイエンティスト、さすがは代表者競技に選ばれし者。このオレ様と肩を越えるとはな。あんたも注目に値する存在ということか」


 ちなみに石積みの2位は薬膳先輩だった。石積みながらずっと技名を叫んでいたのでわかるが『窒素創作ニトロアーティスト堅牢ロバスト』で窒素を固めて、福島と同じ手法で、より強固に柔軟に、自らの石の城を設計してみせたのだ。


「俺とおまえではモノがちがう。漆黒のツバサ、おまえはまだ若い。若すぎる。この狂気の科学者マッドサイエンティスト薬膳卓のステージにはやくあがってこい。その時は改めて相手しやろう」


 薬膳先輩は白衣をおおげさにひるがえし、はためかせながら去っていった。石を1cm高く積めただけでよくもあそこまでイキれるものだ。もはや才能だろ。


「……っ、狂気の、科学者……っ」

「マッドサイエンティスト……!」


 あれ? 福島さんも、鳳凰院も、ちょっと惹かれてませんか。冗談だろ。あれのどこに魅力を感じたんだよ。


「……クハハハッ、福島、アイアンボール、オレ様たちはまだ世界の広さを知らないのかもしれない。あの男の覇気、一朝一夕で身に着くものじゃあない」

「弟子、薬膳先輩みたいになれるようにいっしょにがんばろう」

「普通に嫌なんだが」


 なんということだ、薬膳先輩のイタさが、刺さる相手がいたとは。

 黒魔導士を名乗る少女と、漆黒のツバサ、そして狂気の科学者────。

 対消滅するはずが、共鳴しあってしまうとは……より恐ろしいものが生まれる胎動を感じる。

 こいつらを救う方法はないのかもしれない。







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