くだらない労働の報酬

「全部集めて帰ってきたら、いいものと交換してあげますからね~」


 キャンプ場の管理人はニコニコと笑顔でそういって俺たちを送りだした。


 最初の俺たちの仕事はスタンプラリーの引率であった。小学生たちはそれぞれのしおりの最後のページにある6つの欄を埋めることに大変な意欲をもっているようだった。


 スタンプラリーというのは、いわゆる自然のなかに点在するスタンプが押せるだけの人工物をめぐって、汗水たらすアレである。高校生になると、盛り上がることよりもダルさのほうが確実に勝るやつだ。


 もしかしたら楽しいかもしれないと思い、俺も最初の1個を手に入れるまではそれなりにワクワクしていたが、途中から「これあと5つも集めるんだ……」という先行きの長さを考えてしまい、なるほど、これはやはり楽しくないとそうそうに結論をくだしてしまった。


「志波姫、足くじいたんだけど、さきにキャンプ場に戻ってていいか?」

「赤谷君は痛みにつよいんじゃなかったかしら」

「無理はするべきじゃないと最近は思うようになったんだ」

「わたしは男子には強くあってほしいと思っているわ。赤谷君には期待しているの。だから、四肢欠損以上じゃないと怪我とは認めないわ」

「期待が重たいんですが」


 何を言ってもキャンプ場には帰れそうになかったので、俺は露骨にやる気なく小学生たちの4歩ほど後ろを歩いて追いかける形におちついた。歩幅が違うのでわりかしだらだら歩いていても、離されないので、これでまったくよいだろう。


 ちなみに志波姫も俺と同じくらいのテンションだと思う。彼女はやる気があるわけじゃないが、先生の言うことには逆らわない優等生なので、とりあえず言い渡された今回の仕事も完遂するつもりなのだろう。そう思ってる。


 我が班の女子4名からなるグループをぼーっと眺める。

 

「ねえねえ、前の班まで追いつこうよ」

「で、でも……」

「なんでー? 行こうよ!」

「ハヤテ君、いるよ!」

「いいってば、わざわざそんな……変に思われちゃうよ……!」


 ごちゃごちゃくだらねえ会話をしているのを盗み聞いて、断片的な情報から察するに、この仲良し4人組のうち、一番顔立ちの整った黒髪の女の子には、ハヤテ君なる想い人いるらしい。


「小学生のくせにけしからん」


 愚かなことだ。しかし、子どもにはまだわからないのも無理はない。青春の滑稽さが。

 仕方ない、ここは足の遅い引率のお兄さんを演じて、この班がハヤテ君の班と合流し、楽しい時間を過ごすのを妨害してやるか。小学生に恋愛は10年早いんだよ。


「赤谷君、遅いのだけれど」

「小学生の恋愛なんて真実じゃない。足が速ければモテる世界だ。俺はそんなくだらない人生の浪費をあのクルミちゃんに経験させたくないんだよ」

「聞いてもいないのに、あなたの濁り淀んだイケメン小学生男子への嫉妬を自白しないでくれるかしら」


 しまった、俺の熱い思想が漏れ出てしまったか。


「赤谷君ってしょうもない人間ね。何度だって器のちいささを感じさせてくれる。持続可能性という意味では時代に適応してると言えそうね」

「何度でも味のするガムってことか。ありがとう、珍しく褒めてくれてうれしいぜ」


 志波姫はおでこに手をそえ、力なく首を横に振った。


「いいからはやく歩きましょう。日が暮れてしまうわよ」

「無理だ。志波姫、見ろ、あのおとなしそうで良い子そうなクルミちゃんを。ハヤテなんてすかした名前の男子なんか、モテるに決まっている。たくさんの女の子に悲しい思いをさせるんだろうさ。被害者をひとり増やしていいのかよ」

「別に興味ないわよ。あなたが歩くのが遅すぎて、スタンプラリーをまわりきれないかもしれないことのほうが問題だわ」


 志波姫はそういって、本に綺麗に挟んであった二つ折りの紙をひろげる。スタンプラリーの紙だ。


「おまえも楽しんでるのかよ。小学生か」

「なにか悪いの?」


 凄みを感じさせる睨みでむけられ、俺は閉口する。


「別に心から楽しんでいるわけじゃないわ。何事も楽しむようにしているだけよ。そもそも、人間には原始よりものを集めて備蓄をすることに喜びを感じる本能がある点を鑑みれば、スタンプを収集してコンプリートすることに本能的な喜びを見出すことはなにも恥ずかしいことじゃないわ。むしろスタンプラリーを小馬鹿にして、自分は小学生のこの子たちとはちがうとアピールしたがってるあなたのほうが、気取っていて鳥肌がたってくるけれど」

「そうか……」


 早口論理展開。必死乙。とちゃかしたいが、死人がでるのでやめておこうか。


 スタンプラリー全力民5名を抱えた我が班は、民主主義によってそれなりのペースで森のなかの決められたルートをめぐった。女子たちがハヤテ君なるイケメンと愉快な会話しているのを背後から眺めさせられることになったが、昼過ぎにはキャンプ場に戻ってこれたのでよしとしよう。


 キャンプ場に戻ってきた小学生どもの群れを眺め、件のハヤテ君が女子たちに囲まれているのを遠目に眺める。そのなかにはクルミちゃんの姿もちゃんとあった。


「好きな男子といちゃつきたいがためにスタンプラリーという偽りの動機をつかうなんて、今どきの小学生は不純だ。身の毛もよだつ。信じられん」

「あなただってあったでしょう、好きな子に近づこうとしたことくらい」


 見やれば、背後から志波姫が近づいてきていた。


「俺は自分に嘘をつかずに生きてきた。俺の定義上、これまで厳密に他人を好きになったことはない」

「その定義とやらは面倒くさそうだから聞かないであげるわね。はい、これあげるわ」


 志波姫は指でつまんでちっこいのを渡してきた。

 デフォルメされた梟の手芸品だ。指先ほどのサイズの布製梟だ。


「なんだよこれ」

「スタンプラリーの報酬らしいわよ。森の里キャンプ場限定品」

「だろうな、いかにも手作りだ。ほかじゃ手に入らない」

「物には記憶が宿るわ。大事にとっておきなさい」


 志波姫はそういい、梟をポケットにしまいこんだ。

 俺にはわかる。俺を見るたび不機嫌そうな顔をしてる彼女を見ているからわかる。いまはちょっと機嫌がいい。

 こいつもしかしてこの梟が欲しかったのか。


「……まあ、そうだな。くだらない労働の報酬としてとっておいてやるか」


 俺は梟をつまんで眺めながらつぶやいた。

 本当は必死乙、と煽りたかったが、今回は言葉を呑みこんでやることにした。

 腫れ物だった俺を班にもいれてくれたしな。この梟はもってかえって、ヴィルトフィギュア群の隙間にでもそえてやろう。

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