森の里キャンプ場
最後に会ったのは夏休みのはじまりだったと思うので、この氷の令嬢との再会は実にひと月ぶりということになるのだろうか。
髪は以前から長かったのであんまり変化があるようには見えないが、結び方はいつもと違う。普段はアシンメトリーに顔横にちょっとした三つ編みをつくっているのだが、本日はその三つ編みが3つに増量されており、頭の後ろにまわってもう反対側の耳に接続されてて──
「その髪型、いつもと違うくないか」
ついボソッと感想をもらしてしまった。言ってから自らの失態に気づくがもう遅い。志波姫は文庫本からのそりと視線をあげ、こちらへ視線をむけてきた。走行する車体からヴゥーっと唸り声がきこえるなか、彼女の視線は次の一言を待っていた。
話しかけた手前、もうひと声を続けないといけない使命感に駆られた。俺はただいつもと違うことを指摘したいだけだったのに、彼女の目線ひとつで、言葉を捻出しないといけない強制力をいだかされる。
「なんか、ほら、その、髪が、複雑で、ごちゃついてるよな」
志波姫は静かに俺の言葉を待っていたが、すぐに俺へ興味をなくしたように文庫本に視線をもどした。機嫌を損ねてしまったようにみえた。
助手席の雛鳥先輩が半身ひねってふりかえってきた。失望したような、非難するような、「うへえ」って感じのまなざしが俺をとらえる。
どうやら言葉を間違えたらしい。女子の髪型の変化に気づくのは良いことだって聞いていたのに! データキャラが計算外の出来事に直面して敗北したような気分だ。
「学校にいるときはさほど手間のかからない結び方をするけれど、家にはお手伝いさんがいるから、面倒な結びかたもできるのよ」
「そう、か」
機嫌を損ねているだろう志波姫に、これ以上会話継続を挑む気になれなかった。
「……別におかしくはないでしょう?」
志波姫はチラッとこちらへ目線を送ってくる。おちょくってやりたい欲もあるが、さらに機嫌を損ねれば死人が出る可能性がある。俺はふざけずそれなりに言葉を選んだ。
「あぁ……別におかしくはない、な。いいと思う」
「そう」
ちいさくボソッと彼女はそう言い、それっきり車内で俺と彼女の間に会話が生まれることはなかった。
──しばらくのち
もう1時間くらいは移動してるんじゃないだろうか。
スマホの充電を怠っていたせいで、バッテリーもそろそろ切れそうだ。
車でこんなに移動するとわかっていれば、本の一冊でも持ってきたのだが。
しげしげと志波姫のほうを眺める。
普段とは見慣れない私服姿の彼女は新鮮なものを感じる。体操着でも黒袴でもない。刀だってもっていない。たびたび思いなおすことだが、こうして静かに本でも読んでいる分には周囲に害をふりまくこともない美少女である。
そんな志波姫と車窓からうかがえる風景を眺めていると、だんだんと景色に含有される緑が増えていき、背の高い建物がなくなっていくことに気がついた。
やがて俺たちを乗せた怪しげなバンは目的地に到着した。
降りれば広々とした駐車場と森の壁が四方にひろがっていた。向こうの山肌にコテージが並んでいるのが見える。木製のそれらは斜面に並んでこちらにベランダを向けて静かな面持ちで俺たちを迎えてくれていた。
オズモンド先生は機嫌よさそうに「ここが森の里キャンプ場だ」と、コテージ方面を手で示していった。彼についていくと、コテージの管理人っぽい人に俺たちは紹介され、本日、我々に課された任務を言い渡された。
いわく、英雄高校が例年行っているボランティアのひとつに、小学生たちの夏キャンプのお手伝いがあるのだという。我々、高校生は大人ゆえ、子供たちが今日という日を満喫し、楽しく過ごせるように補佐しなければならないのである。
「俺たちがキャンプ楽しむわけじゃないのかよ。まじで奴隷だな」
「ペナルティとして来ているのだから当然だと思うけれど」
「お前までオズモンド先生に招集されていたとは。昨日の今日でよく了解したな」
「昨日の今日? 流石は赤谷君ね。不憫さなあなたはいつも以上に輝いてるわ」
「え? どういうことだ?」
「わたしには2週間前から連絡きてたのよ」
「……もしかして俺だけまじで急ごしらえの人員なのか?」
オズモンド先生へ抗議の眼差しをおくる。俺の扱いが雑すぎます。都合のいい女と勘違いしていらっしゃるのですか。赤谷はとても心配になってきましたよ。とほほ。
「そう睨むんじゃない。仕方がないだろう、志波姫家の令嬢を雑にひっぱりだすわけにはいかないからな」
「隠すつもりもないお家格差、生徒への待遇格差、ありがとうございます。卒業したら俺は英雄高校の闇を暴きます。首を洗って待っていてください!」
これはチェインみたいな崩壊論者も生まれますわな!!
「今日はこちらのお兄さんお姉さんたちがお手伝いしてくれます! みんなで挨拶をしましょう!」
「「「「よろしくおねがいしまーす!!」」」」
小学生のガキどもの前に並べて立たされ、俺たちは拍手で義務歓迎された。
ちなみに俺の嫌いなものの上位に子供がいる。
赤ちゃんとか幼稚園生はもちろんのこと、小学生くらいのガキも普通に嫌いだ。
理由はシンプル、話が通じないからである。
論理的でクールな人格を有する俺は相まみえないのだ。
「それでは、班決めはこちらで行いましたので、それぞれで担当する子たちを決めてくださいますか?」
小学生たちはそれなりの人数がおり、4~6人程度でひとつの班を形成し、それがいくつかあった。俺、志波姫、薬膳先輩、雛鳥先輩、鳳凰院、福島でそれぞれ担当すれば、まあちょうどよさそうだ。
俺たちが厳正な会議をしようとした時、ひとりのキラキラした女の子が鳳凰院のもとに駆け寄って「よろしくお願いしますっ!」とその手をとった。期せずして始まった小学生ドラフト会議によって、俺たちは選ぶ側ではなく、選ばれる側となり、面のいいやつらのもとにガキどもは集まっていき、最後には俺だけがちょっとあまりものみたいな雰囲気を醸し出して残ってしまった。
地獄。これだからガキは嫌いなんだ。
理性的で知的な俺の魅力に気が付けないんだからな……っ。
あーあ、こんな思いするなら来るんじゃなかった。
てかよく見たら小学生の班5つしかねえし。俺必要ねえじゃん。
「オズモンド先生、帰らせてください。このままだと死んでしまいます」
「うむ、君は志波姫の班を補佐したまへ」
結局、あまりものの俺は志波姫のもとに身を寄せることになった。
「あなたが憐れな境遇にあってることでしか得られない栄養素があるようね」
「笑え、好きなだけ笑えよ……」
「子どもは正直すぎて残酷ね。私は冷笑で我慢してあげるわ。元気をだしなさい、赤谷君」
できれば冷笑も我慢してほしかったが。
ろくでもない1日になりそうだ
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