ボランティア部隊、集結

 オズモンド招集という名の赤紙を受け取ってしまった以上、彼のペナルティ負債地獄に苦しむ俺が逆らうことは許されない。


「醤油でも一気飲みしようかな……」


 馬鹿なことを考えたが、思えば祝福者が醤油をがぶ飲みしたところで体調を崩せるかわからなかったのでやめておくことにした。ただつらい思いするだけに終わる可能性が高い以上、やり損するのがこわい。

 

 観念して赤紙の召喚に応じることにした。


 言われたとおり準備を整えて男子寮をでる。

 動きやすい服装という指示だったので、体操着の半袖半ズボンだが、これでよかったのだろうか。

 

 校門前にやってくると、オズモンド先生のほかに生徒の影があった。

 彼らは俺の知っている人物で、あんまり関わりたくない人物でもあった。


「クハハ、お前もまたオズモンド教諭に呼び出されたというわけか、サード」


 鳳凰院ツバサはきざったらしく髪をかきあげ、手の腹を空にむけて俺を示してきた。一挙手一投足に傲慢さと恥ずかしさを含んでいる世にも珍しい生き物だ。漆黒の私服をまとっている姿ははじめて見るが「まあこいつこういう服着そうだよね」という想像の範疇をでることはなかったので、コーデに驚きはなかった。


「同志赤谷、待っていたぞ。お前ほどの問題児ならオズモンドの駒になっていると確信していたからな」


 そういって薬膳先輩は友人へむける抱擁をしてこようとしたので、俺は素早く回避し、抗議の目線をおくった。本当にやめてください、と。ちなみになんでこの人は夏の暑い日にも白衣を着ているのでしょうか。

 

 鳳凰院に薬膳先輩。

 普段から様子のおかしい人間ばかり集まってやがる。

 

 黒いボックス車が向こうから走ってくる。

 敷地内を徐行して、俺たちのすぐ近くで止まった。

 運転席のオズモンド先生は窓を開け、楽しそうに俺たち3人へ視線を向ける。

 

「集まっているようだね。乗りたまへ」

「オズモンド先生、夏休みボランティアがうんぬんって言ってませんでしたか」

「言ったよ。だから、このバンで君たちを連行するんだ」

「連行って言っちゃってますけど」

「君たちはみんな前科者だからね。社会貢献をしてペナルティを打ち消してもらわないといけない」


 俺は、俺以外の様子のおかしい奴らを見やる。うーん、たしかに前科者の顔つきをしてますねえ。


「赤谷よ、まるで自分を一緒にしてほしくないみたいな顔はやめるのだ。親友じゃないか」

「オレ様が認める数少ない友なんだぞ? すこしは誇ってもいいんじゃないのか?」


 なんでこう変なのばかり絡んでくるんだ。


「あ、もう集まってるじゃん!」


 女子の声が聞こえ、俺たち3人は同時に視線をむける。

 女子寮のほうからきたのだろう、背の低いやつと、背の高い女子がやってくる。


 低いほうは短い黒髪にワンポイントで染められた赤い毛束をメッシュでいれており、十字架のピアスと眼帯がなければ、おしゃれ女子認定に済んでいただろう風体だ。この近づきがたいちびは、夏休みですっかり見慣れたバイト仲間であり師である福島凛だ。


「お、赤谷後輩! 今日も濁った瞳をしているねえ」


 そういって手をあげるのは桃色の髪をサイドテールでまとめた美人。ちみっこい痛いガキと違ってこちらは人類のほとんどに好かれそうな見た目をしている。


「雛鳥先輩もオズモンド招集で呼ばれたんですか」

「いーや私は優等生だからね、どこかの薬膳とちがって罪を背負ってはいないのだよ、赤谷後輩」


 雛鳥先輩は薬膳先輩のほうを一瞥してつづける。


「しかし、赤谷後輩はどうやら前科者になってしまったみたいだね。まだ1年生も半分だというのに……とほほ、私は悲しいなあ」

「ち、違うんですよ、雛鳥先輩。ほとんどオズモンド先生のこじつけだし、俺は事件現場にいただけで冤罪を着せられているというか(小声)」

「ほう、赤谷、自由な発言をしているなあ」


 気がついたらオズモンド先生が背後にたっていた。バンに乗っていると思ったので声をひそめて反論していたのだが、ばっちり聞かれてしまったらしい。


「件のセクハラについては晒し者にするのはかわいそうだから、あとで聞こうか」

「え!? 赤谷後輩、セクハラの前科を背負ってるの!? 薬膳といっしょにいるから悪い影響受けちゃったんだね……」

「違うんですって、これには複雑な理由が……! ちょっと、オズモンド先生、いじわるすぎですって!」

「まあまあ。とりあえず、みんな車に乗りたまへ。ほかにも迎えにいかないといけない生徒がいるんだ。遅れるのはよくない」


 あんまり納得のいかないまま、俺たちはバンに乗り込んだ。

 オズモンド先生の隣に雛鳥先輩が座り、後部座席に俺、薬膳先輩、さらに後ろに福島と鳳凰院が乗りこんだ。


「被告、赤谷後輩! 福島後輩にセクハラしたことを認めるかな?」


 車での移動中、俺は車内裁判にかけられていた。

 雛鳥先輩はうきうきで助手席から裁判官をつとめる。


「おのれ、雛鳥ウチカ、俺だけにとどまらず我が同胞にまで毒牙をおよぼすつもりか! 同志赤谷の気持ちは俺が代弁しよう、お前は喋らなくていい」

「いいです。自分で説明します。薬膳先輩は黙っててください」


 本当に黙っててほしい。ろくなことにならない気がするから。


「福島、お前、アイアンボールにセクハラされたのか……?」


 鳳凰院はめずらしく動揺した様子で福島に確認していた。


「あー触手でからめとられてエロ漫画みたいなことされた! でも、聞いて! それは弟子の内に秘める強大な怪物と葛藤したすえの結果なんだ。怪物の暴走にあらがって、最後にはとめてくれたし、私はこのことを許すことにしたんだよ。かなり怖かったけど」


 車内裁判にそれなりの議論を重ね、俺はすっかり触手セクハラキモナマズ扱いされかけていたが、被害者本人からの言によりどうにか極刑はまぬがれることになった。

 個人的にオズモンド先生や鳳凰院とかに触手の存在がばれたのはきつかった。この触手は異形ゆえの恐怖を纏っている。あんまり公の技としては運用したくないので基本は使わないようにしてるからだ。バレたら意味ないんだ。


「よかった、赤谷がそっち系の犯罪を重ねていたら、流石に担任の私も擁護できないところだったよ」

「そっち系じゃなくてもあんま擁護してくれてないですけどね」

「教師の心、生徒知らず、かな」

「どういう意味です?」

「はて、どうだろう。ん、ついたな」


 車で走ることしばらく、英雄高校から出発したバンは吉祥寺駅にやってきていた。

 ゆったりしたハンドリングで一時停車すると、小学生みたいなガキがバンに近づいてくる。俺とそいつの目線があった。俺はビクッとして背筋が固まる感覚に襲われた。

 ちまーんっとしたフォルムで、肩にかかった綺麗な黒髪を手でパサッと払い、バンの扉のまえで開かれるのを待っている。「開けろ」って意味らしい。俺は視線の圧に耐えかねて、がららっと扉を開けた。


「開けるのが遅いんじゃないかしら、赤谷君」

「これぐらい自分で開けろよ……」

「敗北者のくせいに生意気だと思うのだけれど」


 志波姫神華の夏の気温のなかでさえ、冷たさを感じるその声になつかしさを覚えながら、バンは彼女を乗せて、ゆっくりと出発した。

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