オズモンド招集

 いや、やはり正直にいおう。

 たぶん、俺は『オーバードライブ』×『たくさんの触手』を制御したわけじゃない。

 『オーバードライブ』の効果がきれただけだ。効果時間はけっこう短いんだ。たぶん30秒もなかったと思う。


「はぁ、はぁ、これほどに強力だとは……なんて力だ、オーバードライブ……」


 俺は荒く息をつき、血塗れになった左肩から左手首までを押さえる。流石に痛いな。

 福島のほうを見やる。全身粘液にまみれ、衣服がぺたっと身体に張り付いて透け、華奢な身体の輪郭をじかに視認できるようになっていた。うるうるとした涙を瞳に溜めている。きっと恐怖に涙しているのだろう。これは嫌われたな。嫌われないわけがない。

 

「本当にごめん、福島……俺、まだ未熟だ、この力を制御できないみたいだ……」


 それしか言えなかった。

 志波姫ならまだしも、福島のようないいやつに最低なことをしてしまった。

 俺は本当にだめなやつだ。スキルが暴走する恐ろしさを知っていたのに同じ失敗を繰り返すなんて。


「いいぁあ、かっこいい……!」

「福島?」

「内なる怪物を飼っているってことでしょ? 自分のいうことをきかない力!」


 福島は目がワクワクした輝きをもっていた。涙があふれてウルウルしているように見えた瞳は、羨望の輝きをもっていた。


「弟子はその力が暴れだすのが恐くて仕方ないのね、くっくっく、大丈夫、師として見捨てはしないよ。だから、話してごらん!」


 どうやら暴走する力というのが彼女の琴線に触れたらしい。

 今度こそ変態セクハラナマズとして退学処分されるかと思ったが、首の皮一枚つながったか?

 

 ──2週間後

 

 8月11日。

 長い夏休みも残すところ3週間となった。

 俺は相変わらず、悠々自適ってほど楽ではない日々を送っている。

 毎日アルバイトして、フィギュア研究部に通って我が師縛堂先輩のもとでフィギュアについて学びつつ、ポイントミッションをこなし、MPを使い切るくらいにはトレーニングを頑張っている。


 余った時間は、死んだような顔でタブレットやスマホの画面を眺めてることがおおい。動画や配信を眺めたり、アニメや映画を見たり。あとはソシャゲか。微課金で頑張っている。


 一日の最後には温泉棟で汗を流し、リフレッシュして男子寮への帰り道で涼み、ベッドでスマホを片手に寝落ちする。


 いい夏休みだと思う。

 本当に最高の夏休みだ。

 

 この平和で幸福な時間がいつまでも続けばいい。

 そう思っていたのだ。

 

 ある夜、スマホにチャットが届いた。

 滅多に俺にメッセージを送ってくる人間はいない。

 俺の連絡先は片手で足りる程度しかいないのでな。

 若く未熟な同級生諸君らは連絡先のおおさに一定の価値を見出しているようだが、俺はちがう。連絡先など少なければ少ないほどいいというのは論理的に考えればわかることだ。

 無暗やたらと繋がると、だれがいつ裏切って反社に情報を売り渡すともかぎらない。気が付けばマルチ商法の勧誘のチャットが届いて「ああ、お前変わっちまったな」と古い友人に失望することもあるだろう。気分の乗らない日に遊びの誘いがくるかもしれない。それを断ればノリの悪いやつというレッテルを張られ、以降、グループではぶかれるかもしれない。


 こうした様々なリスクを回避するもっとも簡単で、もっとも効果的な方法がある。

 それが連絡先を無暗に増やさないということなのだ。


 だから、俺は合理的な人間なのだ。

 仮にだれかにチャット履歴を掃除してるわけでもないのにまっさらだと指摘されても、完全なる論理の牙で迎撃することができる。いつだって準備はできてる。


 そんな俺のチャットに連絡がきた。

 俺は素早くスマホを手に取り、読書の手をとめて、食い入るように画面を見つめた。

 

 画面に映し出されたのは「フラクター・オズモンド」の文字。そういえば義父の一件で連絡先を交換していたっけ。そのあとに続くのは「招集命令」という言葉だ。俺はスマホをベッドに放り投げた。


 言っただろう。

 連絡先を増やすとろくなことがないと。


 翌朝。

 素晴らしい朝だ。

 今日も俺の悠々自適な1日がはじまる。

 俺は優雅に砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを一口すする。


「赤谷、この扉を開けるんだ」


 ガンガンガンっ! と強力なノックが俺の部屋の扉を襲う。

 

「開けます、開けますから! そんな強くたたかないでください!」


 鍵を開けると、すごい勢いで扉が引っ張られる。

 声からわかっていたがオズモンド先生が爽やかな笑顔で迎えてくれた。

 

「寝坊だなんてまったくだらしのないやつだね、君という人間は」

「な、何の話ですか?」

「はっはっは、昨日、連絡しただろう? 今日は君を連行する日だって」

「連行……?」


 オズモンド先生に連行される? お金ならはらってるし豚箱に放り込まれるいわれはないぞ!


「はっ……もしかして福島にほとんどセクハラした件ですか? うあわあああ! うそだ、あれはもう2週間経ってるはず! 時効ですよ、時効!」

「ほとんどセクハラした件? どうやらまた余罪が出てきたようだねえ」

「え? ちがうんですか? ああああ! いまのは違うんですって、言い間違えです!」

「君は圧をかければいくらでも罪を自白しそうな面白さがあるね、赤谷。さてその福島も招集の場にいるわけだし、さっさといこうじゃないか」

「な、なな、何の話してるんですか?」

「昨日のメッセージを送っただろう? 毎年わが校が請け負っている夏休みボランティアの不足人員を、私が調達することになった。ゆえに私が自由に動かせる人材である君たちをあてることになったとね」

「自由に動かせる人材だと思われてるんですね、俺……」

「そういうことだ。さあ、準備をするんだ、赤谷。1時間後に校門前に集合だ。そこでセクハラの件についても追及させてもらおう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る