赤谷誠は職人として開業したい
崇高先輩は「失礼する」とこぼし、緊張した面持ちで部屋にはいってきた。
部屋にはいって左手側にある棚のフィギュア群が彼の目にはいった途端、彼は「なんと」と声をもらし、崇高先輩はそれに手を伸ばしていた。
だが、すぐ思いとどまり手をひっこめた。強い意志で自分をとめたように思えた。
衝動的に、本能的にそれに触れたくなるが、理性の力で抑えたのだろう。
「くっ、聖女様に無粋にも触れようとするなんて、私はなんと弱い人間なのだ」
「金属製ですけど、落としたりしたら破損する可能性があるので、慎重にあつかってくださいね」
「あぁ、もちろんだとも。聖女像を傷つけることは重罪だ。最大の注意を払わせていただこう」
崇高先輩は理性の眼差しでヴィルトフィギュアたちを眺める。
多くは色塗りがしっかりと為されている。色塗りされていないものもメタルフィギュアとしての品質を高く仕上げてある。表面の微妙な凹凸や仕上げのちがいで光の屈折をコントロールし、陰影や、衣服の生地感、素肌の柔らかさなどを表現する技法だ。
「素晴らしい、素晴らしすぎる……! 聖女像はひとつではなかったのか! これほどたくさんの銀の聖女様のお姿を見ることができるなんて! しかし、赤谷誠、やはりお前かなりの変態というか、やばいやつなんじゃないのか……?」
「な、なにを言うんですか。その疑いの眼差しはなんですか? 俺は金属の形状を変化させるスキルの練習としてメタルフィギュアをつくっていただけですよ」
「それがフィギュアである必要性はどこにある?」
「フィギュアは御覧の通り、繊細な加工を必要とされます。その良さを表現しきるためには大味な金属加工ではいけない。必然と高い技術力を要求されるんです」
「言い訳は考えてあると。なるほど。たしかにこれだけの表現をするには高い熟練度が必要か。しかし、色塗りまでする必要はあるのか……?」
「色塗りは、必要です。その、職人として、作品を中途半端な状態で放置することはできませんから」
「色塗りのほうが完全に趣味じゃないのか……」
「趣味じゃないです。ええと、仕事なので」
なんとか言い訳を重ね、俺が積極的に色塗りをしているというわけではないことをアピールしておく。ヴィルトフィギュアが完成するたび、ウキウキの気持ちでフィギュア研究部にいりびたり、そこでフィギュアの胸元や腰のくびれに筆先を走らせているわけでは断じてない。スカートのなかを塗るときに大きな背徳感を抱くことに特殊な愉悦を見出しているわけでは断じてない。ヴィルトの下着の色を俺が勝手に決められることにちょっとした支配欲の充足を得てるわけでもない。本当にちがうんだ。
「仕事?」
「ええ、もちろんです。これは俺の鍛錬でもあり、仕事でもあるんです」
「なんて業の深いことを……聖女像の密造どころか販売までするのか」
「俺は聖女像限定職人じゃないです。一般フィギュア職人なので。ええ」
誤魔化すために設定を塗り重ねていくのは、着地点が見えないまま空に飛びあがるようなもので、非常に不安な気持ちであった。
「だが、ここには銀の聖女様をモチーフにしたフィギュアしかないようだが」
「……言われてみればそうですね」
いや、わかっている。わかっているんだ。
でもさ、ヴィルトならまだいいんだよ。だって『金属製のヴィルトフィギュア』というポイントミッションがあるんだから、まあ、作っても俺的にライン越えではないというのかな。
ここでほかの生徒をモチーフにしてフィギュア作り始めたら、それこそライン越えだと思うんだ。終わりだよ。まじで変態みたいじゃないか。
「昨日も言いましたけど、ヴィルトフィギュアは本人の許可とっているので。俺は誠実なフィギュア職人なんです。本人の許可なしでフィギュア制作をすることはないです」
「それが職人のプライドというわけか」
「わかってもらえたようで」
「赤谷誠、販売も請け負っていると言ったが、この聖女像、どうか私に売ってはくれないか」
あーそっか、そうなるよなぁ……。
色塗りという行為を正当化するために仕事をもちだしたが、実際のところ俺がだれかにフィギュアを売ったことはない。
でも、よく考えてみれば、これ本当に仕事にできるんじゃないのか。
製品を生産する手段があって、製品を欲しがるものがいる。
需要と供給が成り立ってる。
あれ、いけるぞ。
ヴィルトフィギュアもとい聖女像を欲しがるものはたぶんけっこういると思う。
俺は腕を組んで思案し、部屋のなかを歩いて窓辺に腰をおろす。
崇高先輩は神妙な面持ちでこちらを見つめてくる。
「こほん。仕事といっても、実はまだ開業準備中でしてね。まだだれにもフィギュアを売ったことはないんです。もちろん、その聖女像も、ヴィルト本人が持っているの意外すべてがこの部屋にあります」
「なんという稀少性だ。どうしてもほしい! いくらで売ってくれる?」
「リスキーな商売です。さきも言ったようにあなたの口が堅いことを信頼しないと売ることはできません」
「私の口はオリハルコン鉱よりも硬く、固結びしたタコ糸のようにほどけないとも言われている」
だれにだよ。
「いいでしょう。それでいくら出せるんですか」
「私が決めていいのか」
崇高先輩は深く考えこむ。
世の中のフィギュアと照らしあわせれば、まあ、2万円~4万円くらいの値段がだとうなのかな、と内心で思いつつも、もしかしたら値段を吊り上げることができるかもしれないという希望も残しておく。もし彼が2万以下を提示したら「職人を舐めるんじゃねえ!」とぶちぎれてやろうと思ってます。
「銀の聖女アイザイア・ヴィルト様の尊体を模した像……10万でどうだろうか」
「え……?」
「いや、待てよ、これは!」
崇高先輩はヴィルトフィギュアを慎重に持ち、そのスカートのなかを見開いた瞳で凝視していた。
「聖女様のスカートのなかを再現してる、だと!? これは聖遺物だ。すごすぎる……! 15万、いや20万で買わせていただけないか、赤谷職人」
「あー………………いいですよ、別に」
大きなビジネスの香りがします。
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