聖女十字軍、始動

 ──崇高久雄むねたかひさおの視点


 銀の聖女を守る会は英雄高校のどこかに秘密本部を構えているという。

 その場所を知っているのは会のメンバーのなかでも、幹部および信頼されたメンバーだけであり、末端の者たちにとっては、本部に招かれることが重要なステータスになっている。


 崇高久雄は銀の聖女を守る会の幹部メンバーだ。

 会の教義を重んじており、誰よりも役目に忠実である。


 だからこそ、彼は重大な決断を強いられていた。

 夏休みにはいり、ほとんどのメンバーが帰省していなくなった学園において秩序を守るのは唯一残された幹部メンバーである崇高の仕事であった。

 

「諸君、今回は聖女十字軍の招集に応えてくれてありがとう」

「崇高さんの招集なら集まらないわけがありません」

「当然っすよ!」

「協力に感謝する。してさっそく本題だ。経済状況を理由にどうにか夏休み期間中の在留申請を押し通し、私はあの憎き赤谷誠の犯罪について追跡調査をした。その報告をしようと思う」

「おお、さすがは崇高さん! なんのことかわかりませんが、会で一番敵にまわしたくない執念っすね!」


 川峯かわみねは拳をふりあげ、アホ面で幹部を賞賛する。


「ついにあの不埒にして死んだナマズの目をした淡水魚系男子の尻尾を掴んだのですか」

「うむ、いかにも」


 遮光カーテンでまっくらにされた部屋のなか、長机を四角形に並べてつくられた円卓を囲んで、3名の男子生徒が座っている。


「夏休み前、私は女子寮にお帰りになられる聖女さまの安全を確保するため、そのあとをつけていた」

「さすがは崇高さん、教義のためなら黒よりのグレー行動を平気でやる!」

「その時、聖女さまが感情を宿していないあの尊顔で、手にした人形を見つめているのを目撃した。その人形は聖女さまにうりふたつのもので、非常に精巧なつくりをしていた。その後、潜入調査員の報告でそれが紛れもない金属製の聖女像であることが判明した」

「なんだってぇ! 銀の聖女を守る会でさえ、そのような尊い像をもっていないっすよ!」


 崇高はいかめしい表情で手を顔のまえで組む。

 円卓の真ん中、揺れるろうそくの炎が幹部の表情を照らしだす。


「このことが世間に露見すれば、会内部に混乱を招くころになる。銀の聖女を守る会のすべての者が、たとえ利き腕をささげてでもあの聖女像を手に入れたいと願う。だれかが抜け駆けをするかもしれない。だが、それは間違いなく聖女様の迷惑だ。ゆえに私はこの秘密を今日にいたるまで腹心以外には話してこなかった」

「我々はあくまでかの聖女様がこの地上に誕生してくれたことを祝い、その後尊体を害そうとしたものを破壊するだけで満足。ゆえ、それ以上をのぞみ迷惑をかけるなど、とてもとても教義にのっとっているとはいえないというわけですね」

「よくわかっているではないか、高山たかやま

「恐縮です、崇高さん」


 高山はぴしっと頭をさげる。


「諸君らはなぜ私がこのタイミングで秘密を打ち明けたのか疑問に思っているだろう。もう7月もおわり、夏休みも折り返しに差し掛かろうというタイミングでな。私は銀の聖女さまに人形をおくった職人を突き止めたのだ」


 高山をはじめ、その場にいたメンバーらは「ま、まさか……」と会議冒頭にでた一名の男の顔を思いうかべた。


「銀の聖女を守る会において、ある意味では最大最悪の敵ともいえる存在……赤谷誠だ」

 

 会議室に稲妻が走る。


「クラスが同じであるだけに飽き足らず、隣の席というポジションを独占し、毎朝のように聖女様におはようを言ってもらえて、さらにはそのほか多数の場所で聖女様から話しかけられるという恵みを与えられてるうらやまけしからん重罪人だ」

「くっ、俺も聖女さまと同じ年に生まれたかったっす!」

「我々からすれば同学年というだけでうらやましいのに、そのうえ同級生、隣席……極刑に値しますね」

「あぁ。だが、会長さまは慈悲深い。赤谷誠はあくまで聖女様の友人。赤谷誠は聖女様が健やかな学園生活をおくるうえでたまたま発生しただけの人間関係にすぎない。席が隣になったのも、やつの企みではない。なにより、聖女様の友人を抹殺し、聖女様を悲しませるようなことがあってはならない。ゆえ、私たちはこれまであくまでやつを不倶戴天の敵としつつも、手をだすことはできなかった。だが!」


 崇高は勢いよくたちあがり、机を手でたたいた。


「やつの所業を私は調べあげた。夏休みのあいだ、暑いなか植え込みの影で張りこみをつづけ、やつがフィギュア研究部に出入りしているところを目撃した。そこの部長はシラをきったが、数々の証拠と私の推理によれば、あの赤谷誠が聖女像を作成したのは疑いようのない事実だ」

「あの淡水魚系男子め、聖女像を密造するなんて許せないっす!」

「もしかりに聖女像をつくるとすれば、まずは銀の聖女を守る会に義理を通すのが当然ですね。そのうえでお菓子をもって挨拶しにまわり、聖女像を会に献上、会から聖女様にプレゼントするのがもっとも誠実」

「その通りだ、高山。やつは会を軽んじ、あまつさえ隣席の友人という立場を利用して、直接聖女像をプレゼントするなどという好感度アップに走ったのだ」

「好感度アップ! もうこれは下心があるというようなものっすね! ところで同級生のフィギュアをつくってプレゼントするってけっこうキモくないっすか?」


 会議室が静まりかえる。


「たしかにキモいですね」

「あれ、待てよ、だいぶキモイな? 論点とか道理とか語るまえにシンプルキモ行為じゃないか?」


 崇高は思案し、机をバンっとたたいた。


「これより赤谷誠ををシンプルキモ行為罪と抜け駆け好感度稼ぎ罪、不義理ナマズ罪および聖女像密造罪の確信で捕らえる。川峯、高山、私につづけ」

「いえっさー!」

「崇高さんとならどこへでも」

 

 男たちはたちあがる。


「しかし、崇高さん、会のメンバーは現在ほとんどがいないのでは? 相手は会の不俱戴天の仇・赤谷誠、応援要請はしなくていいのですか」

「今回、赤谷誠はあまりに罪を重ねすぎた。会のなかには過激派もいる。過激派に知られればおそらく赤谷は殺されてしまうだろう。命まで奪う必要はない。やつには司法取引の猶予をやりたい。なにより聖女像の存在は隠匿したいしな。我々は静かに、やつの常軌を逸した大罪を裁かなければならないのだ」


 不埒な罪人に鉄槌をくだす聖女十字軍が赤谷に迫る。

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