自分の正義には誠実な男

 俺は自分のワックスかけを終わらせ、モップに体重を預け、せっせと働く福島と眺める。

 スキルをもらうためにはまず『スキルトーカー』で記録する必要がある。

 『スキルトーカー』に記録したあと、『』に記録を移動させ、晴れて俺のスキルになる。

 

 ちなみにスキル『スキルトーカー』の発動条件はたぶん3つくらいある。


 1つ目、その対象が近くにいること。

 2つ目、対象のスキルを思い描けること。

 3つ目、相性がいいこと?(たぶん)


 十分な回数検証したわけじゃないが、1と2は固いと思う。

 3つ目の条件に関しては、1と2の条件を満たしても、スキルを記録できない時があるみたいなので、原因の説明としてつけくわえている。


 例えば、俺がずっと前からどうにかこうにか盗ろうとしている志波姫神華がもってるはずのスキル『剣聖』については、今日にいたるまで獲得に成功していない。

 志波姫家というのは、代々『剣聖』というスキルを継承しているらしく、あの志波姫なら必ずもっているだろうスキルである。

 俺は思うのだ。志波姫のデタラメな強さの秘密は、このスキルにあるんじゃないかな、と。

 

 そんなわけで頑張ったけど『スキルトーカー』に記録されることはなかった。悔しい。

 

「赤谷は、いや、『第三の男ザ・サード』はどうして戻ってきたのだ?」


 福島が口を開く。


「俺も似たような理由だよ。金が必要なんだ。あと普通に赤谷で呼んでくれていいが」

「いいや、『第三の男』にちなんで、サードと呼ばせてもらうよ!」

「恥ずかしいからやめてほしいんだが。てかなんなんだよ、『第三の男ザ・サード』って」


 Dレベル検定の時から、こいつには『第三の男』と呼ばれているな。


「お前は『闇夜の騎士団ダークナイツ』のメンバー候補だからな!」

「その恥ずかしい名前のチームに勝手に加入させないでほしんだが」

「は、恥ずかしくないもん! カッコいいだろうでしょう!? 前言の撤回を要求する!」


 福島は顔を真っ赤にして、全力の抗議をしてくるので、俺は「前言撤回するよ……」と勢いに呑まれて言葉をとりさげた。


「なんで俺のことチームに入れたがるんだよ」

「サードは私たちのDレベル検定を助けてくれたからな! これは感謝の印ってやつだ。最初はネバネバ使いだし、なんかナマズみたいだし、近づきたくなかったけど、お前は見た目ほど悪くないやつだってわかったからさ」

「悪口がとまらんな。俺のことを本当に仲間だと思ってくれているんだよな?」


 ナチュラルに心を傷つけてくる女の子は恐いんだよ。

 まあ、元からちょっと頭おかしい感じの子だし、コミュニケーションに難があっても不思議ではないか。


 はてさて、どうしたものか。

 俺はこの話をするのが苦手だ。

 『スキルトーカー』でスキルを記録し、それをわが物とする時、俺はその能力をもってる人物に許可をとるようにしている。この許可をとる作業がけっこう苦手なのである。


 もちろん、こんなものは『スキルトーカー』の発動条件には含まれてはいない。

 黙ってスキルを奪うことはできる。実際、俺は林道琴音から『聖属性付与』をコピーさせてもらっている。


 でも、あのあと気持ち悪さを感じたのだ。

 俺のやっている行為に。なので林道に事後報告をした。


「スキルをコピーする能力!? なにそれ強すぎなんだけど!?」


 林道には死ぬほど大声でびっくりされたが、『聖属性付与』のコピーについては許してくれた。

 そのあとは『闇属性付与』もくれたりと、意外と協力してくれた。

 俺がこの行為に気持ち悪さを感じたのは、道理が通っていないと感じたからだ。

 たぶん、他人のスキルを無断でコピーして自分のものにすることに負い目を抱いたのだ。


「まあ、赤谷が私と同じスキルを使いたいっていうのなら、手を貸してあげるよ! で、でも、ほかの女の子にもこういうことしたらだめだよ?」


 林道もそんな風に言っていたので、やはりこのスキルコピーというのは倫理的、道徳的、道義的に、良くないことなんだと思う。

 俺は慎重に言葉を選んで、福島にきりだした。スキルちょうだい、と。


「そういえば、福島、お前ってけっこうすごいスキル持ってたよな」

「藪から棒になんだ。まあ、私が闇の使役者として注目されてはいるのは事実だけどね! くっくっく」

「だよな。その、これはいやしい話というか、ひょっとすると俺のことキモがるかと思うんだけどさ」

「え、いやらしくてキモイ話? ちょ、ちょっと待った!」


 福島は顔を赤くして、モップを槍のように突き出してきた。飛び散るワックスを完全に避けきるには、けっこう派手に回避しなければならなかった。

 

「あぶねええ!? 他人の顔を鏡面仕上げしようとするんじゃない!」

「だっていま、絶対えっちな話をしようとしてたから! 私、そういうのだめなんだ!」

「この流れでエロ話に発展させるかよ。そういうのはもっと関係値のあるやつがするもんだろ。俺たちは友達ですらないんだぞ」

「え? 友達じゃないの?」

「友達、ではないだろ。福島の友達の定義がどうかは知らないが、俺の定義では俺たちは知り合いという関係のはずだ」

「友達だと思ってた……」


 福島はがっかりした顔をする。そんな顔するなよ……。

 脳内で返事をシミュレートする。「んっん、お前が友達だと思うなら、友達なのかもしれないな」とか言おうかしら。いや、これすげえ偉そうじゃん。何様だよ。きめえ。俺は何通りかシミュレートした結果、沈黙を選んでしまった。なにいってもあんまりうまく表現できる気がしなかった。


「友達、だと思ってた」


 これ俺が返事するまで先に進まない会話イベントですね。

 渇望の色を宿す瞳を見つめかえす。

 俺にはわかる。彼女の目は友達に飢えている者の目だ。


「そうだな、友達、かもしれないな」

「っ! そうだよね、私たち友達だよね!」


 福島はうれしそうに頷いた。

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