形状に囚われない思想

 その日より、俺は『形状に囚われない思想』の効果検証にはいった。

 第一訓練棟訓練場にやってきて、いつもつかってる鋼材を並べる。


「発動せよ、『形状に囚われない思想』」


 鋼材をちょんっとタッチすると、効果が適用された。

 手のひらでぺちんっと叩くと、柔らかい粘土のようにたやすく形状を変化させた。

 その状態で脳内でスイッチをきりかえる。硬くなれ、と。


 手でつぶし広げられた鋼材は、形状を固定させ、汚いエビせんべいみたいになっていた。


 性質としては『やわらかくなる』と『かたくなる』と似ている。

 スキル融合をおこなって出来上がったこれは、正当に2つの効果を引き継いでると思われた。


 ただ検証を進めていくうちに、どうやら変化してる部分もあるとわかってきた。

 

 まずひとつ目がスキルパワーだ。

 以前は【コスト】MP10だったこともあり、スキルパワーは強くなかった。

 せいぜい足がついている周囲の地面をやわらかくしたり、かたくしたりしたりするのが精いっぱいだったので、近距離専用の移動能力低下スキルコンボ『領域軟化術グラウンドソフトニング』として活用することが主だった。

 あとは空気に多少の硬度をもたせて、疑似的な弾として利用したりもよく使っていただろうか。


 『形状に囚われない思想』の【コスト】はMP500だ。


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『形状に囚われない思想』

アクティブスキル

柔らかくしたり硬くしたりする

【コスト】MP500

形が変われば本質も変化するのだろうか

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 スキルパワーが段違いである。

 自分の足元から周囲20mほどを一気に軟化できるようになった。

 俺の経験上おそらく神秘ステータスの補正を受けていた『やわらかくなる』は、最初は足元から射程3m程度しかなかったが、神秘を盛るごとに、4m、5mとどんどん射程と効果を伸ばしていた。最終的には6mくらい射程はあったと思う。

 20mの射程の凄さを理解してもらえただろうか。もちろん、効力も強い。やわらかくなりすぎて、以前は餅とか泥どかの触感みたいだったけど、いまはもっと粘り気がないというか、水っぽくなった。もちろん実際に水ほどではないが、軟化した地面を踏んだときは、けっこうストンッと落ちてしまう感覚がある。


 この射程とやらわかさなら近接戦だけでなくとも、使う場面があるかもしれない。

 これまでの考え方から離脱して、新しい運用も見つかるかもしれない。

 これまでの使い方はあくまで【コスト】MP10という出力のなかでの使い方に囚われていたのだから。


 もうひとつの違いとしては、『かたくなる』が一緒になったことで、ふたつのスキルを使い分けず、より滑らかに2つの状態変化を切り替えることができるようになったという点だろう。

 より性能が高まった地面軟化は、俺自身でさえ足をとられてしまっていたが、数分練習すれば軟化同様に強化された地面硬化で自分の足元を確立できた。


 またスキルが融合したおかげでオーバーヒート問題も多少なりとも改善されたと思う。

 オーバーヒートは以前、志波姫と立ち合ったときに俺を襲った現象だ。

 探索者概論の小峰先生に話を聞いたところ、ずいぶん驚かれた。

 

「オーバーヒートするほど大量のスキルを同時運用できるのか? けっこうきもいな」


 そんな風にきもがられたおかげでオーバーヒートを学べた。

 いわくスキル使用は人間に本来備わっていない能力を使用するため、それだけ処理能力を使うのだという。特に異形系スキルなどの人体に本来備わっていない器官の運用、魔法系スキルや神秘系スキルなどは負荷がおおきく、単純な能力ほど負荷はちいさいという。たとえば「パンチを強くする!」とか。


 またスキルの連続使用や、同時使用も、処理能力におおきな負荷をかけるという。

 思い当たる節しかなかった結果、俺はオーバーヒートの危機に悩まされることになった。

 いままで戦闘中にやたら身体が熱いし、脳が焼ききれそうだと思ったことはあったが、闘争状態ゆえ、運動して汗をかくのは当たり前だし、アドレナリンがでて興奮するのも当たり前だと思って、気に留めていなかったが……思い返せば、オーバーヒートの兆候はこれまでにもたくさんあったんだろう。


 志波姫に負けてからは、俺は自分がオーバーヒートするまでの程度を何度か測った。

 ざっくりだが、スキル使用回数が毎分200回を超えてくると、たぶんぶっ壊れはじめる。同時使用はもっと負荷をかける。

 

 こうしたオーバーヒート問題も、複数の効果をもつスキルを運用すれば、ある程度は緩和できる。その意味で『形状に囚われない思想』は有意義なスキルだ。

 

 その日は夜まで、検証したり、組み合わせたりして、実験に精をだした。

 結果『筋力で金属加工』と『形状に囚われない思想』を使って鋼材を加工すると、より迅速に、より緻密な表現ができることがわかった。


「まさか2時間でこれまでよりも細部にこだわれるヴィルトフィギュアを作れるなんて!」


 最大の発明だ。

 ちなみに寮の自室にいるヴィルトは今夜で7体目になった。

 変態だと勘違いしないでほしい。これはあくまで俺のメインウェポンである鋼材の加工練習なのだ。ポイントミッションで『金属製のヴィルトフィギュア』がでてくるから仕方なく、不本意ながら量産してるだけなのだ。決して女の子のフィギュアを作ることにハマったわけではない。

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