サマーバケーションの始まり
義父のもとから帰ってきた翌朝、俺は適当にとまったネットカフェで目を覚まし、街をぶらついたあと、学校へもどってきた。
不安がないと言えば噓になる。
あの義父がなにをしてくるのか。
「なんだかんだ言うて、恐いものは恐いな」
昼前に英雄高校にもどってきた。
もうすこし外で遊んでもよかったが、はやく慣れしたんだ寮のベッドで寝たかった。あとお金がなかったのも大いに理由としてはある。
学校に戻ってきた。
校門は閉まってたので、隣の脇戸から校内へ。
男子寮にもどると、玄関を掃除してるダビデ寮長と鉢合わせた。
「もう戻ってきたのか。流石にはやすぎるんじゃないのか」
「ホームシックってやつですよ、寮長」
「勝手に寮を実家にしてもらっては困るがな」
「俺にとってはそれくらい居心地がいいってことです」
「そうか。ならもっと大事に使ってほしいものだ」
返す言葉に困ったので、俺は逃げるように部屋にもどった。
俺はベッドに寝ころび、心の安寧を得た。こここそ我が家だ。
シャワーを浴びて、怪物エナジーを片手に腰を落ち着ければ、もう完全に平穏に帰ってきたと言える。
そうだ。オズモンド先生に事後のことを聞いていなかった。
俺はタブレットを取りだし、メッセージを送る。
返信は『すべては解決された』とだけあった。
具体的にどういう風に解決されたのかを問うと、詳細は話すことはできない的なニュアンスの文言ではぐらかされてしまう。
「これミンチにして海に撒いてるな……」
俺は確信する。たぶん人様には言えないような手段を使ったのだろう。
一介の高校教師にそんなことができるのかは不明だが、思えばここは英雄高校、オカルトと異常の組織ダンジョン財団の縄張りだ。
毎年何万人といる行方不明者の数字をすこし増やすくらい、彼らには造作もないことなのかもしれない。
ってまあ、そんなわけないか。思えば親父のほうが冤罪をふっかけようとしてたんだ。
ほかの大人に認知されて注意されれば、それだけでずいぶんリスクを背負うことになる。
親父は普通に働いてる人間だ。自分が破滅してまで、俺へ報復する気合も、愚かさもないだろう。
「夏休み、楽しむかぁ」
この日から俺ののびのびとした夏休みとした夏休みが本当の意味ではじまった。
日々の忙しい授業もない、借金のストレスもない、誰かと話す必要もない、当然誰かに気をつかう必要もない最高の夏休みだ。
俺は毎日ポイントミッションをこなして、適度にトレーニングしつつ、タブレットでダンジョンチューブを1日10時間くらい眺めて堕落した日々をおくった。
何にも縛られることのない、最高の生き方だと思わないかね。ダラダラすることこそ、真に裕福な人間に与えられた特権なのだ。これは金銭的にも、精神的にも、豊ということを示している。
他方、どうだろうか、青春を謳歌しようと必死になっている同級生諸君。
暑い中、青春の証明のために日差しのしたでアウトドアを楽しんでいるだろうか。
まあ、それで満足ならいい。だれかに定義された偽物の幸せも、情報を喰って、情報に幸せを見出す諸君らならば、まあ楽しめるんじゃないだろうか。俺は俺が定義した真実の幸せを追求するがね。涼しい部屋で、汗一つかかずに、膨大なエンタメを消費して有意義にだらだらするがね。
あーあ、今日もすごーくだらだらしたな。
もちろん、やることはやってる。
ポイントミッションも、日々のトレーニングもな。
やることやったうえでダラダラもする。
まだまだ俺の夏ははじまったばかり。
俺のサマーバケーションは終わらないッ!
「赤谷、君の破壊した訓練棟の修繕費の見積もりがでた。訓練棟の外壁とひどく荒れた訓練場の分もあわせて1000万でいいそうだ。訓練場の荒れようは酷かったが、あそこは壊れることが想定されてるから保険がおりる。でも、外壁は別だ。そこは普通に金がかかる」
英雄高校に帰ってきて3日後、俺のサマーバケーションは終わりを迎えた。
「オズモンド先生、その、もうすこし手心というか……」
「手心を加えるのは君のほうだ。大丈夫だ。人間は学習する生き物だ。失敗を重ねて、その失敗から学び、立派に成長してくれると私は信じているよ!」
「志波姫もいたんですってば。お願いです、あいつにも請求を! あいつの家は絶対金持ちです! いくらでも払えます!」
「君はやはりけっこう最低な人間だね」
俺のサマーバケーション計画に、アルバイトが加わった(強制)。
オズモンド先生いわく誠意を見せればペナルティ(借金)の軽減を考えてもいいとのことだった。
具体的には積極的に勤労したりとかで誠意を見せれるとのことだった。
俺はダビデ寮長にアルバイトをあっせんしてもらい、温泉棟で清掃活動したり、敷地の清掃活動したり、夏休みのうちにさまざまな施設のワックスがけをしたり、壊れた備品をチェックしたり……なんかもういくらでも仕事があるんだなと思いながら、死んだ目で勤労した。
「寮長、俺以外に勤労に従事してる良き生徒はおらんのですか。最近の若者はなってませんな」
「赤谷ボーイはなっていない若者の代表であることを忘れてはいけない。理由がなければこんなところで働く気はなかっただろう?」
「訓練こそが英雄高校生徒の仕事なので」
「その心がけだけは本当にすごいな。なんだかんだ言っても訓練棟に毎日通ってストイックにトレーニングを積める生徒はほとんどいない」
まあ、そうだろうな。
実際、俺も最近ちょっとサボり気味になってる。
俺が1学期中、死ぬほどストイックだったのは、危機感があったというところが大きい。
あとは志波姫という高い壁があったから、か。
いまは夏休みでほかの生徒たちがいないし、志波姫という壁もどっかいって、なんとなく目標を失っているような感じだ。
まあ、しみついた習慣のおかげで、それでも毎日4時間程度は訓練棟にこもれるが。
「ちなみにアルバイトの生徒なら、意外といる」
「そうなんですか?」
「赤谷ボーイが認知してないだけで、寮に残ってる生徒は、そこそこの人数がいるんだ」
「へえ、そうだったんですか」
夏休みの間は寮で食事の提供がされない。
なので食堂にみんなが集まるというイベントがなくなり、いまいち寮の人口を把握できていなかった。
「今日もありがとうございました」
「うむ、ご苦労だった。いい働きだ。これならオズモンド先生にもすぐ負債を返せるんじゃないか」
「無理ですよ」
「いじけてるな。負債はいくらなんだ」
「1000万です」
「無理だな」
痛みがなければ学ばないという理屈はわからないでもないが、これは痛すぎた。
そんなこんなで俺の毎日4時間のトレーニング、毎日6時間のアルバイト、ポイントミッション……と思ったよりだらだらできない俺のサマーバケーションはあっという間に1週間が過ぎ去った。
そして、その日はやってきた。
俺のスキルツリーが完成を迎える日が。
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