トラブルメーカー界の重鎮

 スマホに『圧縮』をつかうと、大豆ほどサイズの球体が出来上がった。

 親父も千穂さんもちいさな悲鳴をあげ、それきり口をパクパクさせる。

 

「なに驚いてるんだよ、親父。異常の力が自分に向くのが恐くなったのか」

「超人の犯罪はそれを専門とする組織に厳しくとりしまられてるんだぞ、俺たちに危害を加えてみろ、お前みたいなガキが逃げられると思うなよ……!」

「怯えて話が飛躍してるよ。俺がいつ危害を加えるなんていったんだよ」

「私のスマホ……」

「返しますよ。これでよければ」


 俺は手のひらを開いて豆粒を見せる。

 千穂さんは力なく首を横にふる。瞳は涙で濡れている。

 彼女にこれ以上をする気概はないみたいんだ。


「千穂! 通報しろ! いますぐ警察をよべ! 俺の怪我が証拠になる!」

「静かにしてろよ」


 触手を伸ばし、先端で顔を殴打する。

 義父は白目を剥いて気をうしなった。


「恐いのなら挑まなければよかったんじゃないですか、千穂さん」

「争いになったら異常犯罪案件だって町雄さんが……あなたとは仲が悪いから、危なくなったら証拠を撮るようにって……」

「手際よかったですね」

「あなたが、暴力的なのを知ってたから……始まったんだって……」


 どうしたものか。義父は俺のことを舐めている。

 頑張ってゴネれば金を引き出せると思われてる。


 応じなければ俺を犯罪者にしたてて人生を破壊しようとしてくる始末だ。

 こっちの千穂さんも同様なのか、あるいは親父にあることないこと吹きこまれてるのか。


 正直、ぶちのめしたいほど腹がたつが、それをすれば義父の思うつぼだ。

 英雄高校に入学して最初の歴史の授業で習ったのは、異常が現れだした最初の社会についてだ。


 超人がその力を私利私欲のためにつかい、巨大な混乱をもたらした時代。

 現代その混乱が続いていないのは、祝福者たちの異常犯罪をとりしまる大人たちがいるからだ。


 あの歴史の授業は学校からの注意と教育そのものなのだ。道を踏み外すなよ、という。


 俺は考える。

 このまま俺が赤谷家をでていったらどうなるだろうか。

 義父は目覚め、きっと俺に報復したがるだろう。


 最適なのは恐怖をより濃密に植え付けて、俺に害を及ぼそうなんて気持ちを抱かせないことだろうか。

 でも、たぶんそれって犯罪行為にカウントされちゃうんだよな。


 なんで俺が義父のようなクソ野郎に対処するために、罪を犯して、後ろめたい過去をもたなくてはいけないのだろうか。


 しかし、世の中ってそういうものなのかな。

 悪に対抗できるのは悪というかさ。無法で挑んでくるやつに礼儀で応じる必要はないのか?


 俺は悩んだ末に、オズモンド先生に電話することにした。

 家をでて、玄関のまえで千穂さんにも義父にも聞かれないようにする。

 

「なんだね、赤谷。こんな夜に」

「ちょっとトラブルがおきまして」

「ん、もしやさっそくお父さんとのことか? 流石はトラブルマグロ」

「冗談じゃないんですよ。このままだと親父のことをミンチにして海に撒いて完全犯罪しちゃうかもしれないです」

「よせよせよせ、あーまったく、外のトラブルは、学園内のそれとは非にならないほど厄介だというのに……」


 状況を詳しく説明した。

 

「だいたいわかった。そのスマホはもう圧縮してしまったんだね?」

「はい、しちゃいました」

「うーん、クラウド上にデータが保存されてると面倒だが、なんとかなるか……」

「俺、どうしたらいいですかね。親父とその再婚相手も圧縮したほうがいいですか?」

「君はどうしても暴力で物事を解決したがる癖があるね。はやめに直したまへ」


 怒られた。


「とりあえずは思ったより全く大きな問題じゃなくて安心したよ。君は今夜のうちに家を離れたまへ。あとはこっちでなんとかしてあげよう」

「もしかしてオズモンド先生が親父たちを抹殺してくれるんですか?」

「さては君、そうとう父親のことが嫌いだね?」


 俺はお礼をいい、電話を切るなり、最寄り駅の終電をつかまえて乗りこんだ。


 

 ──フラクター・オズモンドの視点



「トラブルの天才としかいいようがない」


 オズモンドは首をかしげながら、手のかかる生徒との通話を切る。

 

「パパー! だっこ!」

「はい、メアリー、だっこだねえ」


 愛しの娘たちのうち、まだちいさい妹のほうを抱えながら、学長へ電話をかける。


「こんにちは、どうも、オズモンドです。はい、ご明察のとおり……流石ですね! これはトラブル関係の電話です! うれしくないって? 学長、ご安心を、私もです。それでですね、具体的な要件なのですが、例の赤谷誠ですが、またやりました。はい。またです。彼です。最近はよく名前を聞きます。ええ、彼です。はい、ええ、その赤谷誠です。はい。はい、わかりました。よろしくお願いします。はい」



 ──長谷川鶴雄の視点



「まったく、またまた赤谷誠か。事件を起こさないと生きていけないのかあの生徒は」


 長谷川は首をかしげながらオズモンドとの電話をきり、すぐに次の相手へ連絡をいれる。


「面倒だが、こういうのに対処するのも学長の仕事か。いや、絶対に私の仕事じゃないだろ、普通の高校の校長はこんな暗いことしなよなぁ……」


 校長のあるべき姿に迷いながら、長谷川はショットグラスのなかの怪物エナジーを揺らしながら、電話への応答を待つ。着信2コール目で繋がった。スマホ画面に映っている電話相手は”指男”となっている。


「起きてたか。実は急用なんだ。単刀直入にいうが、赤谷誠の件で担任の教師から連絡があってな。トラブルだ。トラブルを起こしたらしい。そうだ。その赤谷誠だ。そうそう、以前話してた例の子供だ。前に学長室で会っただろう。それだ。どうやら面倒ごとでな。だから、お前からオズモンドに電話して、問題の解決にあたってやってくれ。詳しくは彼から。あぁ。そうだ。そういう感じだと思う。”教育屋”でいく方向性だと思う。お前の名前なら財団は全力で手をかしてくれる。可愛い息子の未来を守りたい、とでもいえばどうとでもなるだろう?」


 長谷川は静かに電話をきる。


「教育屋が動いたということは……ふむ、赤谷の義父にとっては忘れられない夜になりそうだな」


 深く椅子に腰かけ、グラスの怪物エナジーをあおり呑む。

 問題はすでに解決されたも同然だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る