赤谷誠は帰省する 後編
義父の俺を見る目が険しくなった。ただすぐその暗さは隠される。
「俺たちはやりなおせるはずだ。そうしたいんだ。なあ、誠」
「こっちはやり直すつもりで来てないんだよ」
「お前はそれでいいのか? この家はお前の帰る場所だぞ」
帰る場所は、帰りたい場所じゃないと意味ない。
ずいぶん前から俺は帰りたい場所なんかなくしてるんだ。
「俺はここに帰りたくて帰ってきたわけじゃないし。親父にはお別れを言いに来た」
「誠……」
義父は悲しげな顔をして、椅子に深く腰掛け、顔を手でおおった。
「お前、あの学校にいって変わったな」
「そう、かもしれない」
「学校は楽しいか?」
「まあそれなり、かな。上手くいかないことも多いけど」
俺は口元に手をあてる。
無意識に笑みを浮かべていたと気づく。
俺って別に学校そんな好きじゃなかったんだが……英雄高校のことはけっこう気に入ってるのかもしれない。あそこは俺の人生を決定的に変えてくれた場所だからだろうか。
「そうか。楽しいならそれでいい」
「……。約束は果たしたし、もういくよ」
俺は扉に手をかける。
「待て」
「なにかまだある?」
「実はな、父さん、腰を悪くしててな。もう働けなくなってしまったんだ」
「それは大変だね」
「千穂も社会では甘く見られる学歴でな。器用があるし、すごいいい女だが、将来には不安がある。誠、お前がこんなに経済力をもてるとは思ってなかった。いままで俺たちはいい親子じゃなかった。だから、こんなことを頼むのは虫のいい話だが、どうか俺たちを助けてはくれないか?」
「お金がほしいってこと? 2000万じゃ足りないの?」
「将来を考えたら不安はある。人生100年生きる時代だろう? 俺もまだ倍以上、命が残ってる」
俺はちいさくため息をついて、いろいろ考えたのち、一言かえした。
「大変だね。頑張って」
「……お前、まさかそこまでデカくしてもらっておいて、その恩を忘れたわけじゃないだろうな?」
「親父、その論法は筋が通ってないんだよ。その2000万が俺たちの繋がりの清算金だったじゃん。あとから条件を追加されても、そんなの、通るわけない」
「誠、老いた両親のことを捨て置くつもりか!? すこしでも心が痛まないのか!」
義父は机を拳でドンッと勢いよく叩いた。
あぁはじまった。懐かしい。
そうだよ、こんな感じだったよな。
昔の記憶がすーっと蘇ってきた。
ノスタルジックな気分だ。いや、いい意味ではないのですこしちがうか。
義父は俺がちいさい頃からよく物に当たり散らして怒ってた。
その暴力性の対象が俺になることも日常茶飯事だった。
父は浮気性で、よく家からいなくなってた。
数週間なら帰ってこないこともそれなりにあった。
中学生くらいになってそれが虐待らしいと気づくまでは、父親とは逆らってはいけない恐ろしいもの、という認識だったし、それのせいで常識が狂ってた。俺はどうやらけっこう不幸な人間だったらしい。
なので義父がどれだけ同情を誘うとも、俺はなにも抱くことはない。
なぜならこんなこと昔からよくあったから。
義父は母のいないところで俺に恐怖を植え付ける。
母はそのことに気づき、義父を糾弾する。
すると決まって義父は優しい声で謝って頭をなでてくれるのだ。
それの繰り返しだ。「父さんが悪かったなぁ」何度聞いたことか。
謝罪と強制の仲直りも、俺は受諾せざるを得ないのだ。
列強国が弱小国に不平等条約を押し付けるように、俺はそれを拒否することは許されなかった。
俺も中学高校と大きくなるにつれ、父との直接の衝突は減っていった。
それでも恐怖がなくなることはなかった。俺はできるだけ彼と顔をあわせないようにしてた。
でも、恐くない。
いまはまるで恐くない。
「人生100年時代なんでしょ? なら老いを語るのは早すぎるんじゃない」
「お前、生意気になったな。なにを偉そうに、これまでさんざん世話になった親にそんな態度を」
義父は髪をかきあげ「あーもういい」と呆れた風に天を仰ぐ。
「学校が楽しいんだってな? いいだろう、辞めさせてやる。お前にあの学校に通わせているのは俺だってわかってないようだ」
「親父にそんな権利ないだろ。第一学費は学校がくそ割安でたてかえてくれてる。将来清算するのは俺自身だよ。親父はまったく関係ない」
「いいや、法的には俺が親だ。俺がお前のいる場所を決める。あんな学校すぐいかせなくしてやる。それが嫌だったら、もう2000万、卒業までに用意しろ。一度できたならもう一回できるはずだ」
こんなの構うことはない。
というかすこしでも譲歩すれば、過去の俺のようにずるずるいってしまうだろう。
俺は帰ってくるまえに誓っているのだ。
オズモンド先生の言葉が考えるきっかけをくれたおかげだ。
なにか面倒なことになるんじゃないか。
義父はもしかしたら俺が大きな金を稼ぐことができるとわかって、要求を足してくるかもしれない。
そんなとき俺は断り切れるだろうか?
自問し、考え、覚悟を決めた。
俺はあの男をまえに譲歩しないと。
そのために勇気をだして戻ってきたんだ。
「誠、外に出るな! 家にいろ!」
俺は無視して、玄関へ向かう。
義父は俺の腕をつかんで止めようとしてくる。
「ぐぉお!? なんだ、こいつの力……!?」
義父は俺を制止する力をもっていなかった。
「止まれッ! 誠ぉ! 俺の言うことを聞けないのか!」
顔を真っ赤にして、息を荒くする義父は拳で後頭部を殴ってきてる。
別になんともないので無視して玄関までくると、なにを思ったか靴箱上の鍵入れの陶器を手に取るなり、それで殴りつけてきた。
痛くもなんともないが、それ常人相手だったら死人がでるやつでは。うっとおしいので手でふりはらう。
簡単にふりほどけた。続いて背後で激しい物音がした。
チラッと振り返れば、義父が廊下の向こうまで転がっていた。
その顔は笑みを深めている。
「暴力をふるったな?」
「?」
廊下の横、リビングに続くドアのところにスマホをこちらに向けている千穂さんの姿があった。
「やはり餓鬼だな。大人を舐めてんじゃねえよ。千穂! 警察呼んでくれ!」
「いやいや、千穂さん、いまのはどう見たってあっちから──」
「知ってるぞ、祝福者は銃で撃たれてもへっちゃらなんだろ? だったらあれくらいで俺を脅威には思わないはずだ! お前は一般人に、過剰な反撃をしたんだ!」
よくまわる口だ。事前知識をもってる。
千穂さんもなんかさっきと顔つき変わってるし、義父のいうこときいて警察に通報しようとしてるし。
こいつらグルかよ。
さてはプランとして準備してたのかな。
俺は手をかざし、面倒になるまえに、千穂さんの手からスマホを引きよせて奪いとった。
うーん、こいつらどうしよう。
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