赤谷誠は帰省する 中編

 田園風景の向こう側にはショッピングモールが見える。

 田んぼが並んでると、障害物がなくて遠くの景色がよくうかがえる。

 例えばそれは砂漠の真ん中に栄える魅惑の都ラスベガスのようで、俺はこの光景が気に入っている。


 そんなショッピングモールの見える向こう側ではない、こっち側が俺の実家がある場所だ。

 暗くなってから帰ってきた赤谷家はすでに懐かしさを感じれた。車がとまっているので確実に親父がいることを覚悟して玄関を開ける。

 鍵がしまってるのでノックすると、知らない女性が玄関を開けた。


「え」

「え」


 お互いにギョッとして顔を見合わせてしまう。


「あぁ、もしかして町雄まちおさんの息子さん?」

「……町雄は父ですが」

「やっぱりそうなのね。初めましてかしら、私、町雄さんの妻の千穂ちほです」

「妻、ですか」


 脳みそが状況を理解したくなくても、理解してしまう。

 頭痛がしてきた。すごく帰りたくなってきた。


「誠、帰ったのか」


 千穂さんの後ろ、リビングから半身のりだした義父と目があった。

 

「いきなり、これどういうこと」

「再婚したんだ。お前には言ってなかったか」

「言ってないよ」


 お腹の奥底から震えながら大声をだしたくなるが、ぐっとこらえて我慢する。慣れたもんだ。


「話はこっちでする。いつまでも突っ立てるな。閉めろ」

 

 俺と義父はふたりでリビングで机を挟んでむかいあった。

 

「えっと、夕食できてますよ、鶏を焼いたんで冷めないうちに」


 自然な流れで夕食がはじまり、俺は全く知らない女性と義父と食卓を囲む。

 こんなの何年ぶりだろうか。義父と飯を一緒に喰うなんて母が死んでからは一度もなかった。

 千穂さんは優しそうな人だった。たくさん話しかけてくれたので、俺も愛想よく応じた。


 肝心の聞きたいこと、ぶつけたい気持ちは義父へのものだったが、それを言い出すと気まずくなりそうなので、俺は料理のうまさに集中することにして乗り越えた。

 聞きだせた情報は義父と千穂さんはけっこう前に知り合っていたらしいということだ。それこそ母が死んだ直後くらいからの関係だとか。


 夕食がおわり、俺は義父の部屋に移動して、ふたりで話をすることになった。


「メッセージを受け取ったときは驚いたぞ。探索者ってのはお前みたいな高校生でもあんなに稼ぎ出すことができるんか?」

「いろいろ運がよかっただけだよ。それは犯罪者の逮捕に協力した謝礼金みたいなものだからさ」

「2000万も謝礼がもらえる犯罪者を捕まえるなんてすごいな。お前をあのへんてこな学園にいれて正解だった」

「口座、送っといたよ」

「……本当に2000万じゃないか。まじかよ」


 空気清浄機のそばで煙草を吸いながら義父は俺のことをまじまじと眺めてくる。

 俺はこのまなざしが好きじゃなかった。俺のことを図るような目が。



 ──赤谷町雄の視点



 息子が帰ってきた。

 あのクソ野郎の息子が帰ってきた。


 返せるわけもない2000万円を本当に返しやがった。

 ノルマを適当に課したのに、まさか3か月で用意してくるとは驚いた。

 親がクソなら、子もクソだ。そう思ってた。事実、誠にはなんの取り柄もなかったんだ。

 でも、どうやら探索者とかダンジョンとか、そっちのほうには才能があるみたいだ。


 赤谷家。金持ちで伝統ある良家だとかいうから婿入りしたのに、実際の金持ちである爺婆はもういねえし、死んだ元妻はバカだから兄妹姉妹に相続をゆずっちまうし、金目当てで婿入りしたわりには何の成果も得られねえと思ったが。意外なところに金脈があるもんだ。


 誠のやつ、まだまだ使えるじゃん。

 親と同じで馬鹿で正直で、2000万あれば親子関係を法的に解消できるなんて嘘にも普通にひっかかってるくらいだ。

 まだまだ金を用意させよう。こいつは俺の言うことを聞く。


 

 ──赤谷誠の視点



「お前、探索者としてどれくらい優秀なんだ」

「先生は将来は成功するって言ってくれてるよ」

「そうか。それはいい話だな」

「親父、これで終わりでいいんだよな」

「なあ、誠……俺たち、あんまりいい親子だとは言えないよな」

「そうだね」

「俺はさ、不器用だからさ、お前のことを邪険にしちまった。お前の実の父には、結婚のときに猛反対されてな。それでいざこざがあったんだ。だから、あいつが死んで、遺ったお前をうちで引き取らなきゃならんってなったときは、本当に腹が立った」


 義父はだらだらと昔話をはじめた。

 俺は話の終着点がどこなのかぼんやり推測しながら壁に背をあずけていた。


「なあ、俺たちやりなおせないか。後悔してるんだよ」

「親父……」


 申し訳なさそうな顔をして彼は椅子をたち、俺の肩に手をおいてくる。

 そこでふと気づく。義父ってこんなちいさかったんだ、と。

 いや、俺がでかくなったのか。祝福で骨格も変化してるんだもんな。


「新しいお母さんもいる。過去のことは忘れていっしょにまた始めないか?」

「親父、そっか、親父はそういう風に考えてるんだ」


 義父がらしくもなく抱擁してくる。


「こんなに変わるものなんだね」

「あぁ。俺も考えを改めたんだ」


 あんなに恐れていたのに、いまは義父がまるで恐くない。


「親父、無理だよ。やり直せるわけがない」

「……なんだと?」


 俺は義父の抱擁をといて、そっと突きはなした。


「それは道理がとおってない」


 俺は終わりの挨拶にきただけだ。

 関係の修復なんて望んじゃいない。

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