オーバーヒート
志波姫はテクテク歩いてきながら、木刀を片手に鷹揚な構えをとる。
もう面倒くさいから納得するまでこいよ、みたいな空気感を醸し出している。
(どうやら俺の不意打ちももう適応しちゃったみたいだな……だが、なんでもありの近接戦ならやりようはあるはずだ)
彼は秘策をだした。近接戦闘用移動阻害スキルコンボ『
(またネバネバ……? 覚醒するスキルはその人間の経験、人生、人格などが関わってるって聞くけど……どうやらこの学説は正しいみたいね)
志波姫は呆れを横においておいて、一瞬で攻略を考える。
(スキルを使わなくても、水面走る要領で素早く足をいれかえれば、なんとかなりそうかしら)
そんなこと考えながら赤谷の『近接攻撃』と『拳撃』を付与したジャブにさばき、ネバネバゾーンは地面への接着時間を最短にしてやりすごす。
赤谷は速さを重視しながらも、力を乗せた拳を打ちまくる。
志波姫は、ズドンっと重たい衝撃力が木刀から伝わってきたのを理解していたため、その衝撃力にまともに付き合わずに力を逃がすようにいなして対応した。
拳を打てども打てども、志波姫には一向に当たらない。
たまに『筋力で飛ばす』で距離のリセットを試みて、ワンチャン遠距離戦からやりおなそうとセコイこと考えるがそれもさせてもらえない。
(くっ……筋力100,000、技量100,000、『筋力増強』×2、『拳撃』、『近接攻撃』、かつ『
上下左右、コンビネーションで打ちわけるも、志波姫の木刀は激しい火花を散らしながら受け流す。
赤谷はパンチに見せかけ、志波姫の木刀を手でつかんだ。
刃のある真剣じゃないことに甘えた行動だが、彼女の剣を止めることはできた。
木刀を掴んで、守るものがなくなった綺麗な顔へ拳をとどかせる。
志波姫は木刀のクンッと動かす。
赤谷の体勢が崩れ、身体が宙を舞っていた。
ぐへっと言いながら頭から落ちて、首が危険な角度に曲がる。
(なんだ、まるで、投げられたみたいに、え? え? え?)
状況をまるで飲み込めない赤谷。
志波姫のそれは合気と呼ばれるものだった。
熟達の剣術家は、剣を失った場合の戦い方とした柔術をおさめるものだが、志波姫もまた同様で、齢15にしてすでに数多くの武術をおさめ、その腕前も達人の域にあった。本来は組手で使用するはずの合気道を、剣一本はさんで使用することも彼女にとっては可能なことだった。
赤谷は自分の身におこった不思議体験を理解できずに、その後、5回ほど同じようなやり取り──木刀を掴んで止めて、空いた手で殴る──をして「あっ、これじゃ通用しなんだ」と理解した。
(なんかわかんないけど、不思議なことしてるな、志波姫め!)
(赤谷君、実戦だったら7万回くらい死んでそう)
やがてカウンターパンチを狙うようになった。
自分から攻撃して無理なのなら、相手の攻撃にあわせて拳を打てばどうしたって隙をつける──そういう算段だ。
志波姫が斬りこんでくるものは『瞬発力』+『ステップ』×2──『
もうやけくそになり、両手で木刀につかみかかり、全パワーを動員してへし折った。
「よっしゃッ!」
短くなった木刀を志波姫はなんの未練もなくぽいっと捨てる。
赤谷は嬉々として志波姫にパンチを打つ。と見せかけて『
そこから『足払い』+『かたくなる』+『やわらかくなる』+『放水』+『くっつく』+『転倒』を追加で発動し、『
と思ったが、地面のうえに転がっていたのはやはり赤谷だった。
また不思議な技で投げられたらしいとわかり、立ち上がろうと地面に手をついた時には、駆けこんできた志波姫の膝蹴りを顔面に喰らっていた。
赤谷は口と鼻からドクドクと血を流しながら立ち上がろうとする。
(大丈夫だ、たいしたダメージじゃない、スキルを発動するぞ。俺のたくさんのスキル。あぁ、大丈夫だ、俺ならできる、チェインだって倒したんだ、やるぞ、スキルを使ってやる……)
必死に頭では考えるが、靄がかかったように思考が鈍かった。
それは高熱で寝込んでいて、身体と外界の境界線すらふわふわして曖昧になってしまったかのような、未知の状態だった。
どれだけスキルを使おうとしても特殊能力が発動することはない。それどころか身体がいうことをきかない。
「使う、使う、使うんだって……あれ、おかしい、なんで……MP、ある、よな……」
「これは……」
志波姫は床のうえで水揚げされた魚類のように、うねうね動いてる赤谷を見下ろし困惑していた。
赤谷が正常でないことに気がつく。顔は真っ赤で、目はうつろで焦点があっていなかったからだ。
珍しい現象だった。オーバーヒート。極まれに起きる祝福者の不調だ。
大量のスキルコンボを連続使用したせいで、脳のCPUが処理能力を失ったのだ。
『完成筋力』や『完成技量』といった巨大な力をもっていたことも、彼に負担を強いていた。
本来ならもっと時間をおいて鍛錬するべき項目をクリアできなかったのだ。それまでのスキルコンボはあくまでそれまでのステータスで運用されることを想定している。自動車にロケットの燃料をいれたところで上手くいくことはないのだ。
赤谷は必死になりすぎるあまり、身体からの「これ以上はだめだよ」というメッセージだった痛みを我慢して無視した結果、彼自身も知らないオーバーヒートに陥ってしまったのである。
「赤谷君、大丈夫?」
「んぁあ? なんだ、呑気に話しかけて、きやがって……まだ戦いは終わってないぞ!」
赤谷はふらふらしたまま立ちあがり千鳥足のまま、どうにかこうにかファイティングポーズをとった。
志波姫は呆れた風な顔で、ひとつため息をついた。
「俺は、負けてないぞ、剣なんて捨てて、かかってこいよ、ベネット……」
「剣はさっき捨てたわよ。あとわたしはベネットじゃないわ」
ついに赤谷はひとりでに後ろへ倒れる。白目を剥いたまま動かなくなった。
「あなたって本当に世話がかかるのね。まったく」
志波姫はため息をついておでこに手を添える。
赤谷を背中におんぶしてやり、荒れ果てた訓練場をあとにした。
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