赤谷誠 VS 志波姫神華 2 後編

(弾が重い)


 『筋力で飛ばす』と『筋力で引きよせる』をつかってリサイクルして放たれる圧縮球塊の数は、赤谷が追加生成するため時間経過ですこしずつその数を増やしている。質量のほとんどない空気と違って、それには確かな重みもあった。喰らえば十分なダメージを与えてきそうだと志波姫に思わせるほどに。


(次、受けたら刀が壊れそう。数も増えたらよくない。そろそろ終わらようかな)


 垂直の壁を舞うようにして弾幕を回避し、木刀をひと撫で、刀身に淡い光をまとわせた。


(このタイミングでエンチャント? それは悪手だろ)


 赤谷は白い歯を見せる。

 木刀の損傷に気が付いていない赤谷には彼女の行動の意味がよくわからなかった。

 ただそれがよくないとはわかる。


 なぜなら志波姫はわざわざ自分で一手遅らせてしまったからだ。

 絶えず弾幕を展開し、避け続けなければいけない高速戦闘においてそれは致命的だ。


 ましてやいまの赤谷は『筋力増強』×2状態。

 自傷ダメージを覚悟した強化状態。弾幕全体の速度も威力も、5秒前とは段違いだ。


 『かたくなる』で作られたごく軽い衝撃力だけを与える空気弾と、それにディレイのかかった見えない空気弾と重なり、ちょうど『輝かしき粘水槍スティッキーハイドロジャベリン』が迫る。

 足をとめた志波姫に、垂直の壁上という立地で、それらを避けることは不可能だった。


 当たった。赤谷はそう思った。

 間に合う。志波姫はエンチャント木刀で足元を攻撃する。


 彼女の足元を斬撃が走る。ズバババっと駆け巡り、志波姫は垂直の壁を踏みつけて浮かせた。

 訓練場の壁は三角錐の形状にきりとられ、綺麗にぽこんっと出てきた。


(なんだよそれ)


 赤谷は志波姫のわけわかんない行動に「こわっ」とちいさく恐怖を吐露する。切り出された三角錐の立体、その切断面の鋭利さ、巨大な質量を一瞬のうちに切り出した早業、そもそも木刀でどうやって斬った、複数の疑問と奇想天外な発想に赤谷は口を半開きにして、動きを一瞬とめてしまった。


 志波姫の小柄な身体は、切り出された三角錐の影に隠れ、せまるすべての攻撃をやりすごした。


 クソデカ盾でガードを終えた志波姫は、今度は攻撃に転ずる。

 一刀のもとでお世話になった三角錐を粉々に砕いて、無数の雨あられのように赤谷へ降り注がせたのだ。

 今まで撃ち放題チャンネルだった赤谷は、自身が撃たれる側になったと気づく。


 息をのみ、覚悟を決めて、手をかざした。

 スキルを発動させ、ふりそそぐ質量弾の雨あられを静止させた。

 世界の時間がとまったかのように、激しく降り注いでいた質量弾がピタッと止まった。

 

「『屈曲する時間ベンドタイム』」


 『筋力増強』と『筋力でとどめる』を合わせた、対飛び道具最新バージョンの解答。

 これは志波姫も予想外だった。いままで見たことない技だった。

 目を見開き、超常的な現象に見入ってしまう。


「そんなこともできるんだ」

「まだだ」

 

 赤谷は額に青筋を浮かべ、とどめた瓦礫すべての運動エネルギーの方向を『曲げる』で変換する。

 高い集中力と、技量、スキルコントロールがあって初めてなせる切り返しの大技、重力方向にふりそそいで赤谷をミンチにしようとした瓦礫の山は、宇宙の法則に逆らい、天井を目指してへ射出された。忘れてはいけない、スキル『筋力でとどめる』によってとどまったものは、本来そのものが持っていた運動エネルギーを蓄積させ、解放されたときに蓄積された分、一気に解放するという性質を。

 

 さらにそこへ赤谷誠は『筋力で飛ばす』で周囲の大気をまとめてふっとばし、来た道をもどっていく瓦礫の山に速さをひとつまみ足す。

 

 『万倍の返報ミリオンリベンジ』。

 それは『屈曲する時間ベンドタイム』で受け止めた飛び道具を倍返しする大技だ。


 破壊の嵐が訓練場を志波姫をおそった。

 志波姫は冷静に、さきほどくりぬいた訓練棟の外壁にもぐって、超広範囲攻撃をやりすごす。


「そこだッ! 穿つッ!」


 『筋力増強』+『筋力増強』+『触手』+『たくさんの触手』+『やわらかくなる』+『かたくなる』

 

 ここぞばかりに赤谷は目をくわっと見開いて、くっつくで接着している足元に触手の束をぶっ刺した。

 直後、志波姫が逃げこんだ三角錐のくぼみに触手の束が勢いよく生える。

 『怪物的な地穿ちモンスタースパイク』。これは『やわらかくなる』を継続的に発動しつづける触手で地面を泳がせ、相手の足元から出現させてからめとるスキルコンボだ。


 くぼみに逃げこんだ志波姫からは赤谷を視認できず、赤谷からは志波姫の位置がわかっているタイミング。

 数々の死線を越えてきた赤谷はチャンスを逃さない。


 志波姫は速かった。

 触手は彼女の身体を捕らえ、その身に粘液を付着させたが、一瞬でするりと抜けてしまった。

 攻撃を回避するなり、高速で赤谷に接近してくる。

 

 赤谷は足元に突き刺していた触手をひきもどそうとする。

 片手が使えず、移動もできない。


(やべっ、くるかくるな、志波姫、こっち来るんじゃあない!)


 大きな隙をさらしている間、『速射されし粘水球スティッキーハイドロボール』を連射してお茶を濁す。


 だが、そんなものに当たってくれるのなら苦労はない。

 十分に接近されてしまったら、『筋力で飛ばす』で空気をおしだし衝撃波を発生させて時間を稼ぐ。

 志波姫は衝撃波を木刀で断ち、地球の重力による落下にさらに壁を蹴って加速を加え、流星みたいに赤谷につっこんでいく。


 触手をひきもどすのが間にあわず、赤谷は片腕に『かたくなる』を付与しガードする。

 志波姫の突進力に耐えることができず、ふたりは地面に激突した。


 赤谷は近接戦闘能力を有しているが、志波姫とやりあう勇気はなかった。

 あくまで遠距離戦でのみ赤谷は志波姫をなんとかしうると考えていた。


 赤谷は『浮遊』で軽くなった身体で大地を蹴って、また天井へ逃げようとする。

 だが、ちょっと飛び上がっただけで志波姫に足をつかまれ、地面に引きずり落とすようにたたきつけられてしまう。


「ぐひゃ!」

「もう良いんじゃないかしら。ここらへんで終わりにしても」

「何言ってるんだ、まだなにも終わってないだろ」


 赤谷は血を吐いて、志波姫を強いまなざしで見つめる。

 距離はわずか2mちょっと。つまり近接戦闘の距離だ。


「この間合いでは勝てないのはわかっているでしょう。先読みもさっき使ってしまってるようだし」

「そう、かもな。くそ、第二回戦も俺の負けかよ……!」


 赤谷は悔しそうに拳で地面をたたき、力なく首を横にふる。

 完全に敗者の雰囲気をまといはじめた赤谷に、志波姫は背を向けた。

 勝負あった。ここに完全決着だ──決着のはずだった。

 赤谷はチラッと顔をあげ、隙をさらす背中を確認。


「ヴァカめッ! 第三回戦開始ッ!」


 そんな往生際のいい赤谷ではなかった。

 ちいさな背中にめがけて大量の触手を放った。

 知ってた、と言わんばかりに志波姫は身をかがめて生理的にキモすぎる攻撃を避ける。


「だにぃ……!?」

「あなたやるでしょ。こういうの」


 変なやつへの理解度が深まってしまっていることに、少女はうんざりとしたため息をついた。

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