赤谷誠 VS 志波姫神華 2 中編

 木刀で壁を傷つけて足をひっかけ、機動の起点をつくりながら、回避に徹する。

 壁に赤谷が放った弾があたれば、その傷も足場として利用できる。

 そうやって垂直の壁という立地にありながら、志波姫はせまりくる弾幕を紙一重でしのいでいた。


 ただ、時間がたつにつれどうしても気になってきてしまっていた。


「赤谷君、ちょっといい」

「どうした、降伏か!」


 赤谷は攻撃の手をとめて、期待のまなざしを向ける。

 志波姫は周囲を見やる。赤谷が撃ちまくった代償はすでにでており、壁には傷がつき、欠けて穴が空いていた。


「ずいぶん気持ちよく攻撃してるけど、これはあとのことを考えているのかしら」

「これくらいなら大丈夫だろ」

「わたしはそうは思わないわ。なにより、わたしばかり気をつかっているのがあほらしくなってくるのだけど」

「それは……」

「場所を変えたほうがいいんじゃないかしら」

「……まぁ、そうか、そうだな、そのとおりだ」


 普通に屋外でやりたい放題してたが、冷静になればこの続きがいい結末を招かないのは自明であった。

 ふたりは停戦し、訓練棟の地下にある訓練場に戦場を移動させた。


 赤谷は志波姫の手にする木刀が気になった。

 剣聖クラブの部室から流れでもってきたままだが、戦闘を仕切りなおしたというのに、真剣をとりにいこうとはしない。

 

「そんな武器で大丈夫でいいのかよ」

「大丈夫よ。問題ないわ」

「後悔するなよ」


 両者の戦いはすぐさまはじまった。

 赤谷は弾幕システムを再構築するとどうじに、訓練場のわきにある特殊コンクリートプレートへ触手を伸ばした。

 使い慣れているそれを『浮遊』で軽くするなり、掴んで、容赦なくぶん投げる。


 木刀の一閃。コンクリートプレートは砕け、黒髪のなびく後方へ破砕の粒となって過ぎていく。

 志波姫の後ろへ抜けていった破片に今度は『筋力で引きよせる』を付与して背後からの攻撃も徹底する。

 そのあいだも赤谷は次のコンクリートプレートに触手を伸ばしており、今度はあらかじめ触手で握りつびして砕いてから、散弾のように投げつけてくる始末。

 もちろん、見えない弾に遅れて放たれる弾、圧縮球塊に粘水槍を放つことも忘れない。


 志波姫は思う。


(赤谷君なりに遠慮していたのかしら)


 まだ訓練棟の外壁のときのほうが多少の遠慮はあった。いまはさっきより攻撃が激しい。

 だが、ここは訓練場。いくら暴れても大丈夫──それが元々どこかおかしい赤谷の道徳の芽を摘んでいた。


 激しさを重ねていく弾幕と質量弾に、志波姫はかけまわる。

 ダッと床を蹴って、赤谷に急接近、一閃──剣は空をきった。志波姫は視線をうえへやる。

 赤谷は大地を蹴って、瞬間的に天井に移動していた。志波姫は思う。速い、と。


 赤谷は『浮遊』を付与し身体を軽くし、『筋力増強』で脚力を強化、『瞬発力』で初速を強化しキレを生み、『ステップ』×2で異常なフットワークを獲得し、地面をけって天井に逃げたのだ。当然、『くっつく』をつかってそのまま天井に張りついて降りてこない。


 訓練棟は赤谷の庭だ。天井の高さもよく知ってる。空間の奥行も、横幅もだ。

 床と壁と天井の材質もわかっているし、備品も把握している。


 もはやそれは環境バフといっても過言ではない。

 赤谷は弾幕で志波姫を追いたて、近づいてきそうなら、すぐに上下左右を跳ね回って逃げる。

 

 うざさを極めたような赤谷の所業を、志波姫は冷めた目で見ていた。

 これが格闘技の試合だったら大変なことだ。

 こんな塩試合を見せられてはリングにゴミが投げ入れられるだろう。


 志波姫にも移動の策はあった。赤谷のように『くっつく』ことはできないが、攻撃をかいくぐり、天井や壁に氷の短剣を投げて刺していき、そこを足場にしたり、手でつかんだりすることで、立体的な機動力の起点としていたのだ。


 それすらも赤谷は『筋力で引きよせる』をつかって手元に回収する。

 赤谷がただの嫌なやつに成り下がる覚悟をきめ、氷の短剣をキャッチした瞬間、それは爆発した。


「赤谷君ならそうすると思ったわ」


 志波姫がスキルでつくりだした氷の短剣は、彼女の任意で消滅させることも、形状を変化させることも可能だった。そして爆破も。赤谷の陰湿な性格ならきっと、志波姫が大事につかってる機動力の起点である氷の短剣をひきよせて、意地悪なことしてくるだろうと彼女は読んでいたのだ。


「卑怯な、おのれ、志波姫!」

「どっちが」


 天井からゴキジェットかけられたゴキブリのように情けなく落ちてくる赤谷。

 志波姫は落下地点目指して駆けていく。


 赤谷は『筋力で飛ばす』で空気を押しだし、『浮遊』で軽くなった自身の身体に推進力を生み、垂直の壁へ逃げる。志波姫は地上をかけ、壁に到達し、垂直の壁をかけあがる。


 壁に到着した途端、赤谷は襲う下方からあがってくる凶刃。

 とっさに『筋力で飛ばす』で衝撃波をおこして、けん制する。


(こっちくるな!)


 志波姫はそれすらも見切って避けた。

 だが、避けたせいで志波姫は赤谷よりももっと天井に近い高さまで飛んでってしまう。

 

(ダメだ、MPを湯水のように消費して弾を撃ちまくってるのに、ちょこまか動かれすぎて有効打を1回も与えられてない。これだけたくさんの種類の攻撃を不規則に撃って、思考力を使わせてるのに、俺のほうが有利な鬼ごっこでも、いい勝負されてる)


 このままじゃだめだ。そう彼は判断し『筋力増強』をもうひとつ発動した。

 赤谷の皮膚がピチピチに張り詰め、血管にくわえて、筋繊維の筋まで浮きでてきた。

 血を吐き、駆ける激痛を、震える拳を握りしめて我慢する。痛みには強い赤谷だ。

 

(筋力ステータスが100,000になってから『筋力増強』による筋肉肥大の効果が倍増してる……おそらく乗算で強化する関係上、もともとの筋力ステータスの数値に影響を受けてるんだ。よりパワーがでるが、肉体への負担も激増してる……)

 

 赤谷のステータスの変化により『筋力増強』はハイリスク・ハイリターンの危険なスキルに返り咲いていた。

 現在の赤谷では『筋力増強』をひとつ全身にくまなく発動するだけでも危険域だったが、それでは志波姫に対応できないと彼は判断したのだ。

 

(近づきたい、あそこに)

 

 赤谷の見開かれた視線のさきには洗練された身のこなしで、雨のような攻撃をしのぐ志波姫がいる。赤谷はあがいていた。孤高の天才が有象無象を気にかけないことをわかっているから、すこしでも長くその視線をもらおうと。理由もわからずあがいているのだ。


「ん」


 志波姫は顔の横をかすめていった見えざる弾で異変を感じ取った。なにかが変化したと。より危険なことが起こっていると。

 あらゆるスキルを筋力で補正する脳筋赤谷がさらにパワーを追加するということは、それに連動するありとあらゆるスキルの出力が連鎖的に増加するということだ。 

 すなわち赤谷誠が放っている弾幕全体の火力が一斉に超強化されたのだ。

 

 空気を裂く音がより鋭利になった。志波姫は目を大きく開く。

 想定より速く着弾する目に見える弾。油断してたわけじゃない。それまでと違う速さでいきなり来られたら対応がむずかしいのだ。


 それは回避できないタイミングだった。

 だから、圧縮球塊を木刀で弾こうとした。


 そして感じることになった。赤谷が血を吐き、痛みをこらえて放った弾の重みを。

 手に伝わってくる手ごたえと、ミシッ! と刀身に大きな亀裂がはいったことによって。

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