やはり似た者同士

 斜陽を背に志波姫は木刀をそっとおろす。

 

「どうしてここにいるんだよ」

「それは剣聖クラブにってことかしら。だとしたら、それは私が部長だからとしか答えようがないけれど」


 志波姫は木刀を片手に、腕を組み肘をだいて恨めしいように見つめてくる。


「さっそく人を殺しそうな目するなよ。癖になってるのか」

「大丈夫よ。やるなら一撃で。誰にも気づかれずに消せると思うわ」

「犯行がバレたあとの心配してるわけじゃねえ」

「死亡保険がおりるかはわからないけど」

「残された遺族の心配してるわけでもねえ!」


 どうやら殺すことはきまちゃってるみたいだ。


「なんだよ、俺がなにかしたのか」

「赤谷くん、どうしてこんな遅刻しているわけ」

「それで怒ってるのか?」

「質問しているのはわたしよ。海水に放流するわよ」


 淡水なら大丈夫とかいう設定ないからね、俺。


「部活あると思わなかったんだ」

「来ているじゃない。脊髄反射で言い訳しても自分を追い込むだけだと思うけれど」

「いやまじでだってば。誰かがいるとは思わなかったんだ。みんな帰っちゃったし、どうせい誰もいないんなんだろうなって思ってた」


 斜に構えた黒瞳がこちらを見つめてくる。視線をなんとなくそらす。


「みんなに会いたかったのね」

「そういうわけじゃない」


 即レスで否定しておく。それは違う。俺はなれ合いなど好まぬ人間。俺は孤独を選んだ。俺は自分の意志で孤独を選択しているのだから、俺からだれかに会いたいなどと願うことはありえないんだ。これまでも、そしてこれからも。


「俺はなれ合いは嫌いだ。人間はひとりで生きていけるんだ」

「そうね。それには同意するわ」


 彼女とはいくつかの点で思想を共有していると思っている。志波姫も同様なのだろう。彼女が俺を見るまなざしにはある種の味方へ向けたもののような、奇妙な信頼感があるように感じることがある。気のせいかもしれないが。たぶん気のせいだろう。気のせいな気がしてきた。


「実家には帰らないのか」

「いろいろあるのよ」

「いろいろってなんだよ」

「教えたくないわ」


 志波姫って金持ちの家の子だったよな。いろいろって本当にいろいろありそうだ。気になる。思えば、俺、志波姫のことよく知らないんだよな。


「お前ってどこ出身なんだ? 埼玉? 群馬?」

「その二択はなんなの。ダサい県ばかり列挙して、思わずわたしが失言をすることを期待してるのなら失敗よ」


 おそらく成功してます。


「って、別に埼玉はダサくねえだろうがッ!!! 埼玉舐めるんじゃねええッ!!!」

「本気すぎじゃない……?」

「はぐらかすな。俺は埼玉出身だって教えたのに、そっちは言わないなんてフェアじゃないぞ」

「勝手に自白しただけじゃない」


 志波姫は呆れたようにおでこに手をそえる。


「あなたのほうこそなんなのよ」

「俺?」

「ええ。わたしのことばかりだけど、あなただって大概意味不明よ。ある日、突然、スキルをたくさん覚醒させて同級生を実験台にしてきたりとか」


 それは、その、言えない。スキルツリーのことは、ツリーキャットが口外してほしくないって言ってるし、俺も体内で樹育ててるって知られたくないし。


「そうね、あとはあなたもなんでまだ学校にいるのかしら」


 それも、なんか、別に話したくないなぁ……。


「口ごもるじゃない。誰しも話したくないことくらいあるわ」


 すげえ正論でかえすじゃん。


「じゃあ、どうして志波姫のほうは部活にきたんだよ」

「平日は毎日一時間は活動するように言われているでしょう。来るのがデフォルトなのよ」


 そうかな。今日は夏休みの帰省日だ。

 正直、今日くらい部活にこなくたって、どうとでも言い訳はできる。

 俺はなんかひっかかり、ふと、もしかしたらと理由を口にしてみた。


「もしかしてお前、みんなに会いたかったのか?」


 志波姫は一瞬硬直する。図星を突かれたような顔。

 でも、彼女がみんなに会いたいと思ってるイメージがわかないのだ、実際は違うのだろう。

 あれれ、なんか、目元に影が落ち、みるみるうちに恐くなっていきますね。えぇ。


「赤谷君」

「なん、だよ……?」

「剣をとりなさい」

「……怒ったのか?」

「ええ。腹立たしいと感じたわ」

「な、なんでだよ、別に怒らせるようなこといってないだろ……!」

「あなたは侮りすぎよ。どうすればわたしが赤谷君なんかに会いたいなんて気色悪いセクハラ発言ができるのかしら」

「俺そんなこと言ったっけ!?」


 もしかしたら志波姫もみんなに会いたくて、こなくてもいい部活にわざわざ来たんじゃないかと言ってみただけなのに! 可能性の話をしただけなのに!


 志波姫が木刀を投げ渡してくる。受け取る。震えがとまらない。

 彼女は正眼にかまえ、俺も応えるよう剣を構えた。やるしかない。


 思えば入学式に会ってからこいつにまともな勝負で土をつけたことは一度もなかった。

 1学期の間、俺は頑張ってきた。いわば今日は集大成の俺がいる。1学期の努力の結果。


「俺が勝ったら、さっきのいろいろの件、教えろよ」

「どうしてそんな気になるの。別に面白いことじゃないけれど」

「頑なに言わないから興味が出てきた」

「禁じられた行為ほど人を惹きつけるというやつかしら」


 短く息を吐き、俺はすばやく太刀を打ちこむ。

 志波姫は剣を受け止め、空気がきしみ、教室が揺れる。

 木刀がぶつかると同時に俺の剣が、志波姫の剣を押しこむ。

 彼女は顔をしかめた。いける。この赤谷誠、何度も同じ相手に負けることはない!

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