優勝賞金と報奨金

 ──芥真紀の視点



「あー連絡先聞きそびれちゃった」

 

 芥はヴィルトにさらわれる赤谷を見送り、教室にもどった。

 窓側の後ろの席、仲良しの林道が席にすわって友達と談笑している。


「琴音、赤谷の連絡先を手に入れた」

「え?」


 それまでほかの友達と仲良さそうに話していた林道は、ハッとして芥を見上げた。

 その表情にはさまざまな感情が宿っており、一言で表せるものではなかった。

 ひとつだけ意味を抜き出すとすれば「裏切者」という視線は含まれている気がした。


「ちょ、ちょ、なな、んで真紀が!」

「うっそー! いやさ、琴音が聞きたがってるかなぁって思ってねぇ」

「べべ、別に全然そんなの知りたくないよ」

「そうなんだ。じゃあ、連絡先を教えてもらっても琴音には共有しなくて大丈夫そうだね」

「いや……っ、それは、友達だからね、そこはそこだよ。共有はしてもらわないと」

「ふーん」

 

 芥はそれまでなんとなーく、親友の林道の心を察していた。

 そして実際に深堀りしてみて、見事にあたりだったと確信した。


(うーん、これはこの子、恋をしてますねえ)


 芥は悟った。



 ──赤谷誠の視点



 ヴィルトにせっせと押され剣聖クラブの部室にやってきた。

 部室にはいるといつものように椅子に腰かけて静かに読書している志波姫が顔をあげた。


「あら、赤谷君のくせにヴィルトに触ってもらえたのね」

「いかがわしい言い方はよせ。なんだ触ってもらえたって。指先を振れるのを躊躇するほどネバネバしてないだろ」

「赤谷君がネバネバしているかいないかは程度の問題よ。決めるのはわたし」

「言ったもの勝ちじゃねえか」

「赤谷、こっち見て。部活に集中しよ」


 ヴィルトは木刀でちょんちょんっとつついてきた。

 ずいっと渡してくる。気迫におされて受け取った。まだむっとしてるな。

 黙々と木刀で攻撃してくるヴィルトと稽古をする。

 

 そこへ、林道がやってきた。


「赤谷さ、真紀になにか変なこと言われなかった?」

「え? 変なこと、あーそういえばさっき────」


 林道のほうへ首を向けた途端、ヴィルトの木刀が俺の脳天をとらえた。


「いったぁ!?」

「隙あり」

「隙あり、じゃなくて……!」

「こっち見てないとだめだよ。いまは私と稽古してるんだから」


 あっけらかんとした顔で正論をつきつけてくる。


「ハローハロー、部活しっかりやってるかなー?」

 

 入り口の林道を押し込んでさらなるお客さんが現れた。


「オズモンド先生? どうしてここに」

「私はこの部活の顧問だよ? おかしなことはないだろう?」

「いや、そうですけど。普段こないじゃないですか」

「今回は赤谷、君に用があったんだ。ホームルームで呼び止めるつもりだったけど言い忘れていてね」


 彼が俺のもとに来るときはろくなことがない。

 ちょっとオズモンド先生が楽しげな時はなお悪し。

 いまはちょっと楽しそうなので、俺の気持ちは萎えている。


「赤谷、心当たりがあるんじゃないのかな」

「俺なにか悪いことしましたっけ?」

「やりすぎて忘れたのかしら」

「志波姫、うるさいぞ。いま俺はオズモンド先生と大事な話をしてるんだ」


 俺は考えに考え、ハッとしてヴィルトのほうを見た。

 ヴィルトは綺麗な顔で見返してきて「?」と首とかしげる。

 

「裏切った、のか……ヴィルト……?」

「?」

「赤谷、このあと職員室にきなさい。大事な話がある」


 うぉぉおお! これヴィルトにフィギュア犯罪のことを密告されただろぉぉ! 


「赤谷」

「なにも言わなくていい。そうだよな。普通に考えたら許せなかったんだよな……だからなにも言わなくていい」

「どうやら心当たりがあったみたいだね、赤谷。それじゃあいこうか! わくわくする話だぞ!」


 オズモンド先生はうるさい顔にセクシーなえくぼを浮かべて笑顔をつくる。俺の犯罪があばかれたことがそんなに楽しいのだろうか。


 俺はほとんど連行されてる気持ちで中央棟職員室にやってきた。

 

「オズモンド先生、聞いてください。この事件には黒幕がいます。縛堂つぼみという先輩が俺にいかがわしい技術を伝授させてきて──」

「チェインに逮捕の功労者として、君に報奨金が届いている」

「え?」


 仲間を売ろうとしかけたところで、オズモンド先生は話はじめた。

 

「報奨金……?」

「そうだ。報奨金だ」

「いくらですか?」

「2,000万円だ」

「ふえええええ……!?」


 いきなりのことで過呼吸になりかける。

 落ち着け、俺、ことの経緯を聞くんだ。


「その顔を見るに知らなかったようだね! 驚くところをみれて私は満足だよ!」

「チェインに2,000万円の懸賞金がかかってたのは知ってました」

「なんだ。知ってたのか。じゃあなんで驚いてる」

「いや、そういうのって本当にもらえるんだなって」

「まあ、おおきなお金だからね。実際に渡すまでに時間がかかったり、かからなかったりするのはよくあることなんじゃないかな。知らないけど」

「なるほど……しかし、俺がもらっていいんですか?」

「どうしてだい。君は偶然と敵の思惑を破り、チェイン一派の逮捕に貢献した。十分にもらう資格があるだろう」

「資格があるとしたら、羽生先生かな、と」


 冷静に考えれば、チェインを最終的に捕縛したのは羽生先生だった。志波姫もいた。俺だけの力ではない。


「そのことなら気にしなくていい。報奨金はそれぞれの功績におうじて分割するのがいいのだろうが、厳密に現場の状況なんてわからないからね。なにより、君に2,000万円を受け取る資格があるとしたのは羽生先生自身だ」


 羽生先生……まじかよ……。


「これらは英雄ポイントでの贈呈じゃない。代表者競技優勝賞金もいっきに渡されると思う。あわせて2,300万、銀行口座でふりこみするから、近いうちにメールで教えてくれたまへ」

「わかりました」

 

 代表者競技の優勝賞金。

 チェイン逮捕の報奨金。

 赤谷誠、ブルジョワになりました。


 でもこの金には使い道がある。

 まさかこんなはやく目標金額に到達するとは……。

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