夏休みアレルギー

 1日のカリキュラムが終わった。

 午前中だけの短縮授業なのでほんとうにちょこっと学校にきただけで終わった。

 

「みんな明日が夏休み前最後の登校だ! 波乱万丈の1学期だったがあっとういう間だったね。荷物をまとめてスムーズに帰れるようにしておくんだよ!」


 先生の声にクラスはがやがやしはじめる。近くの席の友達と話しだす者たちは、みんな学校終わりにどこに遊びに行くかを話し、夏休みの予定すら会議しはじめる。

 みたまへ、

この論理の欠落した生徒たちを。嘆かわしいことだ。


 夏休みとは休むためにあるのであって、わざわざ暑い中、外にでて偽りの青春を謳歌するためのものではない。自分に嘘をつくものは、長期休暇のあいだも嘘をつきつづけなければいけなくなるということだろう。彼らは学校という舞台で他人にあわせ、空気を読んで、仲間外れにされないために、学校から解放される時間すら献上するのだ。なんと憐れな生き方なのだろう。なんと盲目的で、本末転倒なのだろう。


 俺か? 俺はもちろん、夏休みという時間でさえ有効活用するつもりだ。

 年齢にあがるにつれ遊び呼ばれる回数は減っていき、中学2年生あたりから誰にも遊びに誘われなくなった。

 勘違いしないでほしい。これは悲しい過去を吐露しているわけではない。俺は勝者であることを言及したいだけだ。


 この赤谷誠の夏休みとは完全試合の夏休みなのだ。

 そこに不純物は一切介入しない。

 すべてが俺の意志で遂行されるものなのだ。


 いつわりの青春戯曲家どもは、そうじゃない。

 男女で花火いったり、お祭りいったり、プールとか、川とかいって楽しくすごすらしいが、それが実は楽しいことではないことを彼らは知らない。

 バーベキュー? ちゃんちゃらおかしい。熱いなか蚊にさされながら喰う肉のなにが美味い。涼しい部屋で喰うほうが美味いに決まってるだろうが!


 コスパの面でもそうだ。収入の限られる学生のうちこそコスパを重視するべきなんだ。涼しい部屋で基本無料のゲームを遊び倒したり、サブスクで動画を視聴するのが、論理的科学的にもっともすぐれた青春の過ごし方である。加えてこれらの趣味は楽しさも担保されている。


 他方、青春ごっこしている彼らを見てみよう。お祭りにいけば、たいしたことない茶色い麺やら茶色い肉が法外な値段で売られ、水場にいくためには水着を買わなくてはいけない、バーベキューのコストなんてもってのほかだ。そのうえ、実際にいってみたら友達と喧嘩して1日が台無しになるリスクを抱えてる。コストがかかるわりに楽しさも担保されていない。これは何の冗談だ?


 ゆえに俺は鼻で笑うのだ。

 ゆえに俺は『夏休み、花火、プール、祭り』ここら辺のワードをひとつの文節で同時に使用するやつらを軽蔑するのだ。


「赤谷は帰るの?」


 ヴィルトはぼそっと聞いてくる。


「実家にか」

「うん」

「帰らない、と思う」


 あの家に帰る理由はない。

 あの家に帰るのは契約を果たす時だ。

 

「夏休み中はずっと寮だと思うな。ヴィルトのほうは帰るのか」

「うん。帰るよ」

「帰るって、国外? スイス?」

「うん。スイスもそうだし、たぶん旅行とかもちょこちょこする」

「そっか」

「うん。……夏休みの予定とか決まってるの?」

「特に決まってないな」

「そっか。じゃあ。うーん」


 ヴィルトはなにか言いたげ「うーん」とうなっていたが、結局なにも言わず、その場で顔をうつむかせた。

 俺は高鳴る心臓の音を抑え込み、バカな想像を打ち消した。そんなわけないだろ。なに誘われるの期待してるんだ。

 

 ホームルームが終わり、俺はカバンを片手に席をたつ。

 廊下にでると、女子と鉢合わせた。進路がかさなりびくっと震える。すこし鋭い目つきの女子でだ。


「あっ、赤谷だ」


 言って林道グループの女子のひとりと目があった。

 こいつはたしか……芥真紀あくたまき。林道といつも一緒にいる陽キャ女子だ。


「おう」

「そうそう、一昨日はさ、ありがと」

「え?」

「ほら、決闘部のところで助けてくれたでしょ?」


 芥は髪を耳にかけながら、はは、とはにかんだ笑顔でいう。


「普段、まったく話さないからなーんか話かけづらいなぁーっと思ってたんだけど、やっぱり言っておいたほうが気持ちがいいと思って! 琴音も私たちも助けてくれてほんと感謝してるんだ」

「お、おう、そっか」


 あぁ、あぁ、だめだ、いきなり話しかけられたせいで言葉がでてこない。せめて話慣れてるやつならいいんだけど。


「赤谷ってけっこう根暗っぽいよね。なんていうの、陰キャ?」


 あれ? いきなり悪口になったが?


「いやいや、ごめん、悪い意味じゃなくてさ。正直、最初のころは変な奴だと思ってたんだ。ダンジョンホール事件から帰ってきたら琴音もけっこうあんたのこと気にいってるみたいで、構いにいくし、なんでだろうって思ってたけど」


 たぶん林道が優しい子だからだ。


「でも、なんかわかった気がするんだよ。最近の赤谷ってなんかすごいよ。言葉で言い合わせないけど、本当にすごい」

「そう、か。ありがと」

「うーん、まあ言いたいことはこんな感じかな。あっ! そうそう、連絡先交換しない?」

「!?」

「夏休みさ、琴音と花火いくんだよね。赤谷のこともっと知りたいし、どっか暇なタイミングで遊ばない?」


 な、なな、なんだ、このコミュ力は……距離の詰め方は、もしかして俺のこと好き? これ好き? いける? 脈あり? 俺のこと好きになってくれる人好き! これもしかして夏休みはじめて女子と遊びにいくことになるのか!? やっt……って、いやいや、まずい、冷静になれ! 落ち着くんだ! 俺の純潔が弄ばれているだけぞ! 舞い上がらせる珍妙な話術をつかいおって、おのれ陽キャ女子! おのれスクールカースト上位! 


「ちょっといいかな」

「あっ、聖女さま……」


 芥のあまりのコミュ力に戦慄し、震え、蛇ににらまれた蛙のようになっていると、声がかかった。

 気が付けばヴィルトがすぐ隣でじーっと見てきていた。心なしかむすっとしているように見える。


「赤谷はこのあと部活がある。彼は副部長。足止めするのはよくないよ」

「あっ、ちょっと、連絡先だけ」

「赤谷の連絡先は事務所を通さないとだめ」


 ヴィルトはそんなこと言って、俺の背中をぐいぐい押してきた。

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