アイザイア・ヴィルトは動揺させたい

 今日もまたポイントミッション『ジャブ漬けの日々』にボクシング部の部室で取り組む。

 左右の手で交互にそれぞれ5,000回ずつ、打撃の術理をしみこませていく。


 誰もいないボクシング部の部室だ。

 部長の村崎先輩に部室のコードキーを共有してもらっているので、使いたい時に使用できる。

 だから、誰もいない登校前の部室を使うことができている。

 

 ひたすらにサンドバッグを打つときは集中しているので考え事をすることはない。

 でも、今日はツリーキャットから受けた報告のせいで、心配事がぬぐえなかった。


 チェインが売り払ってしまった『血に枯れた種子アダムズシード』は俺の力の源だった。

 それらはあのチェインよりも恐ろしそうな崩壊論者『蒼い笑顔ペイルドスマイル』なるものの手に渡ってしまったらしい。

 

 これまではチェインが英雄高校に恨みをもっていて、シードホルダーを使って攻撃を仕掛けていたから、必然と『血に枯れた種子アダムズシード』を集めることができていたが、『蒼い笑顔ペイルドスマイル』はそんなことはしないだろう。種子を集めるのはこれまで以上に難しいと想像できる。


 チェインが捕まって、その仲間だった扉間も、内通者だったジェモール先生もお縄についてからは、英雄高校に覆いかぶさっていた緊張感は失われた。

 事件が終わり、平和が訪れたことは喜ばしいことだ。でも、チェインが学校に干渉していたからこそ、俺が種子を集めることができていたことを思えば、複雑な思いを抱かざるを得ない。


 才能のない俺が持っていた唯一の成長手段が失われたのだから。


 パンパン、パン、パン。


 サンドバッグを打つグローブの音が響く。

 ふと、思う。技術による戦闘能力という道を。


「こっちはまだまだ練習できるか」


 スキルツリーが与えてくれた技量ステータスや『学習能力アップ』は要領の悪い俺に恩恵をもたらしている。

 こんな俺でも技を身に着けることができるのだ。最近ずっと打ち込んでいるジャブや体術、剣術などなど。

 強さの種類はたくさんある。俺はそれらへ手を伸ばすことすらおこがましいほどの雑魚だったが、いまなら手を伸ばせば届かせることができるくらいには、スキルツリーが下駄を履かせてくれている。


「成長できるかは俺次第……か」


 俺はグローブを外して、部室をあとにした。

 ポイントミッション『ジャブ漬けの日々』を完了して手に入れたスキルポイントは、『発展防御』『発展体力』『発展抵抗』にそれぞれふりわけた。

 ステータスは以下のように変化した。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Status】

 赤谷誠

 レベル:0

 体力 30,000 / 30,000

 魔力 40,000 / 40,000

 防御 30,000

 筋力 100,000

 技量 100,000

 知力 10,000

 抵抗 20,000

 敏捷 20,000

 神秘 10,000

 精神 10,000


【Skill】

 『スキルトーカー』

 『発展体力』×3

 『発展魔力』×4

 『発展防御』×3

 『完成筋力』  

 『完成技量』  

 『発展知力』

 『発展抵抗』×2

 『発展敏捷』×2

 『発展神秘』

 『発展精神』

 『かたくなる』

 『やわらかくなる』

 『くっつく』

 『筋力で飛ばす』

 『筋力で引きよせる』

 『筋力でとどめる』

 『曲げる』

 『第六感』×3

 『瞬発力』×3

 『筋力増強』×3

 『圧縮』

 『ペペロンチーノ』×2

 『毒耐性』

 『シェフ』

 『ステップ』×2

 『浮遊』

 『触手』

 『たくさんの触手』

 『筋力で金属加工』

 『手料理』

 『放水』

 『学習能力アップ』

 『温める』×4

 『転倒』

 『足払い』

 『拳撃』

 『近接攻撃』

 『剣撃』

 『ハンバーグ』

 『聖属性付与』

 『闇属性付与』

 『』


【Equipment】

 『スキルツリー』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 登校し、4組の教室にはいる。

 

「おはよ」


 ヴィルトがちらっと見てくる。

 

「赤谷、動揺してる?」

「してないが」

「そっか」


 どういう意図があるかはわからないが、俺はもう学んでいる。

 人畜無害であり、正直ゆえにたまに毒舌になる彼女は、ときに他者をからかって弄ぶところがあると。

 昨日はしてやられたが、この赤谷誠、同じ敗北をくりかえすことはない。


「赤谷のことだから、昨日の今日で、私の顔を見れないんじゃないかなと思った」

「見れるけどな。なぜなら動揺していないから。全然見れる」


 たしかに昨晩の出来事はまあ、しばらくわだかまりとなって心に沈殿し、しばらくは会話しないだろう出来事ではあるが、だからといってそのことで永遠にからかわれつづけるのは面白くない。


 弱みを見せれば彼女を面白がらせることになる。

 だから、俺は自信をもって挑戦してきた彼女を迎え撃ち、頬杖をついて余裕をかますヴィルトをじっと見返した。


 3秒ほど視線が交差する。

 いたたまれなさは幾何級数的に増加し、俺は顔が熱くなるのを感じた。


 ヴィルトととのガンのつけあい。

 さきに顔をそらしたのはヴィルトのほうだった。

 ぷいっとあっちを向いてしまう。

 

 どうやら俺の勝ちのようだ。

 俺が動揺していないことが認められた。


「ん? ヴィルト、お前、なんか耳が赤くなってないか」

「なってない」

 

 いや、なってるような気がするが……。耳だけじゃない。うっすら頬が染まっている。

 口元を袖で隠しているがそれで誤魔化せると思っているのだろうか。

 

「変態をまえに震えがとまらないだけだよ」

「動揺してるってことか。そうか」

「だから、してないってば。赤谷、言いがかりはよくないよ。それはスイスでは違法」

「そんな局所的な違法があるのか……」

「うん。ある。ほら、先生来たよ。これ以上こっちを見てきたら赤谷がつくったフィギュアをもって法廷にかけこむ覚悟だよ」

「それはズルだろうが……」

「てい」


 ヴィルトはひとさし指で文字通り俺の頬を突きさして視線を教壇へむけさせた。

 なんでお前がちょっと恥ずかしがってるんだよ。先に負けるなら挑んでくるんじゃない。

 ほとんど自爆テロみたいな攻撃のせいで、ホームルーム前からやたらと身体が熱かった。

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