種子はどこへ

 翌朝。

 

「赤谷ボーイ、請求は後日に連絡がいくと思うから無視しないように」


 ダビデ寮長は事務所にもどっていく。

 俺は肩を落とし、自室にもどった。

 ガラスが砕かれ、開放感のある窓から気持ちのいい風が吹きこんでいる。


 俺は洗面台に足を運び、自分の顔を見つめる。


「完成があるんですか」


 昨晩、俺は『完成筋力』と『完成技量』を手に入れた。

 それはただひとつでステータス値100,000を誇るパッシブスキルだった。

 破格の数字だ。文字通りの桁違い。


 でも、それは完成を迎えた。

 次なる取得可能スキルも出てこなかった。

 つまりそこで打ち止めということだ。


 俺には自分で成長する才能がまったくない。

 俺の力はすべてスキルツリーがくれた力だ。

 俺が取得するはずの経験値がスキルツリーに吸われてる説は濃厚だが、だとしても、もしスキルツリーがなかったとしても俺は大したやつにはなれなかったと思う。スキルツリーが俺を強くしてくれたから俺はやってこれた。


「ひとまずはスキルポイントの割り振り先はあるけど……これステータス系のスキルをすべて完成させちゃったら、俺そこで成長とまるんじゃねえの」


 じわっと嫌な感じがわいてきた。

 脇汗もなぜかかいてしまう。

 成長がないことの恐ろしさを俺は知ってる。

 どれだけ頑張っても一向に物事が進まない虚しさ。

 またあの状態に戻ってしまうのかな……。

 

「にゃにゃ(訳:赤谷くん、おはようにゃん)」


 風吹く窓辺に黒猫がひょこっとのぼってくる。

 ツリーキャットがお散歩から帰ってきた。


「久しぶりだな。テスト前からしばらく会ってなかったけど」

「にゃあ(訳:またすこし遠出していたにゃん。心配しなくても、私は怪我とかしてないにゃん)」

「それはよかった」


 ツリーキャットは壊れた窓を見やる。


「にゃー(訳:赤谷くんも元気そうでよかったにゃ)」

「ツリーキャット、実は俺、期末テスト19位だったんだ」


 俺はツリーキャットに連日の出来事を話してあげた。

 この子はたびたびどこかへ姿を消す。その期間は数日から数週間に及ぶこともある。

 でも、必ず帰ってくる。なので帰ってきたときは、積もった話を聞かせてあげている。


「にゃ~ん(訳:やっぱり、赤谷くんは頑張り屋さんだにゃん。見違えるように立派になってみえるにゃん)」

「あのさ、ツリーキャット、完成しちゃったんだよ。完成したってことは、その次がないってことだろう? 俺はまた成長できなくなっちゃうのかな」


 ツリーキャットは能天気に顔を洗いながら「にゃー」と思案する。


「にゃん(訳:赤谷くんに宿っているスキルは『血に枯れた種子アダムズシード』を飲み込んで成長したスキルツリーからやってきているにゃん。新しい『血に枯れた種子アダムズシード』を手にいれれば、また新しいスキルを手に入れることができるにゃ)」

「それはそうなんだけど、ほら、キモイクルミを持っていたチェインは肝心のブツを持ってなかっただろ? あいつを倒せばキモイクルミを大量ゲットできると心のどこかでは思ってたのに……」


 まったく、どこにやったんだか。


「にゃー(訳:だとしたらちょうどいいタイミングだったにゃん)」

「なにがだよ」

「にゃん(訳:私の目的は覚えているにゃ? チェインに奪われた『血に枯れた種子アダムズシード』を取り戻すことにゃ。実は私は消えた『血に枯れた種子アダムズシード』行方を追っていたにゃん。現物は見つけられてないけど、痕跡を見つけることができたにゃ)」

「痕跡?」

「にゃー(訳:すこし面倒なことになってしまっているよにゃ)」


 ツリーキャットは語った。チェインの手元から『血に枯れた種子アダムズシード』がなくなっていたわけを。

 この猫は俺とチェインたちが戦ったあの廃墟や、そのほかの隠れ家を捜索したらしい。

 そこで『血に枯れた種子アダムズシード』を見つけることはできなかったが、『血に枯れた種子アダムズシード』を売った記録を見つけたという。

 どうにもチェインは活動資金を手に入れるために『血に枯れた種子アダムズシード』を闇の世界で金に換えたようなのである。


「そういえば、人造人間は高価な兵器とかって話だったけ」


 学校を去る時、羽生先生もいぶかしんでいた。

 チェインが短期間で人造人間を用意したことを。

 あの崩壊論者にはスポンサーがいて、そのスポンサーが人造人間を提供したのではないか、と疑ってもいた。


 実際のところは、『血に枯れた種子アダムズシード』を金にかえて、その金で人造人間を買っていたのかもしれない。そう考えるほうが辻褄があう。


「にゃーん(訳:失念してたにゃ。まさかチェインにそれほどのツテがあったなんて。正直、『血に枯れた種子アダムズシード』なんてその価値がわからないと大金をだすものなんていないと思うにゃ)」

「それじゃあ、『血に枯れた種子アダムズシード』は価値のわかるやつのもとに流れていっちゃったってことか」

「にゃ~(訳:チェインの取引相手の名前は『蒼い笑顔ペイルドスマイル』。こいつのことも調べてみたけど、どうやら武器兵器を流通させてる崩壊論者だったにゃ。財団に指名手配されてたにゃ。懸賞金は1億4,000万円にゃん)」


 チェインの懸賞金がたしか2,000万円とかだった気がするから……単純計算で7倍やべえやつ? 


「そんなやつからキモイクルミを取り戻すの厳しそうだなぁ……」


 俺は生ぬるい絶望をうっすらと感じて、静かに腰をおろした。

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