新手の変態行為

 ヴィルトはキョトンッとする。ハッとして前のめりになった。


「赤谷にとって、一番身近な存在が、私だってこと?」

「えーっと、そうなるな。あくまで俺にとってはだけど。ほら、俺ってあんまり知り合いいないからさ、お前は席も隣だし、ほら、俺たち知り合い程度ではあるだろ?」

「うんん、知り合いじゃないよ。友達だと思う」

「……そうか?」

「うん」


 ヴィルトはフィギュアを見つめ「これは完成しているの?」とたずねてくる。

 ふわふわした頭で「いや、まだ」と答える。


「今から師匠のところで色をつけようと思ってて……」

「そっか。いまから完成させにいくところだったんだ。面白そうだから、私もついていっていい?」

「別に構わないけど、師匠にさきに確認させてくれるか」

「もちろん」


 フィギュア研究部に足を運び、部屋の外でヴィルトを待たせておいて、俺は縛堂先輩の背中に声をかけた。

 入れてもいいと言われたのでヴィルトをフィギュア研究部に招き入れた。


「こんにちは。赤谷の一番身近な友達のアイザイア・ヴィルトです」

「まさかフィギュアのモデルがたずねてくるなんて。赤谷少年、君は彼女と友達だったのか」

「まあ、そういうことになりますね」


 縛堂先輩は耳元に口を近づけてくる。


「君の変態性にはあきれるな。身近な友達にたいして一体どれほどの歪んだ感情をもっているんだい?」

「先輩は俺にたいして大きな誤解をしているんですよ」

「ぼくはそうは思わないがね」


 縛堂先輩は気前よく色塗りを教えてくれた。わりと面倒な工程だったが、色をつけて命を吹き込みたいという思いと、「すごい」と言ってくれたヴィルトがついてきてしまっている手前引き返せなかったので、俺は塗装の工程をひとつずつ踏んでいった。

 

 黒い制服とネクタイ、スカートからのぞく健康的な太ももと、美しい銀髪、平熱の表情、すべてがいい感じの鮮やかさを持つ頃には、外は暗くなっていた。

 その間、ヴィルトはずっと俺の隣で作業を眺めていた。縛堂先輩はすこし離れたところでおおきな人形をがちゃがちゃ動かしていて、たまに俺の作業を眺めにきてくれた。


「完成だ」

「おつかれさま」


 机のうえにヴィルトフィギュアを置く。

 ヴィルトはくたびれた様子で頬杖をついて眺める。


 俺たちの背後からぬっと手が伸びてヴィルトフィギュアをもちあげた。

 その手の主はもちろん縛堂先輩で、スカートのなかをのぞきこみ「スカートのなか塗れてないよ」とノンデリにもほどがある発言をかます。


 想像を絶することを平気でやるな、この人は。ヴィルトのいる手前で、ヴィルトのフィギュアのスカートのなかに筆をいれるわけにいかんだろうが。新手のセクハラですか。ほ~ら、こんな恥ずかしいところ塗っちゃうよぉ~(ニチャア って馬鹿か。


「それは私も思った。赤谷、恥ずかしがってる?」 


 ヴィルトは机にこてんっと頭を預けて、口元を袖で隠しながらたずねてくる。

 おかしい。どうして俺のほうがこんな恥ずかしい気分にさせられてるんだ。これは新手のセクハラですか。


「いや、だって、気まずいだろ……」

「気まずいのに私のスカートのなかは再現したの?」

「俺じゃないんだ。これは縛堂先輩が!」

「この期に及んで師匠に責任をなすりつけるなんていただけないな、赤谷少年」

「赤谷は職人だもんね。こだわりがあるのはわかるよ。赤谷も男子だもんね」


 ヴィルトは口元を袖で隠しながら察するような雰囲気をだしてきた。頬がすこし染まっているのは、気のせいではないだろう。


「なあ、この会話、やめないか。お互いにダメージを負うだけだと思うんだが……」

「全然。私はなにもダメージ受けてないよ」

「いや、嘘だな。たぶん羞恥心に抗いきれてないだろ……」

「そんなことないよ。私は別に恥ずかしくないもん」

「いちゃついてるところ悪いけど、赤谷少年は塗るの? 塗らないの? 君が塗らないなら私が塗るけど」

「どっちにしろ塗るんじゃないすか」

「当然。気になりすぎる」


 俺にヴィルトフィギュアのパンツを本人の目の前で塗る覚悟はなかった。

 俺がそれを避けていることを見透かされたうえで、さらにヴィルト本人が俺の葛藤を楽しんでいる状況下で、平然とパンツを塗る度胸なんてあるわけがない。いや、まあ、ここで勇気をだしてパンツを塗れれば、身を切りながら俺のことをからかっているヴィルトに羞恥心ダメージを与えられたんだろうが、そんなことをすればヴィルトが悶えるまえに、俺が自滅することになる。


「それじゃあ、ヴィルト少女、こっちにきてくれるかな」

「うん、わかりました」

「赤谷少年はこっち見ちゃだめだからね」

「見ませんよ」


 縛堂先輩とヴィルトが向こうにいく。俺は反対側を向いてそこでなにが行われているのかを確認したい好奇心をぐっと抑えながら耐えた。


「ふむふむ、この作業を赤谷少年に代わってあげてもよかったが、しかし、ぼくが適任だろう。彼には刺激がつよすぎる」


 刺激が強い、いったいどんなことをしているんだ!


「もういいよ~」


 言われてゆらりとふりかえると、ヴィルトが満足そうにフィギュアをもっていた。

 

「塗装は完了した」

「そう、ですか」

「このフィギュア、赤谷少年がもってかえるかい?」

「えーと……」


 なんだその質問は。このフィギュアは俺のものなのだから、まあ、普通に持ってかえると答えてもおかしくはないはずだ。


 いや、違う、そうか、そういうことか。脳が高速で回転し、さっきからずっと微妙に恥ずかしい空気感にさらされている理由を導き出した。

 おそらくヴィルトフィギュアには色付けがされた。スカートの中まで。そんなハイクオリティなヴィルトフィギュアを俺が持って帰りたいと言えば、それはつまり、俺は今日のヴィルトのパンツの色を確認できるということだ。なんだそれ、ちょっと……いいな。


「赤谷、これ、私が欲しくなった」

「え」


 ヴィルトを見やれば、いたたまれなそうな顔で自分のフィギュアを抱えていた。

 これはあれだな。俺がヴィルトにあげなければ、それはすなわち俺がどうしてもヴィルトのパンツの色を確認したい変態みたいになるな。


「お願い。これちょうだい」

「えーっと……」

「ねえ、だめ? どうしても欲しいんだ」

「……別にいいけど」

「よかった」

「あらら、せっかくの機会だったのに」


 縛堂先輩は「あとで後悔するよ」と耳元で俺にいいながら、向こうにいってしまった。

 先輩はわかっていない。後悔ならすでにしている。おパンツ……ッ!

 

「ありがと、赤谷にフィギュアをもっていかれてたら、私のパンツをしげしげと鑑賞されるところだったよ」

「とんでもない変態扱いだな。まあもうなんて言われてもいいさ。命拾いしたな」

「途中で気づいたんだよ。『あれ、もしかしてこれってパンツの色も塗るのかな?』とか、『赤谷が私のスカートのなか真剣に塗り始めたらどうしよう』とか」

「俺も途中で気づいたんだ。さては恐ろしく恥ずかしいことをしようとしているのではって」

「そっか。お互い気づいてよかったね」


 別によくはない。なぜなら気づいているのに、気づいてないふりをして、俺に死ぬほど恥ずかしいことをさせようとしてたスイス人がいたからです。あれはひどいイタズラでした。


 ふたりで訓練棟の外まで出てきた。

 外はすでに暗くなっていた。


「私のフィギュア作ってもいいけど、あんまりたくさんの人に見せびらかしちゃだめだよ。特にスカートのなかとか」

「もちろんそんなことしないけど。万が一、見つかったらどうなるんだ」

「変態って呼ぶ。あと怒るかも」


 ヴィルトは言って、俺のお腹を指でぐさっと刺してくると、気恥ずかしそうに女子寮のほうに小走りで去っていった。


 普段はあまり動揺を見せてくれない彼女だが、今日はいくらか焦ってるところを見せた。

 やっぱりけっこう恥ずかしかったのだろう。俺が恥ずかしかったのと同様に。


 本人のフィギュアをつくって、本人の目の前でパンツを塗ってその様子を観察することに効果が確認されたので、もしかしたら人類の歴史に新手の変態行為が追加されたかもしれません。いや、俺はしないけどね。

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