同級生の女子のフィギュアを作る男、バレる
階段上にいるヴィルトから逃れる方法はないものか。
俺は思案し、のぼってきた道を引き返そうとする。
「赤谷、どうしたの」
「いや、ちょっと野暮用を思い出してな」
「なにか用事があったから3階にもどってきたんじゃないの」
「いいや、ちがう。ちょっと散歩してただけだ」
言いながら俺は階段を降りようとする。
ヴィルトが手すりを飛び越えて降りてきて、行く手を塞いだ。
「なんだ、どうした、そこをどいてくれよ」
「赤谷、変だよ」
「理由もなく道を塞ぐヴィルトもそこそこ変だと思うが」
「理由はあるよ。今日の赤谷はなんだか私を避けてるってこと」
「別に避けてないと思うけどな」
「避けてるよ。いまなんて特にそう。現場から逃走しようとしてた」
「してない。用事を思い出したんだ」
ヴィルトは俺の手元の包みを見つめてくる。
まずい。これに興味をもってはだめだ。
俺はそっと背中の後ろに包みを隠した。
「それなに?」
「えーと、ペットボトル」
サイズ的には違和感のないものを返答できた。
「ペットボトルをタオルで包んでるだけさ」
「そっか。ペットボトルか。見せてほしい」
「なんでだよ!?」
ペットボトルになんか興味持つんじゃない!
「本当にただのペットボトルだって。中身はおいしいミネラルウォーター。訓練棟の1階に売ってる英雄ポイントで買えるあれだ」
「赤谷がどんな水を飲んでるのか知りたいんだよ」
普段なにごとにも熱くならないヴィルトの平熱の表情は、いまは気合を感じさせるもので、その瞳には炎がメラメラと燃えていた。絶対に俺のペットボトル──ヴィルトフィギュア──を確認するという意志を感じる。
「普段の赤谷なら、水くらい見せてくれるのに」
「ほら、ペットボトルをまたタオルで巻くのが面倒くさいだろ」
「私が巻くよ」
「ヴィルトにそんなことさせられない。これはペットボトルの持ち主である俺の役目だ」
「絶対なんかおかしいよ」
ヴィルトはいよいよ実力行使にでてきた。
ひょいっと手を伸ばして俺の背後よりタオルに包まれたヴィルトフィギュアを奪おうとしてくる。
くっ、絶対に、絶対に渡すわけにはいかない。俺の尊厳がかかっている。
「やめろ、よせ、こんな頑ななのは普段のお前っぽくないぞ!」
「赤谷だってこんな意地にならないよ」
必死にブツをヴィルトから遠ざける俺。
ヴィルトは手をいっぱいに伸ばす。
階段に倒れこむような体勢なった。俺が押し倒された側だ。
その際、彼女の身体を密着してしまう。女子の身体の全体的な尊さと柔らかさが体の随所にダイレクトに伝わってきた。足とか腰とか、そして何より胸元の豊穣とか。まるで固まりきってないコンクリートのうえを猫が歩いて足跡をつけるように、ベンチプレスで鍛えた俺の胸筋の輪郭をかたどるように、論理を越えた引力をもつ双丘が覆いかぶさってくる。
「ヴぃ、ヴぃヴぃ、ヴィルト、まずい、これ以上の争いまずい……! いろいろ当たりすぎてて!」
「? なにもまずいことなんてないよ」
紛争の続行を表明するヴィルト。
巨星アイザイア・ヴィルトの辞書に停戦の文字はない。
対する俺はもう無理だった。
体温があがって、混乱と興奮で冷静ではなかった。
もしこんな現場をだれかに見られようものなら、俺は一発で摘発されることだろう。
そんなことを考えている隙に、俺の手の中のヴィルトフィギュアは奪われてしまっていた。
「あっ! ちょ、ちょ待った!」
俺は手を伸ばす。
敵軍大将の首を獲ったかのように、ヴィルトはうれしそうに収穫物をかかげ、そのタオルをとりさった。
終わった。俺の学校生活。
これから先、ヴィルトに蔑まれて生きていくんだ。
「これは……」
廊下の白照明のした、メタルフィギュアはその凹凸からなる微妙な陰影の変化だけで、豊かな情景を放っていた。
本人を横にしてみれば、その不愛想な表情のフィギュアの完成度が思ったより高くないことに驚かされる。
縛堂先輩ならもっとうまくつくるのだろうが、これは俺の力が多いに関わってる。俺もまだまだだな。
俺はそっと階段に腰をおろす。
すべては手遅れだ。バレてしまった。ここから挽回する手段はない。
「すごい」
ヴィルトはぼそっとつぶやく。
「完全に私だ。まるで生きてるみたい。これ赤谷がつくったの?」
「そうだ。それは俺がつくった。すべては俺の罪だ」
「罪?」
「あぁ蔑んでくれ。もう心の準備はできてる」
「どうして私が赤谷を蔑むの?」
「え?」
「赤谷っていろいろできるし、器用だとは思ってた。だけどまさか彫刻の才能もあったなんて。すごいね」
「いや、彫刻というか、スキルで金属を加工してるんだよ」
「どうやるの?」
「手持ちの鋼材がないな。コインもってるか?」
俺は彼女のコインを1枚加工して、鶴をつくってみせた。
折り紙でつくる鶴のようなあくまで象徴的なデザインのものだ。
「おぉ、すごいね。赤谷、その技よく使ってると思ったけど、こんな器用な作品もつくれるんだ」
「まあ、な」
「これもらっていい?」
「その鶴? もちろん」
「ありがと」
ヴィルトは嬉しそうにメタル鶴を手に乗せた。
「……俺のこと軽蔑しないのか?」
「赤谷って変だね。どうしてそんなに軽蔑してほしいの?」
「そういうわけじゃないけど、その、変だろ。こういうことしてるの」
「そうかな。ほかの人間にはできない能力だね。たしかに変だけど、すごいと思うよ」
ヴィルトは無垢なまなざしでじーっとフィギュアを見つめている。
彼女の言葉に嘘偽りは感じられない。彼女は本心で俺の金属を認めてくれている。
なんていいやつなんだ。これがみんなに崇められる銀の聖女の優しさか。なるほど、いま骨身に染みて理解できた。
「ところで、どうして私がモデルなの?」
あっ。
ヴィルトは目を丸くして首をかしげてみてくる。
「えーっと……あの、その、ほらやっぱりフィギュアづくりにはモデルが必要だし、一番身近な存在から題材にしていくのがいいかなって思ってだな!」
早口でまくしたてるように俺はアリバイを述べた。
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