ヴィルトと目を合わせるのが気まずい男
翌日。
朝起きて、机のうえを見やる。
ヴィルトの不愛想な顔がこっちを見ていた。
フィギュアを手にし、360°あらゆる方向からしげしげと眺める。
いいものができた。昨晩、縛堂先輩の指導のもと、彼女が手入れしたものからさらに手を加えた。
金属製ゆえひんやりとした感触がある。ずっしり重たいのも高級感があっていい。
俺はそっとヴィルトフィギュアを机の真ん中においた。
たくさんある猫フィギュアたちに囲まれているヴィルトは、ほかと一線を画す造形をもっており、とても華やかだ。
うむ。やはりいいものだ。俺は決意する。色をつけたい、と。
本日のポイントミッションは『ジャブ漬けの日々』だった。
学校が終わったらすぐトレーニングを終わらせて、縛堂先輩のところにいこう。そう思って、外周にでかける。ちなみに昨日は『応用神秘』×2と『発展敏捷』を解放した。外周という全身運動をすることで、自分の身体の性能が上がったことと脳の認識をすり合わせなければならない。
敏捷関連のスキルは合計で『発展敏捷』×2となり、数値は20,000に到達した。昨日までが10,000だった。それがいきなり2倍になれば、さまざまなところで感覚がバグる。なのでステータスをあげたあとは、肉体性能と俺の認識をすり合わせることで、バグを減らすことが大事だ。
「こんなところか。うん、また身体が軽くなった気がする」
気持ちのいい汗をかいたあとは、第一訓練棟のトレーニングルームで、ウェイトをつかって鍛える。
集中して、祝福を一時手放し、素の肉体強度をあげるべく鍛錬する。スーパーパワーを失って、ただの人間に戻ることは最初は抵抗があったが、いまではけっこう慣れてきた。
「おはよ」
ベンチプレスを終えた時、背後からの声をかけられた。
ヴィルトがプロテインシェイカーを振りながら棒立ちしていた。いつも通り非常に凄い恰好のトレーニングウェアを着用しており、豊かな胸元を封印するために必要な布地しか着ていない。
俺は「おう」と返事する。なんとなく目線をあわせるのが気まずくて、しれっと視線を外した。
「どうしたの。なんだか様子が変だよ」
「いや、なんでもないんだ。本当に。やましいことなんてひとつもない」
「? そっか。ならいいけど」
そんな会話をかわすと、ヴィルトはプロテインを振りながらいってしまった。
背中を見送る。マッチョたちがにじりよってくる。
「なんですか、会のみなさん。俺なにもしてませんよ」
「赤谷誠、銀の聖女さまにやましいことを企んでいるわけじゃないだろうな」
「貴様の目線からクズどもとおなじ香りを感じた。それは劣情のまなざしだ」
「あのお方は俗世のカスどもから守られなければならない」
「我々はお前を見ている。ゆめゆめ忘れるな」
銀の聖女を保護する会が定期的に圧をかけてくるの恐いんだよなぁ。
「気を付けます」
「よろしい」
マッチョたちがそれぞれのトレーニングに戻っていく。助かったか。
その後、学校に登校し、午前中だけのカリキュラムを終える。
隣の席のヴィルトとは普段から会話が少ないが、今日は特別なにも話さなかった気がした。
「赤谷、今日は部活ある?」
ホームルーム終わり、ヴィルトにたずねられた。
「剣聖クラブのことならあると思うが」
「わかった。今日も見学する」
ヴィルトは初めて見学にきたときから、欠かさずにあの部室をおとずれている。
部室につくと、志波姫が林道に剣の指導をしているところだった。
「それじゃあ、そっちはふたりで打ち合っててくれるかしら」
志波姫の指導は、数日前より素振りだけの期間をこえて、さまざまに剣を振らせてくれるようになった。
いまでは志波姫の指導されてない2名が剣で打ち合うのを許可してくれている。
俺とヴィルトは向かい合い、木刀でぺしぺし打ち合いはじめた。
彼女は天才アイザイア・ヴィルト。
なにをやらせても上手く、剣の扱いもすぐに上達し、志波姫にも褒められていた。
ガゴン。カン。カラン。
木刀がぶつかり、1本が弾かれ、宙を舞った。
ヴィルトの手から離れたそれは、くるくるまわって床に落ちた。
剣に関してはまだ俺のほうに一日の長がある。
「赤谷はすごいね。以前までとは大違い。なんでもうまくこなすんだ」
「最近は狂ったように剣をふりまわしてるからな、多少は身についてきたんだと思うぞ」
「でも、今日の赤谷はちょっと厳しかった。いつもはもっとやさしいと思う」
「そうか?」
無意識に彼女との試合を早期に決着させようとしていたのかもしれない。彼女と真剣に向き合うことを恐れていたのかもしれない。
「そ、そういえば、ヴィルトってまだ部員じゃないのか」
俺ははぐらかすように話題を転換した。
「私が部員じゃないことを強調するなんて。仲間外れってこと? なんだか今日の赤谷はいじわるだね」
「いや、そういう意味で聞いたわけじゃないんだが……」
「今朝もなんだか様子が変だったし」
「あれは、別に普通じゃないか? うん、全然普通だと思う」
「絶対普通じゃない。なにか隠してる気がする」
ヴィルトはじーっと銀色のまなざしを向けてくる。無垢なその瞳の問いに、俺はいたたまれなくなり「用事があるから今日は帰るわ」と、剣聖クラブをちょっとはやく切り上げた。
「まるで犯罪でもおかしてる気分だ」
俺は寮にもどるなり、ヴィルトフィギュアを手に取った。
俺は決して変態ではないが、俺はこのフィギュアに色をつけたい衝動をもってしまった。
縛堂先輩ほどの達人ならばメタルフィギュアの塗装にも明るいだろう。
そういうわけで、ヴィルトフィギュアをタオルに包んだ。
さあこのヴィルトを真に完成させようじゃないか。ウキウキの足取りで俺はフィギュア研究部へ。
フィギュア研究部があるのは訓練棟の3階。
そこは剣聖クラブの部室があるのと同じ階だ。
IQ3の人間ならば、ここで3階へ直行してしまい、ヴィルトと鉢合わせになって、フィギュア所持現行犯を抑えられてしまうのだろうが、俺はあいにくと頭が冴えている。なぜなら知力10,000だからだ。
ゆえに生徒の大半が行き来する寮や教室棟方面に面している西階段ではなく、ほとんどの生徒が使わないであろう東階段から3階へのぼるのだ。
孫氏も言っている。クレバーな計略はあらゆる事故を未然にふせぐ、と。
「赤谷だ」
第一訓練棟3階へ続く東階段の途中、うえから降りてきたのはヴィルトだった。
「ばかな……ヴィルト、どうして、こっちの階段を……」
「気分」
孫氏はまたこうも言ってる。
気分はあらゆる計略を無効化する、と。
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