新進気鋭のフィギュア見習い
「んぅぅ」
倒れていたコーディ先輩が目を覚ました、うっすら瞼を開き、俺を見て、視線がとまる。
「大丈夫ですか」
「一応は、まだ生きてる」
「それはよかったです」
彼はたちあがり、ふらつきながら近くの椅子に腰かけた。
「僕の思った以上に強い探索者だね、君は」
「それはどうも。……それで縛堂先輩の件なんですが」
「武器はもっていっていいと言ったと思うが。まさか気絶から目覚めるまで待っているなんてな」
「流石にあのまま放置というのもどうかと思いましたんで」
一応『蒼い血』をつかって、コーディ先輩を回復させておいた。
「薬膳卓はもういったか」
「はい、消えました」
あの人は『気絶した男じゃなにも面白くない』とか言ってさっていきました。やはり終わってます、あの人。
「武器ならできてる。こっちだ」
奥の作業机のうえ、3つのバレルをもつスマートな形状のミニガンが鎮座していた。
「こっちが本体で。こっちが弾薬だ。これは収納能力に優れ、破壊力も備えている。消費MPは一瞬で人間を枯れさせるのが、従来通りのこの手の課題だが、彼女ならば人形の蓄電池でうまくやりくりするだろう」
コーディ先輩はミニガンをもつなり、操作を加え、光とともにちいさな棒状の物体に変形させた。全長1mを越える武装が、わずか20cmほどの物体になった。
「これで人形の前腕におさまる」
「なるほど」
「そのほか細かいことが、あとで伝えるとつぼみちゃんに伝えてほしい」
「わかりました」
俺は棒状になったミニガンを受け取る。
「こんなすんなり渡してくれるんですね」
「さほどすんなり渡したつもりはないんだがな。君にとって僕を倒すことは些末なことだったか」
「嫌味のつもりはないんです、すみません」
「謝る必要はない」
「どうして縛堂先輩に武器を渡さないと言い出したんですか? もう完成もしてるのに」
「彼女は自分を示す代名詞に『ぼく』を使うね」
「? そうですね」
いわゆる、ぼくっ子というやつだ。俺も初めて見た。天然記念物みたいで非常にいいと思う。
コーディ先輩は難しい顔をして、顎に手をそえる。
「どうして一人称が『ぼく』なのか不思議に思って、その理由を問いただしたら怒られたんだ」
あっ。
「おかしな話だろう。僕のほうは『僕』で間違えていないはずだ。日本語はもうマスターしてるが、どうしても彼女が『ぼく』を使うのかわからないんだ。『ぼく』は男性が自身を示すさいにつかうものなはずだ。だから思った、彼女のなかみはあるいは男なのか、とね。だから、僕は彼女の隠している秘密を話すまで武器を売らないことにした」
コーディ先輩は藪蛇してしまったようだ。
野暮なこと質問してると気が付いてない。
「赤谷誠、君ならなにかわかるかな」
「ここは業の国です。答えはクールジャパンということにしておきましょう」
「深いことを言うなんだな」
コーディ先輩と縛堂先輩とのトラブルの謎もわかり、俺は武器をたずさえ第一訓練棟フィギュア研究部にもどった。
「おかえり。思ったよりはやかったね」
「まあ、筋力で説得したので」
「なるほど」
「これが例のブツです」
「改めさせてもらおうか」
縛堂先輩は金属の棒を受け取る。表面に幾何学的な模様が彫られたそれをなぞると、棒は一気に質量を無視して展開し、ミニガンになる。
先輩は満足そうにして、自分の右腕のひじあたりから先、前腕を取り外した。……え?
「縛堂、先輩……?」
「ん? あぁ気づいてなかったんだ。君が喋ってるぼくは人形だよ」
言って、縛堂先輩はいましがた取り外した腕を見せてくる。前腕の付け根が球体関節になっている。
「そういえば、今日は長袖だったね。それに黒タイツも履いてたんだったね。普段なら球体関節で初対面のひとも察するんだけど」
「は、はぁ……」
いやいや、人形であることが当たり前みたいな感じで進行されても。
「顔とか、綺麗すぎじゃないですか」
人形だなんて全然気づかなかった。表情は非常に自然に動いている。目も口も。生きているとしか思えない。
「え?」
縛堂先輩は目を丸くしてパチパチする。
「まぁ、うん、ありがとう……」
「え、あぁ、はい」
縛堂先輩は口元に手をあて、こほんっと咳払いをした。
ミニガンを前腕にとりつける。前腕は展開する機構を備えていたらしく、腕のなかにミニガンはすっぽりと収納されてしまった。
「いいものだね。ありがと、赤谷少年のおかげだよ。そうだ、君がコーディのところにいってる間に、納得できるクオリティにしておいた」
「本当ですか?」
預けていたヴィルトフィギュアを受け取ると、原型はそのままに、随所の服の折れ目、しわ、制服の細部の造形にいたるまで高度にブラッシュアップされていた。特に胸元。童貞の俺では、とても同級生のヴィルトをセクシーにするのは抵抗があったが、縛堂先輩には倫理観がないらしく、服のしわもあいまってかなりえっちになっていた。
「時間がなかったから、手早く仕上げたけど、どうかな」
「大変すばらしいです」
「パンツも履いてるよ」
俺は恐る恐る、ヴィルトフィギュアをしたからのぞきこむ。おぱんつ。ありがとうございます。
「完璧です。本当にありがとうございます」
「いいんだよ。これは公正な取引だ。それじゃあね、赤谷少年。もっとフィギュアをつきつめたいなら、今度は技術を学びにきていいよ」
縛堂先輩に別れをつげ、俺は男子寮に戻って、スキルツリーを展開した。
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【本日のポイントミッション】
毎日コツコツ頑張ろう!
『金属製のヴィルトフィギュア』
ヴィルトフィギュアを作る 0/1
【継続日数】57日目
【コツコツランク】ゴールド
【ポイント倍率】3.0倍
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終わってないんだが。
待てよ。もしかして、仕上げの加工を縛堂先輩に完全にやってもらったからいけなかったのか?
俺はすぐにサイレントレギュレーション違反に気づき、フィギュア研究部にとんぼ帰りする。
「あれ? どうしたの、赤谷少年。ぼくにまだなにか用があった?」
「縛堂先輩、このフィギュアもっと突き詰めたいです」
「それで満足できなかったんだ。やっぱり、君は本物のどうしようもない変態くんだね」
くっ! ポイントミッションくんのせいで必要以上に俺の尊厳が傷つけられている!
でも、だとしても、俺はやりぬかなければならない。
才能のない俺は、このスキルツリーの課題をこなすことでしか前へ進めないのだから。
「わかったよ。もっとスケベな感じにしよう」
「それもいいんですが、俺は俺の手でフィギュアを完成させたくてですね」
「自分の欲望を隠さない。同級生の女子を自分の欲のままの形にしたいってことだね。いいよ。君はどうしようもないけど、ここまできたら最後まで付き合ってあげよう」
もうだめだ、喋るたびに誤解が……。
その後、縛堂先輩の指導のもと、自分の手でヴィルトフィギュアをさらにブラッシュアップし、俺はポイントミッションを達成した。
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