縛堂クエスト コーディを説得せよ 後編
コーディ・スミスはアメリカ合衆国の兵器会社の御曹司だ。大戦後の軍産複合体において重要な役割をもっていたその兵器会社はやがてダンジョンとの戦いがはじまるなり、どこからともなく現れたダンジョン財団の傘下に組み込まれた。
「彼は天才だ」
若くして祝福者として覚醒したコーディは、兄妹たちを差し置いて、会社を継ぐことを期待されている。ダンジョンとモンスターを相手に武器をつくる会社の長が祝福者であることは体裁的にとても良いことだ。なによりもコーディには器量があった。頭もよかった。
だが、コーディは会社を継ぐことに興味がなかった。
万人のためにつくられる武器は高性能で、世界中の探索者に使用されていたが、それは彼にとって面白いことではなかった。
真の英雄は特別な武器をつかう。コーディは英雄の武器をつくりたかったのだ。
「僕は自分のブランドをたちあげます。つまらないものはそれだけでいい武器とはなりえない」
天才は天才故に我が道をいった。
本国を離れ、ツテを伝って日本に渡り、家と会社から距離をおいた。
自分の作品作りを追求するために、そして未来の英雄に会うために。
「12発だ。今回は12発。選ばれし者であるのなら、力を見せてもらおうか」
コーディはリボルバー拳銃を構え、すぐさま発砲した。
放たれた銃弾は射撃場の白光照明をあびて輝きながら飛翔する。
赤谷は棒立ちのまま。反応できていない。
(なんだ、そのくらいなのか)
コーディのごく短い失望は、すぐ撤回させられる。
赤谷は身をわずかに引いて、ちいさな所作で、肩を撃ちぬこうとした銃弾を避けた。
コーディのメガネの奥の瞳をおおきく開かれた。
それは撃たれたから素早く動いて回避しよう、という速さゆえの対応ではない。
見えているのだ。最小限の動きを選択する思考力を有しているのだ。
あるいはそれは精神力と言い換えることもできるだろう。
(選ばれし者・赤谷誠。なんでもない見た目の冴えないこの男子生徒は、探索者物語を優勝した。体育祭のギルド競技でも能力を発揮し、センセーショナルな活躍を見せた)
赤谷は静かな視線をコーディから外し、背後の壁に歩みより、壁に撃ち込まれた弾頭を指でつまんだ。弾痕から黄金の弾をてにとりだし、指でいじりながら目で問う。
終わりですか、と。
その瞬間、ぞわっとした覇気があふれだした。
コーディは冷汗を額ににじませる。
赤谷自身、覇気など出してるつもりはなかった。
だが、それを知ろうと、確かめようと、目をこらしていたコーディには感じとれた。
目の前の男がもつ、底知れぬものを──。
彼の視線での問いは「終わりですか」だったが、しかして、それは「もうやめておいたほうがいい」という警告にも感じられた。
(いいや、まだだ)
互いに言葉は発しない。
あるのは視線の交差と、進み続ける沈黙の秒針だけ。
コーディは目の前のつくえを蹴りあげ、赤谷のほうへふっとばした。
赤谷は足で蹴りあげ、机を天井にたたきつけた。
その時、赤谷の視線は、リボルバーを腰だめに構え、もう一方の手でハンマーを繰り返したたき、高速でファニングショットを披露するコーディの姿をとらえていた。5発の弾丸が赤谷へ撃ち込まれる。
静かな表情をたたえたまま、そっと手をまえへだす赤谷。
避ける様子はない。まるで片手で受け止めてやろうとでもいうような動き。
銃弾はもはや回避の間に合わない赤谷のもとへ正確にとんでいき──そして、止まった。
赤谷の目の前で、完全なる空中静止をした。
特別な力ではない。
新しいスキルでもない。
ただの『筋力でとどめる』にすぎない。
ちょうど昨日、ツリーキャットが採取した『スキルの種』で『とどめる』に筋力補正をのせたのだ。
上昇したスキルパワー、絶え間ない鍛錬と、成長させた技量ステータス、高い集中力によって、赤谷は手をかかげるだけで銃弾を支配してみせたのである。
(銃弾の着弾にあわせてスキルを発動した、なんて精度だ)
驚きに一瞬固まるコーディ。
赤谷は片手でつまんでいた最初に撃たれた弾頭にちからをこめた。
弾頭は形状を変化させ、パチンコ玉になった。すぐさま投げる赤谷。
パチンコ玉は狙いを正確に、コーディの構えていた拳銃にあたり、彼の手から弾き飛ばした。
赤谷は『筋力でとどめる』で静止させている銃弾たちをくぐって、前へ歩きだす。
コーディはもう一丁の拳銃で赤谷を狙い撃つ。撃つ。撃つ。
赤谷は歩きながら、それらを手でつかんでいく。
6発を撃ちきると、赤谷の手のなかにさくらんぼサイズの鉄球が出きていた。
赤谷はぽいっとコーディに鉄球をパスする。
公園でキャッチボールしてる少年に、転がってきたボールを返してやるみたいな気さくな所作。
コーディはとっさにその鉄球を受け取った。
わずかに視線が赤谷から外れた。
次の瞬間、赤谷のふりかぶった拳がコーディの鼻先にせまっていた。
腕をふった拳圧で空気が荒れ、余波が第4研究室を駆ける。
コーディは派手にふっとび、きりもみ回転しながら射撃場の奥の壁にたたきつけられた。
「誇りパイル、新記録の筋力、か……」
コーディは壁に手をつきながらたちあがり、乱れた前髪をかきあげる。
「いいだろう、武器は、くれてやる……ごはっ!」
コーディは膝から崩れおち、その場で動かなくなった。力の抜けた手から、ちいさな鉄球がこぼれおちる。
「やっぱり、これでよかったのか」
赤谷誠はパワーで説得する合理性を疑わなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます