縛堂クエスト コーディを説得せよ 前編
「ちょ、なにするんですか」
慌てて縛堂先輩から距離をとる。耳元に温かさが残ってる気がする。
先輩はフィギュアを示しながら、
「どうやら君はこのフィギュアを完成させなくてはいけないみたいだね。なんとしてでも完成させたいという意思を感じるよ」
と、すこし楽しげに言った。
「そう見えますか」
「うん、見えるよ」
「……働いてもらうって、なにをさせるつもりですか。邪魔者を消してこいとかやめてくださいよ」
「どうしてぼくのことをそんな危険人物だと思っているのか、だいたい想像はつくよ」
縛堂先輩はちらっと薬膳先輩のほうを見やる。
「君さ、赤谷誠でしょ」
「そうですけど」
「やっぱりそうだ。どこかで見たことあると思ってたんだよ。探索者物語優勝おめでとう」
「あ、どうも」
「薬膳も、あのグウェンダルも出し抜いて優勝しちゃうなんて信じられないけど、事実、君は優勝した。学校の伝説に名を刻んだ」
「いやぁ、まあそれほどでも、ありますかねえ!」
美人な先輩に褒められてしまった。
「赤谷、露骨にちょづくんじゃない。縛堂が他人をほめる時は、たいていろくでもない頼みごとをするときだ」
「え? そうなんですか? くっ、縛堂先輩、その手には乗りませんよ!」
「一瞬、乗りかけてたけどね。別に無理なことなんてお願いしないよ。ただ、すこしおつかいを」
縛堂先輩は片手で空をひっかくように爪をたてた。ピアノを演奏するような手つきで、奇妙に動かす。その瞬間、俺の瞳はとらえた。空を裂くわずかに光る線を。たとえばそれは極細のワイヤーを張り巡らせて、いずれかの部分が光の反射によって浮かび上がるかのように、もうすこし周囲が暗ければ視認できないような、とても細い糸がうごめいた瞬間だった。
部屋の隅の人形が動く。
球体関節がつなぐ四肢が駆動し、滑らかに歩いてくる。
「ぼくは人形作りが趣味であり、仕事なんだ。人形作りには材料が必要なんだ。特に戦う人形には武器が必要だ。ぼくはこの学校の生徒に武器の制作を依頼してる。でも、そいつがぼくに武器を売ってくれないと言い出した。相手はかたくなだ。武器を手に入れるためには、そいつを説得するしかない。そこで赤谷少年にはそいつの説得を頼みたいんだよ」
「いくつか質問をいいですか」
「いいよ」
「武器ならウェポンストアで買えばいいのでは」
「君は芸術家に100円ショップで筆を買えといえるの?」
「いや、言わない、ですね」
「ぼくは手作りが好きなんだよ。武器も人形も」
ダンジョンモンスターに通常兵器は効果がほとんどない。
祝福者の攻撃だけがやつらを倒しうる。ウェポンショップの武器──魔法剣をはじめとした武器が、モンスターと戦うための道具として機能するのは、あれらが祝福者のちからを効果的に伝達するから。しかし、既製品は既製品。直接、祝福者によってつくられた武器は、既製品を上回る性能をもつとか。高名な探索者たちがあつかう武器や装備は、発掘された異常物質のほか、生産系の祝福者によってつくられたものも少なくないらしい。
「こだわりはわかりました。ところで、俺に説得の才能があるように見えますか?」
「武器職人は選ばれし者が好きなんだよ。伝説の素材から、英雄の剣を鍛えることが、彼らにとっての夢だ。赤谷少年はその点、すでに資格保有者なんだよ。君の頼みならすんなり相手も首を縦にふるかもしれない」
俺は仕組まれた勝利をつかんだだけだ。言うほど大したことじゃない。
「でも、俺に依頼する理屈はわかりました。説得はしてみます。失敗しても文句は言わないでくださいよ」
「いいや言うよ。彼を説得できなかったら、フィギュアの完成は手伝わないよ」
「まじすか」
「当然だよ。成果もないのに仕事したなんて言ってほしくない。ビジネスの世界に頑張ったで賞は存在しないよ」
まあ、それもそうか。
「それじゃあいい報告を期待してるよ」
フィギュア研究部をあとにし、縛堂先輩に言われた情報をもとに、英雄高校のなかでもあまり足を運ばないエリアへ向かう。
「これが東棟ですか?」
「そのとおり。入り口はお前の学生証が開かないだろうから、俺が開けてやろう」
なぜかついてきてくれた薬膳先輩が学生証をかざし、東棟の扉を開けてくれた。
「ここは支援科装備製造コースの建物だ。関係なければ学校生活のうち一度も足を踏み入れない可能性だってある」
「はぁ、薬膳先輩もあんまりこないんですか?」
「ああ。俺は自分でつくれるからな」
白衣のポケットに両手をつっこんでイキリ歩きする薬膳先輩を頼もしく感じながら、目的地である第4研究室の扉のまえにやってきた。
中から発砲音のようなものが鈍く低い振動となって、扉越しに漏れている。
「ノックしても聞こえないだろうな」
薬膳先輩が扉を押し開くと、騒音が一気に臨界点に到達し、激しい射撃音が鼓膜を破ろうとしてきた。
第4研究室は射撃場のようになっていた。
長いレーンの向こうには的が設置されており、ひとりの男がそれに向かってマシンガンを撃ちまくっている。
マシンガンはやがて静かになった。
銃口から煙をあげるだけのそれを、男はゆっくり手放し、こちらへ振り向いた。
制服を着ているので生徒なんだとは思う。
外国人なせいか、やたら大人びてみえる彼は、茶色い髪をおしゃれにポンパドールにしてあげている。黒縁メガネをしてるのに野暮ったくない。イケメンってずるい。レンズの奥からは蒼く鋭い視線が射貫き、身長は高く、外国人モデルを思わせるほどプロポーションもいい。さらに筋肉質な前腕を袖まくりしたシャツからのぞかせている。こんな高校生いるのね。
あまりにイケイケで、かっこよく、洗練されているせいか、俺は気圧されてしまい言葉がうまくでなかった。
目の前にハリウッドスターが現れたはいいが、なんと話しかければいいかわからないみたいな感じだ。
あるいは俺の生来の性が、目の前の男子に本能的な負けを認めたからかもしれない。イケメン三銃士の時も思ったけど、やっぱり俺はこういうやつが苦手だ。
「薬膳卓と赤谷誠。血の樹に選ばれた君たちが、わざわざ東棟に。この僕になんのようかな?」
話しかけてくれたのでこれ幸いと俺は言葉をかえす機会を得られた。
「あー、コーディ先輩? 実は縛堂先輩があなたに武器を注文したらしくて。俺と薬膳先輩はそれを受け取りにきたんです」
「なんだその件か。残念だが武器は渡せない」
「それはどうしてですか?」
コーディ先輩は顎に手をそえ、しばし思案し、おもむろに近くの机にあった回転式拳銃に手を伸ばした。
ゆったりと弾をこめてリロードをすると、もう一丁の拳銃にも弾をこめはじめる。
「一流には一流のふるまいがある」
弾を丁寧にこめ終わるなり、シリンダーを戻し、コーディ先輩は銃口をこちらへ向けてきた。
「12発だ。今回は12発。選ばれし者であるのなら、力を見せてもらおうか」
言うなり、躊躇なく最初の撃鉄が鳴らされた。
この学校は銃を気軽に撃ちすぎだと思う。とんでもない高校です。
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