ザ・マリオネッター、縛堂つぼみ

「その達人ってどんなひとなんですか」

「達人は変わったやつだ。気分次第では平気で他者に危害を加える」

「ギャングかなにかですか」

「当たらずといえども遠からず、だ」


 こわすぎて草。


「そんな危ない人に会いたくないんですけど」

「だが、やつに学ばねばお前の望む学年のアイドル美少女の制服もパンティも表現できないぞ?」


 それもそうか。危険人物だとしてもやはり俺には協力者が必要だ。

 ポイントミッションは毎日こなさなくてはいけない。でなければ【継続日数】がリセットされてしまう。

 達人に会わない選択肢はない。


 薬膳先輩とともにやってきたのは、第一訓練棟の3階だった。

 フィギュア研究部と書かれた札のさがった部屋のまえで薬膳先輩は足をとめた。


 ノックを2回。部屋のなかから「どうぞ」と声が聞こえ、薬膳先輩は扉を開けた。

 扉の向こうはひと目見て、美術部っぽいな、という雰囲気を感じた。


 剣聖クラブの部室とそう変わらない広さの部屋には、ところせましと等身大の人間の模型──球体関節があり、ポーズはさまざま──が置いてあり、壁際の棚には、ちいさな人形たちが並んでいる。


 部室の奥にはこちらに背を向けている生徒がひとり。

 蒼い長い髪が背中に流れている。


 椅子に座ったまま身体の向きをこちらへなおした。

 綺麗な顔に目を奪われる。肌は不健康さを感じるほどに白いが、端正な顔立ちをしている。ちょっと中性的か。

 どことなくテンション低そう。低血圧そうなオーラをしてる。品定めするような視線はこちらを用心深く観察していた。


「やつが縛堂だ。下の名前はつぼみというが、それを言うと普通に機嫌が悪くなるから呼ばないほうがいい」


 注意されなくても俺が女子の名前を呼ぶことはない。女子の名前を呼ぶのは距離詰めすぎだ。「仲良くなろうとしてるの? それとも周囲への仲いいアピール? 名前呼べば相手を意識させられるとでも? きも」と思われるのがオチなのは見えている。あまり俺を舐めるなよ。


「この部活の部長でもある。二つ名は『ザ・マリオネッター』!」

「ぺらぺら勝手に紹介しないでほしいんだけど」


 縛堂先輩は不機嫌なようすで薬膳先輩をとがめた。耳に心地よい低めの声だ。


「わかりやすく紹介してやったのだ。コミュ障のお前のためにな」

「コミュ障には余計なことを喋るタイプと、恐くて喋れないタイプがいるんだよ」


 なるほど、薬膳先輩は前者で、縛堂先輩は後者のタイプか。


「薬膳は前者。ぼくも前者だ」


 両方、前者だった。

 

「ぼくのところに来るなんてめずらしいね」


 言いながら足を組む先輩。スカートが揺れ動くと引力が発生し、視線が誘導されそうになるが理性でそれを抑える。


「その子、1年生? 薬膳の友達?」

「そうだ。親友といっても過言ではない。いや、同志といったほうがわかりやすいか」

「薬膳に仲良い友達がいるなんてね。びっくりしたよ」

「あの、縛堂先輩、俺たちべつに仲良くないです。知り合いレベルです」


 この人と仲良いと思われるのはわりときつい。


「そうだよね。ごめんね。こいつに構ってあげてる生徒なんて誰にでもやさしい雛鳥くらいだもん」


 頬杖をつきながらぼそりと刃の言葉で薬膳先輩を刺す。まあ薬膳先輩の自業自得か。放っておこう。


「それでなんのために来たの」

「縛堂、お前の力を貸してやれ」

「縛堂先輩、実は知恵をおかりしたいと思いまして」


 俺は言って布でつつんでいたヴィルトフィギュアを渡した。

 縛堂先輩は「ほう」と言い、フィギュアを受け取る。


「完全に金属の塊じゃん。おも」

「金属の形状を変化させるスキルがありまして、それで加工したんです」

「色もついてないし、なんかのっぺりしてるけど、けっこう可愛いと思うよ」


 縛堂先輩は意外にも褒めてくれた。達人というからには厳しいご意見を覚悟していたのだが。


「これはなんのキャラクターのフィギュアなの?」

「え、いや、なんのキャラでもない、ですね……」

「ん?」

「くっくっく、聞け縛堂、この赤谷がつくったそれは、なんと同級生の女子のフィギュアだ」


 薬膳先輩!? 裏切りやがった!


「……同級生の女子のフィギュア? なるほどね。ぼくの目に狂いはなかった。薬膳と同クラスの変態だったね」

「ぐぬぬっ、否定、できない」

「んあ? この子、パンツ履いてないけど」


 ヴィルトをさかさまにして、下着チェックに入った縛堂先輩の目つきが急に険しくなった。


「パンツ履いてない女の子のフィギュアなんてなんの価値もないよ。むしろスカートのしたがどれだけエロく造形されてるかが評価の半分を決めるといっても過言じゃないのに。そこの1年生、流石にこれは擁護できない」


 すっごい早口になった。


「そういうわけだ。縛堂、こいつはこれからフィギュア職人の道をいくらしいが、これまで独学で見よう見まねでやってきたらしい。そのフィギュアだって、第一作目。才能を感じるだろう? 指導をしてやってくれよ」


 フィギュア職人の道をいくわけじゃないが、指導はしてほしい。

 

 縛堂先輩は腕を組んで、思案する。


「いいけど、条件があるよ」


 縛堂先輩は言って、たちあがり俺の耳元に口を近づけてきた。先輩の蒼い髪からふわりといい匂いが香る。吐息が耳にかかる。


「すこしぼくのために働いてもらうよ。その身体でね」

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