薬膳卓は勧誘したい

「あれがミスターアイアンボールのパワーか。腕っぷしが強いとは聞いてたが……流石だ……」

「数々の事件を解決してきた実力は本物だな」

「あの1年のなかでも特に武闘派の虎津&トラを一撃でしめたぞ……」

「なに驚いてんだよ。俺たちの赤谷だぞ? 探索者物語を勝ち抜いたんだから当然だろ?」


 ざわざわする周囲、知った者、納得する者、驚く者、古参ぶる者、いろいろな声が複雑にからまって雑音を描きだす。

 この騒ぎ、先生がそろそろ来そうな雰囲気がある。

 

「てか、だいぶ派手に吹っ飛んだが」

「死んだんじゃねえか?」

「まじかよ、一撃で殺したのか?」

「なに驚いてんだよ。俺たちの赤谷だぞ? なめたやつは一撃でぶっ殺すのがあいつの流儀だよ」


 安心してほしい。いま打ったのはただのジャブに過ぎない。スキルも乗ってない。

 イケメン三銃士のもと鍛えた素の速拳だ。たいした威力はない。


「おい、虎津! 大丈夫か!? あぁ、完全に気を失ってる……! こんなに血が!」

「トラも伸びてるやがる! 白目向いてピクリとも動かねえ……!」


 現場が騒然とし、不良男子──虎津?──の取り巻きたちがおびえた顔でこっちを見てくる。


「い、いや、俺たちは……」

「んだよ、あいつ、虎津もトラも一撃かよ……っ」

「お前らも平和の犠牲になるか」


 言って、俺は彼らの顔を握りこむ空を掴んで、指の関節を鳴らした。ペキぺキっと小気味よい音が響く。

 取り巻きの男子たちは青ざめた顔になり、首を横にふり「俺たちが、悪かった……」とぼそっと言った。


「悪かった……」

「俺じゃないだろう。謝るのは。林道たちに謝れよ」


 林道と彼女の友達たちは怯えと不安を宿した顔で、取り巻きの男子と視線を交差させる。


「…………すみません、でした、俺たちが、悪かった!」


 男子たちは意気消沈し、俺のほうをうかがいながら謝罪をした。

 こんなところでいいだろう。林道も溜飲がさがったはずだ。


「謝って済むなら警察はいらなーいっ!」

「ぐへえ!?」


 林道は怪我した足を引きずりながらケンケンで駆けて、男子の顔をぶん殴った。やりますねえ。


 ──しばらくのち


 林道たち女子に顔を殴られ、その後思いついたかのように股間を蹴り上げられて制裁された男子たちをおいて、俺はそうそうに人だかりから離れた。あのままあそこにいたら先生がやってきて、面倒なことに巻き込まれるかもしれないと思ったからだ。


 ちなみに林道と女子たちは、たぶん保健室にいったんだと思う。島江永先生がいれば足の傷くらい綺麗に直してもらえるだろう。


「まるでヒーローみたいだったな」


 なぜかついてきた薬膳先輩が不敵に笑みながら言ってくる。


「たいしたことしてないですよ。軽くジャブをお見舞いしただけです」

「ヒーローだったことは間違いないと思うが」

「あの人混みには4組の生徒が何人かいて、みんな林道のことを心配していた。彼女は4組のみんなから好かれている人気者だ。誰にでも優しく、明るく接する人気者。俺が手助けしなくても、きっと誰かが助けてましたよ」


 林道は人気者だ。誰かが守ってくれる。彼女はひとりじゃない。


「しかし、これから物騒になるとは。平穏な学校生活ともお別れになるんですかね」

「これまでのお前の学校生活は平穏だったのか?」

「言われてみれば物騒すぎますね。1学期の間になんかい命の危機を感じてるのか」


 不幸なんてレベルじゃない件について。


「我が同士赤谷の人生に平穏は似合わないものさ。なによりまわりで他の生徒たちがゴタついてる程度じゃ動揺もしなくなってきただろう」

「いや、普通に動揺しますよ。わりと普通に」

「お前には素質があるかもしれないな。くくく、やはりこの俺、狂気の科学者マッドサイエンティスト薬膳卓の見込んだとおりの器だ」

「なんですか。なにか悪いこと企んでる顔してますよ」

「そう見えるか」


 薬膳先輩は白衣をひるがえし、顔を手で覆い隠す。


「同志赤谷よ、お前にいい話がある」

「どうせまたエロイ悪事に加担しろとかいうんでしょう」

「いいや、違う」

「そんなまさか……」

「エロイ悪事の前段階、とでもいおうか」


 エロイ悪事に関連することではあったか。

 

「この学校、どう思う」

「いきなりなんです」

「暴力沙汰が多いと思わないか」

「そりゃあまあ」

「そこで必要になるのが、風紀委員だ」

「風紀委員……?」

「そう、この俺、狂気の科学者マッドサイエンティスト薬膳卓もまた風紀委員を担う陰の者なのだ。厳密には私服風紀委員というんだが」

「どっちかっていうと風紀を乱す側だと思いますけど」

「戯言はシャットアップだ、赤谷」


 どっちが戯言だよ。


「学校内ではああしたもめ事がしょっちゅう起こる。そのたびに学校側が適切な制裁を加えていたら、この学校の生徒のほとんどを退学処分にしなくてはならなくなる。思春期のガキはコントロールできないことが前提なのさ」

「なるほど、まあたしかに」

「風紀委員には秘密契約がある。学校側とのな。それは暴力を御するために暴力をふるうことをそこそこ許されてるということだ」

「喧嘩の仲裁、ですか。それって決闘部と役回り似てますね」

「そのとおり。やつら決闘部は風紀委員の仲間みたいな感じだな。だが、対応するのは喧嘩が起こる前だ。風紀委員は喧嘩のあとに対応する」

「で、その風紀委員が薬膳先輩のような崩壊論者予備軍となんの関係が? 断言します、薬膳先輩は学校の平和のために働くような、そんな殊勝な人間じゃないです」

「どうやら俺のことを誤解しているようだな。まあいい。さっき学校側との秘密契約だといっただろ。厳密にはそんな明文化されてるものではないし、コネくらいのものだが……それでも学校の治安維持のために働いた功績を積める。功績があればどうなると思う」

「どうなるんです?」

「俺が女子生徒にスケベなことしても見逃してもらえるんだ」


 終わってるよ、この人。


「一番の悪意が俺の眼の前にいる件について」

「もう夏休みも目の前だ。本格的な話はまた夏休みが開けた時にでもするとしよう。赤谷と俺が組めば、学校中のやからをしばいて、それで溜めた貢献ポイントでスケベし放題だぞ」


 薬膳先輩は高らかに笑いながら去っていった。

 うーん、もう誰かあの人捕まえてくれよ。

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