決闘部とかいう治外法権
Dレベル検定を終えて第二訓練棟をあとにした。
太陽は高くのぼり、青空には白い雲が泳いでいる。
生徒たちは各々で解散していた。今日は授業で第二訓練棟にやってきたわけではなく、一律に検定を受けにきただけなのだ。だから、検定が終わればもうスケジュールは終わり、即解散なのだ。
第二訓練棟をあとにし散っていくのを眺めていると、不思議な寂しさを感じた。
きっとこれが1学期の終わりだからだろうと原因を断定した。
期末が終われば、すぐに夏休みがはじまる。
あと数日も経てば、寮にいる生徒たちはみんなそれぞれの家に帰り、夏を過ごすことになる。
ひとつの終わりがまた訪れるのを俺は空気感から察知し、それゆえにちょびっとセンチメンタルな気分になっていたのだろう。
「あとは緩やかに数日過ごすだけか。あっという間に夏休みだな」
今日から夏休みまでは短縮授業になる。午前中だけで学校は終わる。
内容も授業ではなく、大掃除とか、学期を締めるための作業とか、あと著名人を招いての講演会だとか、そんなんだった気がする。
せっかく学校がはやく終わったんだ。しばらくはゆったりと休もう。
今回のテストは忙しなく頑張ったんだからな。
そんなことを思いながら、男子寮へ戻る道中、中庭を通りかかった。
血の樹からすこし離れたところ、人だかりができていた。
見たところDレベル検定を終えた生徒たちがたむろしているらしい。20人くらいはいるだろうか。
「いったぁ! いたたた!」
興味を惹かれて近くに寄ってみると、聞き覚えのある声が悲鳴をあげている。
奇妙な光景だった。人垣でかたどられたリングなかでは、林道がうずくまり、白虎に足をがぶがぶ噛まれているのだ。
「勝負ありだ」
審判っぽい上級生がそういうと、白虎は林道を解放した。
林道は泣きながら足を押さえる。すぐに駆け寄るのは、普段から彼女と仲良くしている女子たちだ。
白虎は同じく人垣の中央にたっている1年生の男子……ちょっとガラが悪いやつのもとに身をよせ、頭をこすりつけ、撫でてもらっている。
「Dレベル1の雑魚が、よく勝負挑もうと思ったもんだぜ。俺はDレベル2なうえに、対人じゃ1年のなかでもたぶん最強だぜぇ? 身の程わきまえろよ」
「トラァ!」
ガラの悪い生徒は林道にそう吐き捨て、白虎がそれに続いて威嚇する。虎ってトラァって鳴くんだっけ。
「これはいったい……」
「これはいわゆる決闘だな」
俺の疑問に答えたのは隣にいる白衣の男。薬膳先輩である。
「いつからそこに……ん、待ってくださいよ、決闘ってなんです」
「決闘部を知らんのか、赤谷。まあ部活の一種さ。かなり特別なポジションのな」
「これ部活なんですか」
「厳密にいえば、決闘部が執り行っている決闘、だ。決闘部はその名のとおり対人の戦いを磨いているのと同時に、生徒たちの紛争を監督もしてる。なにかと暴力性と近しいだろう、俺たち祝福者は。目に見えないところで暴力沙汰なんてしょっちゅうだ。だから、決闘部がある」
「やりすぎないストッパーってことですか」
「そんなところだ」
また変な部活があったものだな。
「あっ、赤谷!」
声にふりむけば、林道がこっちを見ていた。目をウルウルさせ、目元を赤く腫れさせて。
「友達が呼んでるぞ」
「いや、友達というか……知り合いですかね」
林道が足をひきずって寄ってくる。
「赤谷、あの悪をいま倒さないと!」
林道は言って、白虎をはべらせている男子を指差した。
「なんだよ、どうした、なんでこんなところでバトルしてんだ」
「うぅ、あいつ、私の友達がDレベル2の検定に落ちたこと言ってきて。体育祭で脱法シマエナガを売ってた現場を注意したの根に持ってたみたい」
「体育祭の裏でそんなことが」
「けっこうたくさん検挙されたたんだよ。生徒たちのタレコミで」
「それで決闘に発展するか?」
「だってあいつムカつくんだよ、自分はDレベル2の検定受かったかなんだか知らないけど、こっちが気にしてることをズケズケと……っ」
そういえば林道、そのことで悩んでたな。
「俺の時といっしょだな」
「薬膳先輩も同じ経験が?」
「1年1学期の終わり、ちょうどDレベル検定を受かったかどうかで……いろいろ明確になるだろ。そうしたらはじまるんだ。なんというか、身分とか、格差とか、そういう社会が。それまでみんな平等だったのにな」
そうか。Dレベル検定は俺たちの価値を数字に換算したものと考えることもできるのか。
「Dレベル1の生徒が、Dレベル2の生徒に『対人なら俺のほうが強い』って言いだすケースもこれからたくさん見れるようになるぞ」
コンプレックス発症させてるじゃねえか。リアルすぎて嫌なんですが。
「実際そういうのも多い。対モンスター、対ダンジョンより、対人向きな能力とか。だから、この時期からいっきに争いと決闘が増える」
「戦国時代のはじまりってわけですか」
「赤谷、あの虎使いやっつけてよ」
「おい、さらっと俺を巻き込もうとするな、林道」
「そこにいるのはミスターアイアンボールじゃねえか。へへ、女に泣きつかれてるのに、ビビッてかかってこれねえのかよ」
「トラァ!」
虎使いの不良男子が、不敵な笑みをうかべている。
男子の背後には取り巻きたちがうるさくなりはじめる。
「おい、虎津、あいつ赤谷誠じゃね?」
「あいつ最近調子乗りすぎだろうよ」
「それもそうだな、ここらへんで締めとくか……おい、赤谷、俺とタイマンしろよ。」
「いや、俺はそういうのいいって。ほら、平和主義者だからさ」
これ以上、ペナルティ増えたらまじでオズモンド先生の操り人形になるだろうが。
「平和主義者? はは、はは! おい、聞いたか、やっぱりあいつ大したことねえな」
「ガチで虎津にビビってんじゃん!」
「ちょ、面白すぎるんだけどぉ!」
虎使いと不良たちが仲間内で楽しそうに笑ってる。
だが、この赤谷誠をなめてもらってはこまる。
コケにされる人生には慣れてるんだ。頭をさげることだって得意中の得意。
俺はクールな男。学習をいかす。もうペナルティを課せられるようなミスはしない。
「よいしょっと」
薬膳先輩がぽんっと背中を押してくる。つんのめり前に出てしまう。
「なにしてんすか……っ」
虎使いが目の前にやってくる。
「これ決闘部があずかれるだろ?」
薬膳先輩は決闘部の上級生──たぶん知り合いなのだろう──にたずねる。
「あぁ、問題ないが」
首をかしげながら、ぼそっと答える決闘部。
「赤谷、殴っても大丈夫になったぞ」
「え?」
「いけ、白虎、腰抜けをかみ砕いてやれ!」
「トラァ!」
白虎がとびかかってくる。
がぶりっと肩を丸のみにする勢いでかじりついてきた。殺す気か。
「赤谷ぃ!?」
林道の悲鳴。
「アイアンボール!」
「まずいまずい、その噛まれ方は死ぬやつじゃん!」
「け、決闘とめろ!」
ざわつく1年生たち。
噛まれて納得する。相手がマジの攻撃をしてきた事実に驚きながら。
あっ、決闘でならまじでやっていいのか。
決闘とは喧嘩の免罪符だったのか。
「そういうことなら話が変わってくるな」
「ト、トラァ、ぁ……!?」
白虎の太い首をしめて、片手でもちあげ、ぽいっと垂直に放りなげる。
5mほどの高さまでのぼり、落ちてきたところを拳でぶん殴り、人垣の向こうへぶち飛ばした。
「…………は? ちょ……っ、へい、平和主義者、っていったよな……!」
虎使いの血の気のひいた顔に俺は固めた拳を突き刺し、ペット同じように人垣の向こうにふっとばした。
「ほら、敵が消えて平和になったぞ」
平和は歩いてはきません。
自分で勝ち取るものです。
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