Dレベル検定 3

 疑似ダンジョンにはいって40分ほど経った。

 俺たちは罠と枝分かれした道とモンスターが惑わす危険な迷宮のマップを埋めていった。

 壁にマーカーで痕跡をつけて迷わないようにし、スマホのダンジョン攻略用アプリで、通った道を記録、そうして攻略を完成させつつあった。

 ダンジョン攻略まであと一息だ。


「右側は埋まったから、これは左上のほうがボス部屋だな。どうだろうか、俺の推理は」

「いいと思う! 私もそう思ってたところだし!」

「私も同意見」

「異論はないわ。というかそれ以外の結論が出ようがないから推理もなにもないのだけれど」

「志波姫、一言多いな。ミケを大事にだっこしているだけのお前は、フィクションならパーティ追放除籍処分を受けても文句言えないレベルなんだからな」

「たしかにそれは否定できないわね。前言撤回よ。赤谷くんの推理はとても正しいと思うわ。あなたにしか導き出せなかった答えね。まるで天才みたい。すごーい」

「歯の浮いたしらじらしい賞賛なんかいらねえ、お前は追放だ!」

「結局、追放されるのね」


 あれやこれやと言い合いながらも、俺たちは特に苦戦することなく突き進み、暗く濡れたダンジョンの奥地までやってきた。


 うごめく影が前方をふさいでいる。目を凝らせばイクラが群れをなして道を塞いでいるとわかるだろう。

 倒さねば先には進ませないという覇気を感じる。


「最終試練って感じか? あれを倒していくのか? 普通に30匹以上いる気がするが」


 倒せないことはないと思う。というかたぶん倒せる。

 俺は俺がそこそこ強い自覚を持ってる。だからこそ思うのだが、このパーティにいるメンツならまだしも、あの育ちすぎたイクラの群れは、多くの生徒にとっては非常に危険な敵なのではないだろうか。


「よし、ここまでの道中、補欠を貫いた林道、ベンチを温めるのはもう十分だ、お前の力を見せてもらおうか」

「いやいやいやっ! むむむむむむ無理ッ! 無理無理無理無理、無理無理無理無理ィッ!」


 林道は全力で首を横にふる。最大の抗議をされてはさしもの俺もおふざけで彼女をあのなかに放りこむわけにはいかない。

 志波姫のほうを見やる。志波姫はミケを相変わらず守護しており、目線で「ゆきなさい、赤谷君」と告げている。氷の令嬢様はいつだって勝手である。


「ちょいと暴れてくるか」


 俺は拳をコキコキならして、イクラ潰しするために構えた。


「大丈夫だよ、赤谷。ここは私がやるよ」

「なんだよ、ここまで傍観してたのに楽しそうな時だけ出てきたな、ヴィルト」

「そういうわけじゃないよ。手持ちのコインが少ないんだよ」


 ヴィルトはそういってスカートのポケットから黒いコインケースを取りだす。指でスライドさせることでスムーズに取りだせるタイプのコインケースで、5枚×6箇所のくぼみ、あわせて30枚の1スイスフラン硬貨がおさめられている。

 

 なるほど。思うにヴィルトも武装を整えていないのだろう。制服だし、近づいて戦いたくもないと。

 

「弾が少ないからあんまり戦いたくなかったのか」

「うん。でも、ダンジョンに突入してもう40分経ったし、そろそろゴールかなって思った」


 終わりが見えたから弾を使ってくれるとな。ヴィルトはやさしさがある。流石は銀の聖女。氷の令嬢とは違う。


「跳弾。気を付けてね」


 ヴィルトはそんなことを言うとコイン束を握りこみ、腰あたりの高さで構えた。まるで西部劇のガンマンが愛銃をホルスターから早抜きして撃つかのような姿勢で、ミケの照らす前方にひしめくイクラたちに、銀の軌跡が飛翔する。


 強力な神秘の力で強化されたスイスフラン硬貨は、イクラを容赦なく貫通し、射線上に重なっていた個体をまとめて仕留める。ワンショット2キルは当たり前、それどころかコインは壁や地面に跳弾し、次なる獲物に襲いかかる。まるで意思を持っているかのようにキル数を伸ばしていき、最初の一撃は5キルの成果をおさめた。ヴィルトはそれに満足したようで、今度は続けざまにコインを放った。どういう手の動きをすれば手のひらに握りこんだコインをそんな速く連射できるのか意味不明だ。ヴィルトの手元を見降ろしてもよくわからなかった。


 ヴィルトが10枚のコインを放ち終えると、イクラたちは全滅していた。


「跳弾ってスキルでやってるのか?」

「洞窟の地面や壁にはたくさん凹凸があるよ」

「え。それってくぼみとか利用して弾道計算してるとでも? スキルじゃないってことか?」


 ヴィルトは無表情にちょっと自慢気な雰囲気を宿すばかり。結局跳弾のタネは教えてもらえなかった。

 

「しかし、ヴィルトだから楽勝だけどこれってわりと厳しいんじゃないのか」

「厳しいと思うわ。だから、ここは通行止めなのでしょうね」


 志波姫はミケをつかって横を示す。

 岩陰にかくれて脇道が伸びていた。

 

「あっ、気が付かなかった」

「検定の難易度的にあれだけのモンスターの群れを倒せというのは無理があるわ。正解ルートはこの脇道のようね」

「イクラ軍隊倒す必要なかったのか」

「そうとも言い切れないわ。困難を乗り越えたものにはご褒美が与えられるものだもの」


 志波姫はミケといっしょにイクラ軍隊がふさいでいた道を進む。

 ほどなくして、大きなレバーを発見する。古い時代、炭鉱夫たちがトロッコ列車の車線切り替えとかに使ってたような雰囲気のデカいレバーである。

 

「近道だったんだろうな」

「おそらくはそうでしょうね。さっきの脇道が続いてる方向を考えれば、最短ルートだったと思うわ」

「これが検定の達成目標のレバーか。林道がやっていいぞ」

「え、いいの? 私全然働いてないんだけど」

「でも、イクラ1匹倒しただろ。激闘の末に」

「まあそれもそっか。それじゃあ遠慮なくやるねっ! いきまーす、えいっ!」


 元気よくレバーを引き倒す林道。

 

「うああ!?」

「おっつ」


 勢いあまって背後に倒れてきた。

 慌てて背中に手をそえて支えようとする。


 だが、俺が支えようとした瞬間、俺と林道の間に志波姫がヌルッと倍速で入り込んできて、林道を支えた

 結果として俺は林道を受け止めた志波姫の背中をがしっと受け止めることになった。

 志波姫の肩ちいさいなとか、体重軽いなとか、ふわっといい匂いしたなとか、奇妙な造詣が深まる。

 

「わ、悪い」

「別に。赤谷くんが謝ることないわ」


 俺は急いで志波姫の肩から手を離し、距離をとった。だが、手のひらには彼女の肩の記憶が残っていた。


「ありがとう、志波姫さん! レバー思ったより硬かった!」

「林道さんがいると最後まで気がぬけないわね」

 

 志波姫は呆れた風にいい、あたりを見渡す。

 周囲の景色が振動し、泥のように崩れていく。

 すべてが崩壊し、100兆個の雨粒になってはじけて地面に呑まれていく。

 あっけにとられていると、気が付いた時には、最初あの待合室から見下ろした巨大な体育館の真ん中に、俺たちはつったっていた。

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