Dレベル検定 2
Dレベル検定の課題ダンジョンは天然洞窟のような様相をしていた。
奥へと続く道は均一ではなく、デコボコしていて、天井から滴る水滴がちいさな水たまりを無数に生成している。
「疑似ダンジョン入るなら鉄球持ってくればよかった」
「自信がないのかしら」
「そういうわけじゃないが……というか、お前だって剣持ってきてねえじゃん」
「剣がないのなら手でさばけばいいじゃない」
志波姫そういって手刀で空を切る所作をする。シュパッとキレのある音がした。
授業終わりからの、剣聖クラブ終わりからの、そのまま来たのでみんな準備してないにもほどがある。ヴィルトと志波姫に限っては制服のままだし。遊びにきたんか。
「ある程度の装備はここのを持って行ってもいいみたいだけど」
暗く濡れたダンジョンが続くゲートの手前、すぐ横に空間は控室のようになっており、大きなロッカーが並び、ベンチに給水機、自動販売機に武器棚まである。タブレットで一応貸出を受け付けてるらしい。
タブレットをポチポチして、ライトドローンを一台武器棚から借りる。
「これ俺の名前で借りるのか」
「なにか問題でも?」
「モンスターにぶっ壊された時、俺に請求とか来るんかな……ほら、備品を壊した際の請求ちゃんとしてるんだよ、この学校」
「まるで備品を壊しなれているような言い方ね。言ってることはわかるけれど」
「だろ? 訓練場で自分で使った備品は、自分で購入して補充しておくのはわかるんだ。でも、このライトドローンは俺だけのために道を照らすわけじゃないだろう?」
「はぁ、あなたってたびたび小物であることを思い出させてくれるわよね。代表者競技でたくさんお金をもらったのでしょう?」
「まあそうなんだけどな……」
「いいわ。あなたに貸しをつくるのは癪だから、わたしの名前で借りておきましょう」
「うわー赤谷こすー」
「やかましいぞ、雑魚の林道」
「うぅ、赤谷がサディストに目覚めた……っ」
「赤谷、琴音をいじめるのはダメ」
ヴィルトが林道の味方になり、志波姫も無言で軽蔑の視線を向けてくる。
おのれ林道、ヴィルトと志波姫を味方につけるなんて、なんて卑怯なマネを。
ライトドローンのスイッチをオンにする。
搭載されている黒いパネルにネコの顔が映し出される。
「にゃー、私はフィンガーズテック社製ライトドローンのミケにゃー、探索者様のお仕事をサポートするにゃー」
探索サポート用のドローンは近年の探索で普及してるダンジョン装備のひとつだ。特に暗いダンジョンで活躍するライトドローンは、独立した賢い光源として、現代のダンジョン探索では重宝されていると授業で習った。
「知能をもってるから勝手についてくるんだな。便利なやつだな」
「にゃー、探索者様のサポートにはフィンガーズテック社探索用ドローンシリーズがうってつけ。にゃーのお友達もあわせて使ってほしいにゃー」
「同社製品の宣伝はじめたぞ、このドローン。本性をあらわしたか。ネコをモチーフにしてるあたりあざといと思ってたんだ。とってつけたみたいなあざとさだってな」
どんな商品でもとりあえずネコを描いておけば売れると思ってるあたり浅はかで企みが見え透いてるぜ。
「ドローンじゃないわ」
「え?」
「ドローンじゃない」
志波姫は俺の言葉をさえぎり、一歩前にでるとドローンをかばうように手を横に広げた。
「これはミケよ。ドローンという呼び方をするのはこの子のパーソナリティに対する冒涜的挑戦となる。慎みなさい、赤谷君」
「いや、でも、一般的にはドローンはドローンだと思うが……」
「では、あなたは人間のことを人間と呼ぶのかしら? ミケには自由意志があるわ」
志波姫の眼に迫力がある。これ以上言い返すのは命の危険を冒せ。そう警告されている気さえする。くっ、やけに突っかかってくるな。どうしてこんな……んあ? 待てよ、そういえばこいつ猫好きだったな……。
「そいやお前入学式の日に猫に『にゃーにゃー』と話しかけ────」
俺は言いかけて、途中で口を閉ざした。志波姫の目が告げていたからだろう。それ以上を口にすれば死体がひとつ増えることになる、と。
「にゃー、探索者様、はやく探索にでかけたいにゃー」
「いいでしょう、さあこっちにおいで。わたしがご主人様よ」
志波姫はライトドローン──否、ミケの頭(ネコ顔が表示されているモニターの上部)を撫でて、ダンジョンのなかへ。
「たはは、それじゃあいこっか、赤谷」
「志波姫は人間には冷たいけど、ドローンには優しいみたいだね」
「たぶんそういうことじゃないかも、ヴィルトさん」
俺もそういうことじゃないと思うぞ、ヴィルト。
「にゃー、このダンジョンは暗いにゃー、光を強くするにゃー、頑張るにゃー、でもバッテリーの減りが早くなるから今日は早めにおうちに帰りたいにゃー」
あざとさ満点で道先を照らすミケを低空飛行させ、課題ダンジョンを進む。
靴底が岩肌の地面を踏むと、足音が反響している。ぴちゃぴちゃ聞こえる水の音。
飛びだしてきたのは、ヌメッとした球体のモンスターだ。赤色ともオレンジ色ともとれる色合いをしている。
「あっ、育ちすぎたイクラだ!」
林道が指さして叫んだ。
「わたしはミケを守るわ。赤谷君、でんこうせっかよ」
「俺はポキモンじゃねえんだけどな」
ミケをかばう志波姫。
でも、モンスターは倒さないといけない。言いなりは不服だが、いくぜ、でんこうせっか!
俺は走りだし、モンスター『育ちすぎたイクラ』に拳をおみまいした。
プチンッとはじけて、砕け、爆散し、光の粒子となって消滅した。
「怪物学で習ったモンスターがまんまでてきたな。これ期末テストの範囲だった気がするが」
「昨年の過去問なら妥当の内容といえるわね」
「なるほど、勉強してればおののくことはないってわけか。しかし、素手の一撃でやれるのか」
期末テスト、思ったよりイケるかもしれん。赤谷、優等生になるます。
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