志波姫神華は正直に指導する

 ホームルームが終わった。


「いこう」


 荷物をまとめるなり、ヴィルトはぼそっとつぶやく。第二訓練棟にいこうって意味だろう。


「あぁでも、ちょっと先に行っててくれるか」

「用事があるの?」

「部活があってな」


 ヴィルトは平熱の表情のまま「部活?」と聞き返してきた。


「赤谷が部活にはいってるなんて知らなかった」

「だろうな。俺もなんで部活にはいってるのかわからないくらいだ」

「どこの部活に入ってるの」

「剣聖クラブって言うんだけど。剣術を修める部活だ」

「赤谷って剣とか使ってたっけ」

「最近はじめたんだ。いいスキルを手に入れたし、異常物質アノマリーの武器もいいのがあるし、それなりに使えるように修めておこうともってな。損はしないだろう?」

「そっか」

「そういうわけだから、1時間ほど俺はそっちにいくんだ。待たせるのは悪いから先にいっててくれ」


 ヴィルトは口を閉ざし、じーっとこちらを見つめてくる。蒼い瞳は感情を宿していないようで、何を考えているのかそこから読み取ることは難しい。5秒ほどぬーんっとした表情をすると、音もなく再起動し「見学とかって受け付けてるの」とつぶやいた。


「見学か。大丈夫じゃねえの。ルールと名の付くものがひとつもない部活だし」


 木刀で部員をボコボコに痛めつけても特に問題にならない無法地帯だ。見学くらいなんだという。


「見学したいのか」

「うん」

「そっかあ」


 待たせるのは悪いし、それで時間を多少なり有効につかってもらえるならこちらも罪悪感を抱かずにすむかな。


「んじゃ、ついてきてくれ。部室は訓練棟の3階だ」

「わかった」

 

 というわけで剣聖クラブにやってきた。

 スマホでコードをかざし、扉を開く。

 

 部屋のなかにはすでに志波姫の姿があった。

 部屋の隅っこのほうに椅子と机を置いてあり、そこに収まって、静かに読書をしている。

 どこから持ってきたのかわからない。もともとこの部室にはあんな机も椅子もなかったのに。


 志波姫はちらっと顔をあげ、俺とヴィルトに気づくと、眉をひそめ、すぐに興味を失ったように本に視線をもどした。


「あれが剣聖クラブの部長。剣を極めた結果、人間の心を失った哀れな剣聖だ」

「志波姫だ。なるほど、だから剣聖クラブなんだね」


 ヴィルトは納得がいったようにうなづく。


「剣聖クラブの剣聖は、わたしの剣聖ではないわ」


 志波姫は本から視線を外さず、冷たい声だけでかえしてくる。訂正するべき場所は訂正する、とな。


「そういえばこの部活って最初から剣聖クラブだったな。ほかにも剣聖がいたのか」


 剣聖というのは、たしか志波姫の一族だかなんだかが保有してる称号のことのはず。志波姫は当代の剣聖と入学初期に騒がれていたのはまだ記憶に新しい。まあ、いまでは氷の令嬢というイメージのほうが遥かに強いが。


「さあね。剣聖さんがほかにもいたんじゃない」


 志波姫は興味なさそうに受け流す。


「志波姫、こちらのクラスメイトが見学したいって言ってるんだが」

「来るものは拒まず。見学したいならしていくといいわ、ヴィルト。もっとも、そこそこ不毛な時間になることは覚悟してほしいけれど」

「それは否定できないな」


 ヴィルトは教室の壁に寄りかかり見学をはじめる。

 俺は木刀を手に取り、いつもの通りに素振りをする。

 志波姫は拘束時間を有意義につかうために静かに読書をつづける。


 統一性のない無秩序の空間だ。

 

「あっ、やっぱりいた! また先に行ってるじゃん!」


 そこへ林道は騒がしく入室してくる。

 すぐに部屋のなかにいる銀髪の美少女に気が付いたらしく、視線をとめる。


「え、な、なんでヴィルトさんが……」

「琴音だ。この子も剣聖クラブなの?」

「まあそうなるな。そうなってしまったな」

「いや、それよりどうしてヴィルトさんがここに」

「見学したいって言ってたから連れてきたんだ。断る理由もないしな」

「なる、ほど……」


 困惑する林道。俺とヴィルトを交互に見やる。なんだその目は。意図は不明だ。


「昨日は赤谷君が犯罪をまたひとつ重ねたせいで林道さんの技術を見られなかったわ。よかったら指導をするけど」

「え、本当にいいの? 志波姫さんに指導してもらえるなんて夢みたい!」

「……別に。大したことじゃないわ。素晴らしい剣士が、素晴らしい師であるわけじゃないもの。わたしは指導の経験がない以上、わたしの指導にはまださしたる値段はついていないわ」


 謙遜してますが、それなりに機嫌よさそうです。俺の眼はごまかせないぞ、志波姫。


 その後、志波姫と林道は3分ほど木刀を打ち合った。

 俺の時とは明らかに違う、優しい手引きで、殺意をこめて打つようなことはなかった。

 しばらく、打ち合って林道の剣をインストールしたあと、志波姫は諭すように「あれはよくないわね」「あんまり上手くはないわ」「それは癖? 役に立たないからやめたほうがいいわよ」と、気遣いしながら着実に相手にダメージを与える指導をはじめた。


「う、うん、そうだよね、私の剣なんか、志波姫さんに比べたらゴミだよね。クソ以下だもんね……ぐすんっ……」


 涙目になりながら、自暴自棄になった林道は言われたことをスマホのメモにとっていく。


「私の指導を受けるのなら、魔法剣のモデルを西洋剣から刀にかえないと意味ないわね」

「わ、わかった、それはそうだよね。……あのさ、志波姫さん、私って強くなれるのかな?」

「たぶんあんまり強くなれないと思うけれど」

「正直すぎ……!?」


 容赦ない感想をいわれ、林道はその場で力尽きてしまう。あわれだ。


「志波姫さん、ひどい……、かも……」

「では、嘘で慰めてほしいの?」

「それも、嫌、かも……」

「言われて諦めてしまうのならそこまでよ。そもそも、あなたは弱いから剣術を学ぼうとしているのではないの?」

「そう、かな。どうだろう、なにをすればいいか、わからなくてさ……どうすれば強くなれるのか、わからないからとりあえず剣を握ったっていうか」


 林道は怒られるのを恐れる子供のように、自信のない表情で志波姫を見上げる。

 誰もかれもが志波姫のように、自分の歩くべき道を明確に知っているわけじゃない。

 みんな発現した異常な能力にとまどいながらそれに向き合っているんだ。俺だってそうだ。いつだって迷走しつづけて、鉄球を撃ちだす意味不明の戦術にたどり着いて、またそこから変化しようとしてる。みんな手探りなんだ。林道の返事は当たり前としかいいようがないものだ。


「古い探索者たちはステータスの差を埋めることができなかったわ。だけど、そこに技術が介入した。卓越した剣術を修めた祝福者は、自分よりもずっと強力なステータスをもつ怪物や祝福者に引けをとらないわ。もし祝福の才能が不足していて、ステータスも、スキルも恵まれなかったとしても、それを飛び越えることができるのが技術よ。これは個人的な感想だけど、技術は美しいと思うわ。あそこのナマズをみなさい。スキルに恵まれ、それを組み合わせてぶっぱなすしか脳がない醜い戦術をとることしか知らないわ」

「おい、待て、林道を慰めるフェーズだよなあ? 俺への悪口をからめる意義はないよな……!? あとスキルに罪はないだろ! 取り消せよ、その言葉……ッ!」


 どう考えても俺が流れ弾受ける道理がない件について。


「そういうわけだから、林道さんはいまはあんまり強くないけど、いくらでも可能性は残っているわ。精進なさい。どういう存在になれるのかは、全部あなた次第よ」

「う、ぅぅ、私、がんばる……!」


 林道は涙をぬぐい、キリッとした表情をうかべた。まだ目元は赤いが、なかなかに凛々しい顔だ。

 思い悩んでいたようだが……俺がなにかをする必要はなかったな。

 しかし、志波姫のやつ、他人を慰めることなんてできたんだな。まだ完全に人間の心を失ったわけじゃなかったのか。新発見だ。

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