一人前のハンバーグ

 流れで林道と家庭科室に向かうことになってしまった。

 まあよい。ハンバーグの鍛錬はすでにしてある。人に食べさせる練度はあると自負している。


「ふふ、シェフ、今日はなにを食べさせてくれるのでしょうか~」


 林道はご機嫌にそんなことをたずねてくる。腰裏に手をまわし、まえかがみで。恥ずかしいほどにあざといしぐさだ。恐るべき陽キャ。自分を客観的にみて評価する能力が足りていないように思える。


「だから公共の場で平気で騒げるんだな。恐れ入ったよ」

「いきなり軽蔑された!? ちょっと嫌な感じなんだけどっ!」


 購買にたどり着き、食材を調達する。

 

「私も一品を作りたいからちょっといってくるね!」

「ほう、お前も料理するとな」

「ふふん、いつも食べさせてもらってばかりじゃ悪いからね! 実はこの日のためにいろんな動画を見て、実践してきたんだよっ!」

「座学もトレーニングも十分だというわけか」

「今日の一食で、赤谷がこれまで私に食べさせてくれたものを越えてみせるからね」

「ふかしすぎるとあとが大変だぞ」

「大丈夫大丈夫、ちょーすごい選手を見つけてるんだから! 赤谷が絶対に好きなやつだよ!」

 

 林道は手をふりながら買い物かごを片手に、走っていってしまった。店内で走るんじゃねえ。


「食材はこんなところか」


 玉ねぎ、ひき肉を購入する。ほかの材料や調味料などはだいたい家庭科室にそろっている。


「先にいくか」


 林道を待たず、俺は家庭科室にやってきた。

 バッグをおろし、道具を用意し、手を洗って、いそいそと準備を進める。

 

 すこし遅れて林道が家庭科室にやってくる。


「やっぱいた!?」

「おう、遅かったな」

「なんで行っちゃうのっ!? 購買の入り口で待ってたんだけどっ!」

「別に待ち合わせしてないからな」

「いや、してなくても普通いっしょに行くでしょっ!」


 林道はわかっていない。

 もし俺が購買の入り口で待ってようものなら「しれっと待ち合わせして距離をつめて仲良くなろうとしてるうモテない男子」という、よこしまな企みがあると勘違いされてしまう。仮にスマホでメッセージを送り「入り口で待ってるぞ」とか一報いれようものなら、これもやはり「わざわざ待ってる。一緒にいれそうな瞬間を見逃さずにがっついてあわよくば仲良くなろうとしているモテない男子」という勘違いをされてしまうだろう。林道にも、周囲にも。


 この赤谷誠は誇り高い生き方を選んでいる。

 偽りのない矜持を抱いている。


 勘違いされることは心外だ。

 ゆえに俺は林道を購買で待たなかった。

 

 もっともこうした俺の心理・思考をわざわざ彼女に説明するつもりもない。

 説明したら、それはそれで「俺はこんなに考えて動いているアピール」と受け取られる。


 まったくこの世界は生きにくい。

 我が同級生たちが、みんな俺の思考についてこれればいいのだが、現実はそうではない。

 

「なんか赤谷が黙っちゃった……頭のなかで早口で喋りながら自己陶酔してそう……」

「こほんっ! まあ、そんな話はどうでもいいだろう! 料理は遊びじゃねえ。口じゃなく手を動かせ!」

「いきなりスパルタ料理人っ!?」


 料理にとりかかる。


「赤谷はなにつくるの?」

「寄ってくるな、見るな、料理は遊びじゃねえ」

「いいじゃん、どうせ作ってる最中にわかるんだし」

「だめだ」


 俺は林道から一番遠い机を選んで調理を開始する。家庭科室の隅っこと隅っこで、それぞれの料理をしよう。

 

「近づいてきたらお前をひき肉と混ぜ合わせるからな」

「ひき肉? もしかしてハンバーグ!?」

「……ちがう」


 林道もまた自分の料理に着手したっぽいタイミングで俺は素早くハンバーグを始める。


 玉ねぎを細かく刻みまくる。タネを混ぜこねる時の結合力を高めるように意識する。

 刻んだ玉ねぎをフライパンで加熱。ボウルに移動させ、パン粉や牛乳、卵をぶちこみ、混ぜ合わせる。

 合いびき肉と塩とウスターソースも混ぜあわせ、徹底的にこねくりまわす。


「うわー! それ絶対にハンバーグじゃん!」


 家庭科室の真ん中あたりまで林道が近づいてきていた。


「こっちくるなって!」

「それ絶対ハンバーグだって! うわあ! お腹空いてきた! 我慢できないよっ!」

「はん、ハンバーグかどうかはまだわからないというのにな」


 俺は引き続きこねくりまわす。この時、パワーが重要となる。祝福者の握力によって強力にまざあわされることにより、旨味が肉の内側へと圧迫されることで、食べた時の肉汁のあふれかたが理論上は2.2倍になるとされている。


 よくこねたタネを2つにわけて、冷たいフライパンのうえで落ちついて置いて、表面を焼き上げていく。

 片面焼けたら、もう片面にとりかかる。フライ返しをつかって裏返す。


 おいしくなーれ。おいしくなーれ。

 これは呪文である。心のなかで唱えるだけだが、こうすることで祝福が強くかかる気がする。


 最後に水をぶっこみ、フライパンに蓋をかぶせる。

 内側の肉汁が熱されることでハンバーグはこんもり膨らみ、そのせいでフライパンの表面からの熱だけでは内側までちゃんと熱が通らないが、水蒸気を使えばしっかり内側まで熱を通すことができるのだ。


「よし、こんなものか」


 ハンバーグをお皿に移し、フライパンに残った旨味の脂をつかってソースをつくる。

 ケチャップ、ウスターソース、バター、酒、玉ねぎを投入し、手早く加熱し、混ぜ合わせ、うまいうまいソースの完成だ。


 うまいうまいソースをハンバーグにかければ、花嫁がドレスを着たも同然。

 

「ビューティフル」


 ハンバーグの完成である。


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『良質のハンバーグ』

 腕のいい料理人による逸品

 おおきな祝福効果を持つ


【付与効果】

 『防御力上昇 Ⅱ』

【上昇値】

 体力 0 魔力 0 

 防御 0 筋力 0 

 技量 0 知力 0

 抵抗 0 敏捷 0 

 神秘 0 精神 0

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 輝きを放つハンバーグに林道がつられてやってきた。お皿を持っている。向こうもちょうど料理が終わったようだ。


「うわあ! やっぱりハンバーグだ!」

「びっくりしたか。そう、俺が作っていたのはハンバーグだったのだ」

「いや、それはだいぶ前から気づいてたかも……!」

「むっ、林道、お前が作った料理というのは……それか」


 林道は自信満々にお皿を掲げる。

 きつね色の艶やかなライスがこんもり盛られている。

 鼻孔を刺激するのは暴力的なまでに食欲をそそる波動だ。


「ガーリックライスっ!」

「いい香りだな」

「でしょ? 赤谷ってニンニクすきだもんね! よっ、ガーリック赤谷!」


 ペペロンチーノから連想しての言葉だと信じたい。普段ニンニクくせえからニンニク好きだと思われてるとかじゃないと信じたい。


「いただきます」

「いただきまーすっ! うぎゃあ! このハンバーグ、細胞に直接しみ込んでくる!? 肉汁の濁流に溶かされりゅ!?」


 林道はひと口食べたそばから、テイザー銃で撃たれて電撃流されたみたいにびくびく痙攣しはじめた。心配になるほどのリアクションだが、美味さに感動してくれているのだろう。


「お前のガーリックリライスも美味いな。ハンバーグとの食べ合わせも悪くない」

「えへへ、でしょ? 私、料理とか全然しないんだけど、赤谷のためにめっちゃ勉強してきたんだからね!」


 林道は言ってから「ん?」と自分と発言をふりかえったようで、ハッとして「いまのなしっ!」と手をぶんぶん振った。


「別に赤谷のためだけに修行したわけじゃないからねっ! 勘違いするのはキモ……遺憾だから!」

「お前が遺憾とかつかう不自然さハンパないな」


 でも、キモイという表現を自主規制しようとする努力は認めよう。そもそもそんなこと勘違いしないしな。林道のような人気者になにを期待するわけもない。


「しかし、美味いのはいいが、口の中が脂っこいな……」

「ふふん、そういうと思ってたよ!」

「なんだと?」


 林道は冷蔵庫から怪物エナジーをとりだした。

 プルタブをかしゅっと開き、キンキンに冷えた缶で乾杯した。

 口のなかの脂を炭酸とエナジーで流しこむ。あぁ、たまらねえぜ。

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