気持ち悪がられる男

 林道が目の前で入部申請を完成させるのを、俺はぼろぼろの体で見届けていた。

 スマホを操作してるあやつは、もうまもなく剣聖クラブの入部を果たすだろう。


「スマホで簡単登録5分だと? 学園アプリの便利さも考えものだな」


 俺は隣の志波姫に小言をもらす。聞こえるように。

 志波姫は肘を抱いたまま、タオルで濡れた髪と服を拭いている。


「普段は恩恵を受けているのに、自分に都合が悪くなったら意見を述べるなんてね。みじめなものだわ」

「裏切り者のくせにそんな口を聞けるとわな、志波姫」

「わたしは裏切ってなどいないわ。そもそもあなたと仲間だったことは一度もないのだけれど」


 志波姫は心底不思議そうに目を丸くして、首をかしげた。

 

「オズモンド先生がなにを企んでいるか知らないが、林道の加入で剣聖クラブはいらない強化を得てしまったんだぞ。お前だってわかってるはずだ」

「わかってるうえでの判断よ。抵抗してもどうせ無駄だもの」

「やってみなくちゃわからないだろう。レジスタンス活動は劣勢のなかでこそ勝負しなければいけないんだ」

「あなたはいいでしょうね。失うものがなにもないもの。でも、わたしは違うわ」

「いきなり持たざる者扱いしてくるのやめてくれね?」

 

 こいつがいろいろ持ちすぎてるだけだ。俺が持ってないわけじゃない。


「林道さんひとり増えたところで変わらないわ。むしろ剣聖クラブにとってはプラスよ」

「プラスだと? まあ騒音値はたしかに上昇するだろうな。70デシベルくらい」

「それと赤谷君の再犯を抑止する効果を期待できるわ」

「一度罪を犯している前提なのなんでだよ」

「あら、あなた自分が無実のつもりだったのね。驚きだわ。こんな美少女をヌメっとした触手で攻撃して、びしょ濡れにしているというのに。とっくに絞首刑ものよ」

「民を抑圧しすぎると手痛い革命となって反撃されることになるんだぜ」

「赤谷君を完封しすぎて熱くしすぎてしまったわたしの責任でもあると言いたいの? そうね。言われてみれば赤谷君は虐げられる者だものね。上に立つものとして下々への接し方を間違えたことは否定できないわね」

「学びを得られたようで俺も鼻が高いぜ。へっ、せいぜい奴隷に刺されないように気をつけろよ、志波姫」

「民から奴隷にグレードダウンしているけれど……自分で言ってて虚しくならないのかしら」


 志波姫は呆れた風におでこをおさえ、力なく首を横に振る。よし、今日も志波姫を呆れさせることに成功した。やったな。


「登録できたよ! これでいいんだよね?」

「見せて。確認してあげるわ」


 志波姫は林道のスマホを受け取り、チェックを完了した。


「志波姫さん、それじゃあさっそく剣術の宿題がほしいな!」

「いきなりね」

「うん、私、強くなりたいんだ!」

「はやく寮に戻ってお風呂に入りたいのだけれど」


 現在の志波姫の姿は言うまでもなく濡れた野良猫みたいになっている。


「あわわっ、そ、そうだよね、ごめん、赤谷にキモキモ変態攻撃されたんだもんね……!」


 林道は志波姫に恐れおののくようにし、平謝りしはじめた。


「別にあなたが謝ることじゃないわ、林道さん。0から100まで赤谷君が気持ち悪いことがいけないんだもの」

「おい、わざわざ攻撃力の高い言葉を選ぶんじゃあない」

「少し静かにしていてくれるかしら、気持ち悪い赤谷君」

「……」

「はわわ、本当に静かになっちゃった、減らず口と屁理屈大好きな赤谷が……!? やっぱり気持ち悪いはそうとう効くみたい? ごめん、赤谷、私ちょっと言い過ぎたかも。言うほど赤谷は気持ち悪くないよ。触手がダントツでキモイだけで」


 流石に気の毒に思われたのか。林道には良心が残ってるんだな。でも、俺のライフが尽きる前に気づいてほしかったな。

 

「赤谷君に容赦してもいいことはないわよ」

「で、でも、明らか拗ねて黙ったし、荷物まとめだしてるし……」

「気にしなくていいわ。迫害にはなれてる生き物だから」


 俺のダメージ許容量を勝手に決めるんじゃない。


「まだ時間は多少あるけど、今日はここまでにしましょう。林道さんへの宿題はとりあえずは素振り1,000回ということで」


 剣聖クラブの2日目はこうしてお開きとなった。志波姫はさっさとシャワーを浴びたかったのかさっさと帰ってしまった。俺と林道だけが部室に残される。

 いろいろ起きたな……おそろしくも部員が増え、触手というトップシークレットが林道とかいうおしゃべり陽キャに露見した。


「はあ……林道、無駄だと思うが触手のことは誰にも言うんじゃないぞ」

「やっぱり、あんまり広めたくないの? 体育祭でも、そのほかのところでも触手使ってるのなんて見たことなかったし」

「そりゃあな。お前みたいなリアクションされるだろ。触手はいきなり出すとまあ強いんだが、あまりにもキモイし、恐い。人前で積極的には出せないな」

「わかってるなら志波姫さんに使わなきゃいいのに」


 触手には隠された属性:美少女特攻というものがあってだな、これでしか志波姫を倒すことはできないんだ────って言い回しを思いついたが、言葉にするのはやめた。ドン引きされてキモカウンターを喰らって自滅する未来が見えた。


「志波姫はいいんだよ。あいつは触手使っても勘違いされない」

「……。志波姫さんは特別ってこと?」

「ある意味ではそうかもな」

「ふーん……」

「さて、俺も帰るかな。いてて……今日はかなり痛めつけられたな……」


 そこら中が痛い我慢して立ちあがる。


「赤谷、このあとはペペロンチーノするの?」

「あ? いや、しないが──」


 聞かれてとっさにハンバーグのことがよぎった。

 俺はしばし考えこむ。うーん。


「……」

「赤谷? どうしたのいきなり黙って?」

「いや、別に。……しないが、まあ、飯はつくるかな」


 俺はぼそっとつぶやく。

 林道は「おっ」と声をだし、にやにやして肘で脇をつついてきた。


「はあ……そろそろ金取るからな」

「あはは、何を食べさせてくれるのか、楽しみですなあ」

 

 食うだけの姿勢がちょっと腹立つが、まあいい。バレてしまったのなら仕方ない。本当に仕方ないから、我がハンバーグ、ちょいと食べさせてやるか。

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