剣聖クラブ、部員増える
どうして部室をたずねてくる者があらわれたのか。
どうしてそれが同じクラスの林道琴音だったのか。
どうして致命的なタイミングで入ってきたのか。
疑問を抱く俺は、それはそれは迅速に「違う」とだけつぶやいた。俺の明晰な頭脳をもってすれば、おそらく誤解を招くであろう先の展開を読み、そこに対して最速の布石を置くことができるのだ。
「う、うああ!? 赤谷の腕らキモいことになってりゅ!?」
驚きすぎたせいで滑舌を怪しくしながら、林道は悲鳴をあげた。
「落ち着け、お前が悲鳴をあげることで問題はおおきくなってしまう。知っているか、問題は問題にならなければ問題ではないという考え方があってだな──」
「触手! 触手だっ! 触手マジで存在するの!? うわっ! それも赤谷が触手! 触手男だっ! いや、キモイって! マジでキモ!」
フルオート射撃で全身を撃ち抜かれるような激しい攻撃にさらされ、俺のメンタルは3秒で深刻に痛めつけられた。キモイは強いって定期。
「志波姫さんをそのキモい触手でとらえてなにをするつもりなの! 赤谷、信じられない、見損なったよ!」
「待て、まずは話を聞いてくれ。そうすれば林道にもわかってもらえるはずだ」
「絶対えろいことしようとしてるじゃん、マジで信じられない、キモ!」
「人間がもっとも残酷になるときがどんな時か教えてやろう、林道。それは正義を振るかざすときだ。正義を手に入れた時、人間は鬼の首をとったかのように攻撃的になる。決定的な悪を見つけ、最大の正義を疑いなく発揮できそうな時、それまで抑圧されていた暴力性や凶暴性が、行き場を見つけ押し寄せるのさ。まさにいまのお前のようにな」
「自分のやってること棚にあげて長文早口でそれっぽい言い訳するあたり赤谷っぽくてキモいっ!」
「赤谷っぽくてキモいはやめろ。言っていいことと悪いことがあるだろうが……っ」
「いいから志波姫さんを離して! じゃないと大声だすよ!」
「さっきからずっと大声なのに気づいてないのか」
だめだ、これ以上こいつに騒がれると事件に発展してしまう。
「志波姫、面倒なことになるのを回避するためには、お前を解放しなきゃならない」
「いますぐ解放すれば報復はしないわ」
「その言葉、本当か」
「ええ。わたしは嘘はつかないの。赤谷君も知っているでしょう」
「いや、絶対に襲ってくるだろ。流石にこれで報復なしは考えられない」
「わたしは勝負にはシビアなのよ。赤谷君は汚くてクズでナマズだけれど、それでも不意打ちを許してしまったのはわたしの甘さだもの。実戦ならわたしは1回死んでいた。それを受け入れるしかないわ」
俺は見損なっていた。志波姫神華という正々堂々たる少女のことを。
こちらがこんな汚い手を使っておいて、なおこれほどに誇り高いとは。
「志波姫……いいだろう、解放しよう」
俺は反省しつつ、志波姫をそっと床のうえに置いた。
その0.1秒後。俺の鳩尾を拳が貫いた。刃物で刺されたみたいな鋭い痛みが背中に抜けていく。
「ぼへえっ!?」
志波姫は腰をいれたアッパーをほとんど殺す勢いで打ち込んできたのだ。
「ぐはっ、は、話がちが……っ、報復しないって……」
「目には目を。歯には歯を。あなたに報復したのはわたしじゃなくハンムラビ法典よ」
「そんなめちゃくしゃな理屈が……ぐへぇ……」
意思をもったハンムラビ法典の恐ろしく速い報復を見逃してしまったことで、俺は何度目になるかわからないフェードアウトを迎えた。
──しばらくのち
目が覚めると、俺は再び床のうえに寝かされていた。
視線の先にちょうど時計があった。気絶する前、たまたま視界にはいった時計の数字を覚えていた。比較するに、時間にして数分ほど気絶してたようだ。
「あっ、起きた」
痛む身体を起こして、不遜な声のほうを見やる。
ブラウスとスカートをびしょ濡れにした志波姫と、汚物をみるようなまなざしで見降ろしてくる林道の姿があった。
「一応、ことの経緯は林道さんに話したわ」
「何があったかは一応わかったよ、赤谷」
「そうか……それじゃあ、俺の誤解は解けたってことか」
「これから赤谷のこと変態触手ナマズって呼ぶね」
「誤解は解けてないようだな……」
「あはは、嘘だよ。赤谷がどえろい目的で志波姫さんを拘束したんじゃないってのはわかってるよ」
重要な部分はちゃんと話してくれたんだな。
「しかし、どうして林道がこんなところに……まるでわからないんだが。偶然、通りかかる場所でもないだろ」
「あぁそうだった、その用で来たんだ。忘れるところだったよ! 実はね、私、オズモンド先生に教えてもらったんだ、赤谷と志波姫さんが部活をたちあげたって。いま部員を募集してるから参加したらどうかって言われてね!」
「うーん、悪意のある情報操作が行われてるな……」
「志波姫さんが剣を教えてくれる部活だって聞いてさ、だから私も剣聖クラブに入りたいんだよねー」
林道は視線をそらし、毛先を指で巻きながら言う。
「残念だけれど、林道さん、この部活は新しい部員を募集していないわ」
「え、ええ!? そんな!」
「悪いな林道。俺と志波姫は敵だが、味方でもある。邪悪なオズモンド先生になにを吹き込まれたか知らないが、この剣聖クラブをまともな部活として成立させようとする企みには断固として抵抗させてもらう」
オズモンド先生の企みには抵抗する。俺と志波姫は、その一点では協力関係になる。
「私さ、強くならないといけなくてさ。それに、志波姫さんと一緒に部活とかできたら、楽しいと、思ったのにな……」
林道はぼそっとつぶやく。その声は寂しげで、普段の彼女から想像もできないものだった。
「悪いとは思うが、部長と副部長の総意なんだ。剣聖クラブ以外にも剣術系の部活はある。そっちをあたってくれ」
「そんなに入りたいのなら止めはしないわ」
「……ん? 部長?」
なぜか折れている志波姫のほうを見やる。
目をキラキラさせる林道に手を握られていた。当の志波姫はまっすぐ見つめてくる林道から顔をそらし、どこか居心地悪そうにしている。困ってる志波姫を見るのは珍しい。
「本当にいいの、志波姫さん!?」
「別に。わたしと一緒に部活をしたところ、楽しくなるとは思わないけれど、参加したいのなら好きにすればいいわ」
ツーンっと澄ました表情で志波姫はそんなことをのたまった。
これはあれですね、ちょっと効いちゃってますね。林道に「志波姫さんと一緒に部活とかできたら、楽しいと、思ったのにな」って言われちゃってちょっと嬉しくなってるんじゃないですか。
なんということだ。
友達0の志波姫はそっち方面の防御力が弱かったのか……!
ええい、プロフェッショナルなぼっち族として情けない限りだ! ぼっちの誇りを忘れたか!
志波姫はもうだめだ。陥落してしまった。
ここは俺一人でも抵抗しなければなるまい。
「おい、待て、林道、まだ誰も入部を許可するなんて言ってないぞ!」
「部長権限で入部を許可するわ」
「やった! ありがとう、志波姫さん!」
「……別に。これくらいで喜ばれても困るのだけれど」
志波姫はいつものように冷たい声音で言った。
しかし、俺にはわかる。こいつの冷たい物言いにさらされてきた俺だからわかる。こいつはいまちょっとご機嫌だ。
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