赤谷誠 VS 志波姫神華

 俺と志波姫は木刀を手に、部室のまんなかで向かい合った。互いに身体の正面に剣先をもってきて相手に向ける。

 

「万の素振り、束ねて一刀と化す、秘奥義────」

「剣くらい黙ってふりなさい。対戦相手に共感性羞恥で焼くのは邪道よ」

「カッコいいだろうが……」


 やはり、こいつとは馬があわない。

 ここはひとつ”わからせる”必要があるな。


「手加減はしないぞ、志波姫」

「勢いだけでしゃべらないほうがいいわよ。誰にものを言っているのかしら」


 いざ参る!


「赤谷流剣術の真髄は近寄らせないことにあり、一の型、ツバメ斬り」


 俺は志波姫が準備している間に『圧縮』で壁を削ってつくっておいた球塊を一気に展開した。廃工場でチェインと人造人間相手にも使用したものだ。


 『浮遊』で浮いた球塊が『鉄の残響ジ・エコー・オブ・アイアン』でびゅんびゅんっと放たれ、『曲がる』の作用でホーミング軌道を描いて志波姫に収束する。志波姫は剣をさほど動かさず、木刀の刀身にあててはじく。野球でいうならバントみたいな挙動。素早く振ってるわけじゃない。位置をあわせてあてるだけ。


 バント(バントではない)で最初の4発をやりすごすと、5発目を素手でつかんだ。俺は「あっ」と声をあげた。志波姫がそれを投げ返してくるのにビクッと震える。『第六感』で事前に危険を察知し、素手で投げ返される球塊を頭をぶんっとふってぎりぎりで回避した。球塊は俺の背後の壁にミシミシッとめりこむ。


 視線を戻そうとする。激痛が首裏に走った。そこが意識の途切れる瞬間だった。



 ──しばらくのち



 目が覚めると俺は固い床のうえに転がっていた。

 記憶がない。どうして俺はこんなところで寝ているのか。


 周囲を見渡すと、座して読書している志波姫が視界にはいってきた。


 そうか、俺は放課後に剣聖クラブにやってきて、そして彼女に戦いを申し込んだのだった。


 うっすら残っている断片の記憶をたどる。ステータスを開く。

 『第六感』と『瞬発力』の数が少なくなっている。消耗した証だ。


「起きたのね」

「俺はいったい……」

「覚えていないの? ショックで記憶が飛んだのかしら。それとも強く打ちすぎたのかも。だとしたらこれはなかなか面白い現象ね」

「強く打ちすぎたって……これもしかして俺もう負けたあとじゃね」

「ご明察のとおりよ。意識ははっきりしているのね」


 思い出してきた。

 そうだ。俺はスキルを駆使し、こいつを翻弄しようとし、撲殺する勢いの打ちおろしで昇天したんだった。頭のてっぺんが痛むのはそのせいだろう。たぶん頭蓋骨にひびとか入ってる。脳みそにもダメージがいったのだろう。


 最悪だ。なんて無様なんだ。恥ずかしい。これ『【悲報】赤谷誠、瞬殺されてて草』とかまとめスレできちゃうよ。つら。


「ちなみにすでに4回気絶してるけれど」


 わりとコンティニューしてて草なんだが。あれ、俺、弱すぎぃ……っ。

 

「俺は、本当に4回も負けてるのか……?」

「ええ」


 普通に悔しかった。

 志波姫が格上なのは知っている。

 うっすら残ってる記憶ではどれもが瞬殺されているものばかり。

 4回挑んで4回一刀のもとに意識を刈り取られている。圧倒的な実力差。


 悔しい。俺だって俺なりの誇りがもう芽生えている。

 青春ごっこをして、群れて楽しく生きている軟弱者とは違う。

 俺はひたすらに高めてきたはずだ。危険な状況だって切り抜けてきた。


「志波姫、世の中には5本先取という考え方があってだな」

「もう十分だと思うのだけれど。この先はわたしだって赤谷君のセットプレイに慣れていくのよ。これ以上続けるとあなたの勝率は落ちていくと思う」

「わからないだろう。お前は俺のすべてを知ってるわけじゃない」

「納得できないならあと一回叩いてあげる。あなたでは天と地がひっくりかえろうともわたしには及ばないことを理解させてあげるわ」


 志波姫は再び椅子から腰をあげた。背筋がぶるりと震える。俺の細胞すべてが「もう痛いのは嫌だ!」と満場一致の逃走を提案してくる。


 でもよお、譲れないこともあるんだ。俺は真なる青春謳歌を立証するために、わが時間を肯定するために勝たなければならないのだ。


 俺と志波姫は向かいあう。さあ最後の真剣勝負。絶対絶命のマッチポイントから逆転するのが赤谷流だ。

 

「ん。さっきみたいに汚いことしなくていいのかしら」

「汚いことってなんだよ」

「剣術での地稽古を挑んでる風にして、スキルコンボで攻めてくること。言わなきゃわからないかしら」

「ぐう」

「ぐうの音は出るのね」

「手合わせは、その、総合戦闘能力を試すものだろ……」

「いいえ、稽古は目的にそって行うものよ。剣術の上達のためにおこなうのなら最低限、剣を使って稽古するものだと思うけれど」

「……」

「ぐうの音も出なくなったわね」

「ええい、いざ参る」


 俺は深く踏みこみ、剣を打つ。死ぬほど素振りして鍛えたもっとも基本的な剣だ。

 志波姫は剣先でぺちんっと横から軽くたたいて、軌道をそらす。それだけで俺の体軸と剣の一体感は失われ、力の流れは俺の意図しないものになり、体勢は大きく崩れた。


 志波姫はすこし距離をとって、再び構えなおす。

 死んだ。実践だったら俺は死んでいた。


「いま1回死んだな」


 俺は自嘲する。


「いいえ、それは間違いよ。22回は死んでるわ」


 どう考えても死にすぎな件。


「これ以上続けても意味はないな。ふっ、つええな。今の俺には何もできそうにない」

「満足したのならいいわ」


 志波姫は涼しい顔で木刀をさげ、背中を向けた。汗ひとつかいてない。

 

「隙あり!」

「へ?」


 『筋力増強』+『筋力増強』+『筋力増強』+『触手』+『たくさんの触手』+『瞬発力』+『放水』+『かたくなる』

 

 油断して背中をみせた志波姫に、我が奥義『怪物的な先触れモンスタータッチ』を発動した。

 バージョンアップし触手の数も性能も上昇したうえに『放水』+『かたくなる』で粘性のある水をまとわせることで、不快感と行動阻害性能を高めている。

 触手は志波姫の華奢な身体にまとわりつき、四肢の動きを拘束した。


「うぅ、卑怯者……『今の俺には何もできそうにない』って赤谷君にしては爽やかな顔で言っていたと思ったのに……っ」

「たしかに『いまの俺には何もできそうにない』とは言ったな。しかし、2秒後の俺が何もできないとは言ってないぜ」

「はぁ、赤谷君のクズさを忘れていたわ」


 我ながらやってることやばいが、これでも勝ちは勝ちだ。敵をまえに油断した己を責めるがいい、志波姫神華。


「どうだ、これほどがっちり拘束されては手も足もでまい。ここは素直に負けを認めるんだな、志波──」


 ピピ、ガチャ


 扉の開く音が聞こえた。部室の電子ロックが解除された音だ。

 視線を向けると、黒髪ポニーテールを垂れさせ、こそっとのぞきこんでくる林道と目があった。


「あっ、本当に赤谷いた。いやあ実はオズモンド先生に言われてさ……」


 何かを喋りだそうとして林道は言葉に詰まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る