剣聖クラブ、2日目

 不安定を引き起こす要因に目をつむることは賢い解決策ではない。動揺に対する効果的な対処方法は、自分がどうしてそんな状態になったのかを頭で理解することだ。


 1年1組教室まえの廊下で俺は志波姫に向かいあう。周囲の生徒が意識を向けている気がする。というか確実に向けている。この事実は俺を非常に動揺させていることを認めなくてはならない。


「志波姫、お前はプルトニウムみたいだ。そのせいで落ち着かない」

「よくわからないけれど、言いたいことはわかったわ。移動したほうがよさそうね」


 階段のあたりまで離れて、俺はオズモンド先生に注意されたことを話した。

 志波姫は肘をだいて、冷たい顔で「ふむ」とうなづく。


「というわけだ。お前の志の低さが見破られてしまったらしい」

「もともと私は30分の活動を提案していたのだけれど」

「それでも十分少ないだろ。どんぐりの背比べやめて大人になるべきだ」

「赤谷君に言われると不愉快さがひどいわね。……まあいいわ。面倒だけれど、オズモンド先生に要請された以上、無視するわけにはいかないわ」


 志波姫との相談の結果、剣聖クラブは1日1時間ていどは活動時間をもうけることになった。

 

「剣聖クラブもそれなりに部活っぽくなっちまうな」

「それなりに部活っぽいふるまいを期待されているのでしょうね、先生には」


 1組のまえで分かれて、俺は4組の教室へもどることにする。志波姫はそのまま1組のなかへ。

 教室のまえを通りがかると、生徒たちがこちらをチラッと見ているのがわかった。


「赤谷のやつ、志波姫と仲いいのか」

「知らないのか? あのふたりは以前からちょこちょこ一緒にいるところを目撃されててな……」

「体育祭の借り物競争でもいっしょに走ってたような……」


 くだらないことをのたまう野郎のせいで、志波姫が教室に入る直前で足をとめ、チラッとこちらを見てくる。


「赤谷君、不埒な噂が流れるのは、あなたも私も望まないことよね」

「あ、あぁ、まったくその通りだが」


 冗談でもこのような嫌なやつと仲がいいなんて思われたくない。


 ぺちん


 頬を叩かれた。気持ちいいほどの音が鳴るビンタだ。なんでえ……。いてえ……。

 

 俺はあまりに理不尽な暴力に抗議のまなざしを志波姫へ送るが、それを受け取ることなく彼女はさっさと背を向けて1組に戻っていってしまった。


「志波姫に殴られてたぞ」

「あいつら実はあんまり仲良くないのか」

「仲いいやつにビンタはしないだろ」


 お前たちわりと単純だな……! そんなことだから俺は殴られたんだぞ!


「はぁ……ついてねえ」


 殴られはしたが不埒な噂の芽はつぶすことができた。たぶん。


 昼休みは長くない。

 さっさと購買で昼飯を調達しよう。


 放課後。

 俺は教室でオズモンド先生に捕まった。


「それでどうだったかね」

「剣聖クラブはもっと積極性を見せることにしました。部長が決めたので俺も異論はないです」

「よろしい。君たちのこれからに期待して、あのふざけた活動スケジュールを設定した件については不問としておこう。さあ部活へ行きたまへよ」


 オズモンド先生の愉快そうな笑顔が癪だ。

 しかし、こちらは全面的に要求を呑むほかない。大人はずるい。


 訓練棟へ足を運び、剣聖クラブの部室にやってきた。

 部室のなかでは志波姫がひとり静かに読書をしていた。


 隅っこのほうに椅子を置いて、そこで足を組んで座り、静かに読書をしている。

 触れなければ崩れない美しい世界の一枚絵。しかし、向こうは俺の存在に気が付いて、視線を向けてきて、不機嫌に眉をゆがめる。その瞬間を境に、美しさより恐さは勝った。俺は蛇ににらまれた蛙。その恐怖から逃れることはできない。


「なにしてるんだよ、志波姫」

「見てわからないかしら、読書だけれど。あなたの瞳はまえまえから幹の節穴のようで機能性が失われていると疑っていたけれど、まさか本当に視力を失っていたなんて」

「いや、読書してるのはわかるんだが……部活してんのかと思ってて。剣聖クラブだし、素振りとか、いろいろあるだろ」

「それで赤谷君は私が素振りしているさまを横でまじまじと観察したかったということかしら」

「どうしても俺を変態に仕立てあげたいようだな。しかし、残念。俺は再三述べているとおり、お前にまるで興味がない。本当に。微塵もな」

「私はいまだに疑ってるけれど、でも、そこまで言うのならそろそろ信じてあげてもいいかもしれないわね」


 自信過剰なやつめ。自分の可愛さに絶対の信頼をもちすぎだっての。


「素振りしてていいわよ。私はひとりで鍛錬することが好きだから」


 志波姫はそういうと読書にもどった。

 俺はバッグを放って、ジャケットを脱ぎ、白シャツをまくって、壁際の木刀を手に取り、素振りを開始する。


 俺たちはそれぞれが独立した時間を過ごした。


 10分後、「本当に1万回素振りしたのね」という言葉が、ぽこっと泡のように生まれた。

 額の汗をぬぐい、志波姫のほうを見やる。志波姫は文庫本を開きながら、顔だけこちらに向けていた。


「わかるか」

「ええ」

「……いまなら地稽古になるんじゃないか」

「本気で言っているのならお笑いね。私に挑むにはあと500万回は素振りしてからよ」

「負けるのが恐いのか」


 昼休みにビンタされたせいだろうか。俺はちょっとこのちび助に報復をしたくなっていた。こちらも痛い目をみるが、それでも一矢に報いたい気持ちがあった。


「その安い挑発で私を動かせると思っているのなら大間違いよ」

「恐い、のか……そうか。まあいいさ。挑戦を拒否するのは自由だからな」

「はぁ……いいわ、あなたみたいなナマズは身体で覚えさせたほうがいいでしょう」


 志波姫は本をパタンッと閉じ、壁にかけてある木刀を手に取った。


 【悲報】氷の令嬢、やはりちょろすぎる

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