剣聖クラブ始動
志波姫は腕を組んで思案する。
「剣聖クラブ……。嫌です」
普通に嫌そうな顔してます。
「このサンドバッグとはすでに契約を結んでいた経緯はありますが、それはたまに見かけたときに技をかけて憂さ晴らししたいというだけでした。このいやらしい男と同じ空間に長時間閉じ込められるなんて危険すぎます。なにをされるかわかったものじゃない」
「お前の貞操より、俺の身の安全のほうが脅かされるけどな。俺だって御免被りますよ、オズモンド先生」
「ふむ。志波姫、君は自分の能力につくづく自信があるようだ。しかし、赤谷に剣を教えることには自信がないようだ。他人にものを教えることはできない。失敗するのが恐い。といったところかな」
オズモンド先生は楽しげ言って、壁に肩をこつんとあて寄りかかる。
志波姫は肘をだいて毅然とした態度で応じる。
「安い挑発ですね。それで私が首を縦にふると思っているんですか」
「そうか、では、やはり失敗が恐い、と」
「普段ならまるで相手にしないですが……わかりました、その安い挑発を受けてあげましょう」
志波姫は肩にかかった黒髪を払い、キリッとした顔で、オズモンド先生を見返した。
え、えぇ……どんだけ負けず嫌いなんですか、志波姫さん。これちょろいってやつでは。簡単に操られているのでは。
「よしきた。それじゃあ、学園アプリのプラットフォームから入部申請をしておきたまへ。赤谷もね」
「あれ、俺の意見は!? オズモンド先生、俺のことも説得を試みないんですか?」
「君は長いものには巻かれるタイプだ。私が教師として命令すれば逆らわないだろう」
「いや、雑! もっと説得を試みてくださいよ」
「それじゃあ、ふたりとも入部申請をつくりたまへ。部の活動予定日と時間も。そのほかを提出してから今日の部活動をはじめるんだよ」
職員室前のラウンジエリアで俺と志波姫は机を挟んでむかいあって腰をおろした。職員室のほうを見やればオズモンド先生の姿が見えた。監視されてる。ちゃんとやらないとバレてしまいそうだな。
「志波姫、俺はお前のサンドバッグになりたくはないんだが」
「サンドバッグになるかどうかはあなた次第よ、サンドバッグ君」
「サンドバッグって言っちゃてるが」
すでにサンドバッグなんだよなあ。
「私のペナルティはあなたに剣術を学ばせること。はなはだ面倒くさいけれど、さっさと済ませてしまったほうがおそらく楽だわ。あなたも私と同じ部活にいることを望んでないでしょうし、ここは互いの目的のために一時的に提携することにしましょう」
「異議なし」
オズモンド先生のふざけた提案を乗り切るためだもんな。それなら志波姫と一時的に協力関係になることもやぶさかではない。
「まずは活動日時を決めましょう」
週一回3時間はオズモンド先生のジャッジを喰らいそうだから、ここは譲歩して週ニ回3時間くらいが妥当だろうか。
「私としては週一30分が最大譲歩かと思うのだけれど」
俺よりはるかにこころざしが低かった。
「流石にもうすこし活動したほうがいいんじゃ……」
「30分以上も赤谷君はサンドバッグ業務をつづけられるのかしら」
「週一回10分くらいでいいんじゃないか?」
「それはまたずいぶん振り切ったわね」
志波姫にサンドバッグにされるのがメインになるなら活動時間は短いほうがいいに決まってる。死人がでるぞ。
「でも、そうすると俺の指導できないか……。なあ、俺と地稽古っていうの無理あると思うんだが」
「人間の形をしていて技をかけられれば成り立つ仕事よ。安心していいけれど」
「剣は教えてくれるんだよな?」
「これは利害関係よ。私はあなたに剣の指導をする代わりに、あなたはサンドバッグになるという契約。私は嘘は言わないことで有名なの」
志波姫は嘘をつかない。常にまっすぐな姿勢を持っている。その点に関しては信頼できる。
俺と志波姫は剣聖クラブの活動日時を決めて、学園アプリから入部申請をおこなった。
名目上の役職で部長は志波姫になった。ちなみに副部長は俺だ。ふたりしかいないので当然である。
「訓練棟3階に部室があるようね」
「あそこらへん密集してるもんな、部室」
訓練棟3階で剣聖クラブの部室を発見し、その入り口の電子ロックにスマホに表示されたコードを読み込ませる。学園アプリで入退室を一括管理しているので、これで俺たちが部活動を開始したことになる。
剣聖クラブの部室は普通に広かった。
暴れても大丈夫なようにほかの運動部系の部室と同じように天井も壁も武骨で丈夫そうな素材でできてる。でも、あの壁の素材があんまり信用ならないことを俺は知っている。簡単に穴空くもん。
「では、今日の活動をはじめることにしましょう。赤谷君、とりあえず剣を振ってみてくれるかしら」
「おう」
壁際に木刀がかかってるラックがあったので、そこから1本拝借する。
袖をまくり、軽く2、3回素振りすると「もういいわ」と声がかかった。
「見てなさい」
志波姫は俺から木刀を受け取り、素振りをした。
ピタッと刃先がとまる。空気が裂けるピッという音がする。
志波姫は素振りで意識するべきことをレクチャーして、木刀を返してきた。
隣で腕組みして監督されるなか、黙々と50回ほど素振りを続けた。
ちらちら見てたら「続けて」と言われるだけだった。
「赤谷君はあまり頭がよくないけれど、物覚えはいいのかもしれないわね」
「そうか? 実は『学習能力アップ』というスキルがあってだな」
「いい才能に恵まれたのね」
珍しいなこんなシンプルな誉め言葉を浴びせてくるなんて。
「腐ったナマズ目で他者から忌避されてる赤谷君にはもったいないくらいの才能だわ」
はい、差し引き、マイナス。
「あなたならいろいろ覚えられそうね。とりあえずの今週の宿題は毎日素振り1万回をしてくることね。フォームと意識を重視するのを忘れないように」
「武の極致を目指す人の修行方法じゃないかな、それ」
「でも、あなたならやるのでしょう。あなたは強くなることを決して諦めない。頑張り屋なところだけはこの学校一番だと思ってるわ」
志波姫は視線をはずし、毛束をいじりながら、ぼそっとつぶやいた。
「あぁ当然だ。素振り1万回? 余裕だな。むしろたったそれだけでいいのかよ」
「じゃあ10万回」
「とりあえず1万回から始めさせていただきます」
ピピピ
志波姫のスマホが鳴った。アラームをセットしていたらしい。
「10分経ったわね。今日はここまでにしましょう」
「分刻みでスケジュール組んでる敏腕社長みたいになってるな。流石に10分じゃ短かったか?」
「別にあなたは残っていってもいいけれど。私はあなたから戦闘技能で学ぶことはないから自分の鍛錬にもどらせてもらうわ」
「あぁ、まあ、そうだよな。時間とらせて悪かったな」
「……別に。これくらい大したことじゃないわ」
志波姫はバッグを手に取って部屋を出ていこうとする。
ふと振りかえり、ちいさく手をあげた。
「……じゃあ、また」
「おう」
志波姫が去ったあと、ひとり取り残された部室で俺は素振りを続けた。
「あいつが別れの挨拶なんて……珍しいこともあるな」
明日は雪でもふるのかな。そんなことを思いながら、俺の素振りのフォームが安定することはなかった。
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